羊を手に入れた
「おおっ! 美味い美味い!」
大量の果物に俺はガブガブとかぶりつく。
あの後、ジルベールは俺に食べ物を取ってきてくれた。
肉をジルベールにあげて、俺は何も食べられなかったからな。
イチゴにさくらんぼにイチジクと、季節の果物をたっぷり取ってきてもらったのである。
「しかし主よ、こんなもので腹が膨れるのか?」
「構わないよ。とりあえず今日はな」
ジルベールは肉を取ってこようとしたが俺はそれを止め、果物にしておいてもらった。
牛を丸ごと、とか持ってこられても困るからな。
毎日は流石に困るが、昼くらいならこれで十分腹を満たせる。
「ふぅ、満足満足。ありがとなジルベール」
「お安い御用だ」
俺に褒められ嬉しいのか、ジルベールは尻尾を振っている。
流石は神獣、中々役に立つじゃないか。
俺一人じゃ食料を手に入れるのも苦労するからな。
食料を取ってきてくれるのは非常にありがたい。
これでそう簡単に詰むことはなくなった。
「主は肉よりも果物が好きなのか?」
「いいや、両方好きだぞ。ただ今すぐに食べられる果物が欲しかっただけだ」
「なるほど。人は獣をそのままは食べないのであったな。とはいえ肉は必要であろう。我も喰いたいしな。どうだ主、今から羊を捕らえに行かぬか? 向こうの山に羊の群れを見つけたのだ」
ほほう、羊か。
確かに羊は大人しいイメージがあるし、その毛は色々使えるよな。
夜とかまだ寒いし、それで布団を作れば今みたいな硬いベッドとはおさらばだ。
羊の肉なら変なものも入ってないだろうから安心して食べられるし。
「いいね。賛成だジルベール」
「では早速向かうとしよう。我の背に乗るがいい」
背中に乗れって……大丈夫なのだろうか。
さっき走っているのを見たが、結構やばい速度だったぞ。
乗った瞬間振り落とされて、地面と激突する未来が見えた。
「……言っておくが、ゆっくりで頼むぞ」
「うむ、ゆっくりだな」
本当にわかっているのだろうか。こいつのコミュ力は信用できない。
俺は警戒しながらジルベールの背によじ登る。
念の為、こいつの毛を身体に結んでおこう。
「よし、行ってくれ」
「ではゆくぞ!」
言うが早いか、ジルベールは立ち上がって駆け出した。
がくん、と全身が後方に叩きつけられ、結んであった毛がぴーんと伸びる。
吹き飛ばされないよう、俺はそれを必死で掴む。
物凄い速度だ。景色が高速で流れていく。
「ゆゆゆゆゆっくりって、いいい言っただろぉぉぉぉぉ!?」
「ははは、そう急かすな。すぐに着くから安心しろ、主よ!」
急かしてない。ゆっくり行けと言ってるんだ。
しかしジルベールは聞く耳を持たず、俺はただしがみつくしかなかった。
「はぁ、はぁ……おま、もっとゆっくり行けって、言っただろ……」
「ははは、我は主を乗せて走るのが何より好きでな。つい夢中になってしまったのだ。許せ」
楽しそうに笑うジルベール。
やはりこいつ、人の話を聞かない系だ。
うえっぷ、気持ち悪い。帰りは絶対歩かせよう。
「ともあれ主よ、羊の群れだぞ」
ジルベールの視線の先、山の傾斜面で十数匹の羊がたむろっている。
あれを捕獲して家畜化すれば毛はもちろん、肉に乳、糞などなど色々と使えるのだ。
「動物の捕獲方法は、ゲームと一緒でいけるだろう」
となれば作るのは投げ縄だ。
DIYスキルで草を編み、束ねて縄を作っていく。
西部開拓時代でも使われていた伝統的捕獲道具、ゲームでもこれを使って動物を捕えるのである。
「おおっ、いい感じ!」
手にした投げ縄をひゅんひゅんと振り回していると、カウボーイにでもなった気分だ。
前方10メートル、草を食んでいる羊に照準を合わせる。
「とーっ!」
投擲した投げ縄は俺の狙い通り羊の首元に飛んでいき……弾かれて地面に落ちた。
羊はそれを一瞥し、メェーと鳴く。
「ありゃ、失敗失敗……今度こそ!」
改めて狙いをつけ、投擲する。
だが今度もダメ。狙いは悪くないのだが、首に引っ掛けるのが難しい。
その後、何度もやってみたが上手くはいかず、羊は満腹になったのかのんびりと寝そべってしまった。
うぐぐ、難しいな。
「手伝うか? 主よ」
「いや、必要ない」
ジルベールの申し出を、俺は首を振って拒否する。
こいつにやらせたら、力加減を間違えて羊を傷付けかねないからな。
家畜化するなら出来るだけ弱らせない方がいい。
それに今、いいアイデアを思い付いた。
「まぁ見てろよ」
何も投げ縄一つだけで捕まえる必要はない。
頭を使わなきゃな。というわけでアイテムボックスから長い棒を取り出した。
それをDIYスキルで加工していく。
「出来た!」
作り出した木の筒に投げ縄を通せば、捕獲器の完成だ。
これなら投げることなく羊の首を直接狙えるはず。
ギリギリまで近づいて、木の筒の先端に取り付けた縄を羊の首に近づけていく。
よしよし、いい子だぞー……首に縄を通し終えたのを確認し、筒を通る縄を引く。
「メッ!?」
気づいて暴れようとするが、もう遅い。
首を括り付けられた羊は少しジタバタした後、諦めたように静かになった。
「ま、ざっとこんなもんよ」
「見事だ。流石は我が主」
これなら投げる必要もなく、獲物の首に紐を括り付けることが出来る。
捕獲器は投げ縄では捕まえられない初心者への救済措置だが、こんなところで役に立つとはな。
羊をこちら側に引き寄せ、そこらの木に縛り付ける。
「せっかく来たんだし、もう二、三匹捕まえていくか。ジルベール、羊を追い込め」
「了解だ」
ジルベールに指示を出し、羊を追わせる。
捕獲器の効果は抜群で、最終的には羊10匹も捕まえた。
「大量であったな。主よ」
「あぁ、ちょっと予定より多く捕まえてしまったな」
まぁ逃げたり何なりで減るかもしれないし、多い分には構わないか。
ともあれそろそろ戻るとしよう。
羊の首に取り付けた縄を連結し、ジルベールに繋いで引っ張ることにする。
抵抗するかと思ったが羊は意外と従順で、特に苦もなく連れ帰ることが出来た。
羊は群れるのを極端に好み、先導者に付いていく習性があるから家畜化が容易だったという話を聞いたことがある。
その辺りゲームでも取り入れているのかもしれないな。
そんなことを考えながらジルベールの背に揺られていると、ずぅん! と地面が揺れた。
「わっ! な、なんだ!?」
驚いて音の方を振り向くと、そこには一つ目の巨人がいた。
あれはギガント、山に出現する巨人の魔物だ。
ずぅん! と更に一歩、こちらに踏み出してくる。
どうやら俺たちを追ってきているようで、少しずつ距離が縮まっていた。
「くそ、羊に合わせて速度を落としてるからな……このままじゃ追いつかれるか」
「どうする主、全力で逃げるか?」
ジルベールが本気を出せば簡単にぶっちぎれるだろうが、羊を諦めることになる。
せっかく捕まえたのにそいつはごめんだ。
仕方ない、ここは俺が何とかするしかないか。
「俺が迎撃する。ジルベールはそのまま歩いていろ」
「ふむ、主のお手並み拝見といこう」
アイテムボックスから石を取り出し、構える。
漬物石くらい大きな石だ。
STRバグのおかげで重さは感じないし、これだけ大きければ当てられるはず。
「ってなわけで……どりゃあ!」
ひゅるるるる、と風切り音と共に、石はあらぬ方向へ飛んでいく。
うぐ、バランスが悪かったか。
ジルベールの背に乗りながらでは身体が安定しなかったようだ。風の抵抗もあるだろうし。
俺が投げた石は狙いを完全に外し、ギガントのはるか手前に落ちた。
くそ、外れたか。もう一発……そう思った直後である。
ずどぉぉぉぉぉん! と大爆発が巻き起こる。
土煙と共に巻き上がる石弾がギガントの巨体を襲う。
「グォォォォ!?」
雄叫びを上げて倒れるギガント、その上に舞い上がっていた石が降り積もっていく。
そして土煙が晴れた後……着弾点を中心に半径10メートルほどのクレーターが出来ていた。
その向こうには堆く積もった石の山と、それに潰されたギガント。
「な……主よ。今のは一体……?」
ジルベールは驚愕し目を見開いている。
驚いたのは俺も同じだ。
今の俺は普段から必要な時に必要なだけ力が湧いてくる感じなのだが、思いきり投げたからか、あり得ない威力が出てしまったようだ。
STRがバグってるのは俺が思う以上にヤバい状態なのかもしれない。
「あれは失われし大地魔法……我が家をあっという間に建てた建築魔法といい、もしやおぬしは失われし古代魔法を操る大賢者なのか! 只者ではないと思ってはいたが……流石は我が主と認めた男よ」
「いや、全然違うのだが……」
こいつもかよ。大賢者って流行っているのか?
しかも今のは魔法というより完全物理によるものだろう。どう見ても。
はっきり否定してはみたが、ジルベールは可笑しそうに笑っている。
「わかっておる。古代魔法の使い手となれば無用に目立ってしまうからな。こんな辺境で暮らしておるのだ。大賢者だということは隠しておきたいのだろう? その程度は重々承知しておるわ」
いや、全くわかってないぞ。
完全なる勘違いである。人の話を聞け、コミュ障狼。
……まぁいいか。特に問題はなさそうだし、わざわざ否定するのも面倒だ。
それに目立たない方がいい、というのはジルベールの言う通りかもしれない。
この大陸には街もなく、少しくらい派手にやっても人目につくことはないが、もしあんなのを誰かに見られてたら、面倒ごとに巻き込まれる気がする。
例えば魔王を倒せ、とか。それは嫌だ。俺は平和主義者なのだ。
ジルベールが秘密にしていてくれるというのなら、それに越したことはないだろう。
「じゃあ俺のことはくれぐれも内密によろしく」
「わかっておる」
そもそもこんなところで人に会うのかはともかくとして、ジルベールは快諾するのだった。