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神獣に気に入られた

「ふー、一仕事したなぁ」


 一日で動き過ぎたな。

 それでも大して疲れてないのはSTRバグのおかげであろう。

 なんかもう、STRだけでいいんじゃないかなという気すらしてくる。


「さーて、腹も減ったしメシでも食べるかぁ」


 と、大きく伸びをしてふと気づく。

 あれ、食べる物なくね?

 そうだった。作業にかまけて食事の用意をするのを完全に忘れていた。

 陽の傾き具合から言って時刻は昼を回ったあたりだろうか。

 むぅ、食べられないと思ったら本格的に腹が減ってきた。


「だがアイテムボックスに今すぐ食べられるものは……」


 アイテムボックスを探してみると、一つだけあった。

 先日倒して手に入れた魔物の肉である。

 現代人としては成分不明の謎食材を食べるのはやや抵抗があるが、魔物の肉は基本的に高級食材だ。

 一時的にステータスがアップする効果もあり、テキスト上では「何とも言えない匂いがする。とても美味しそうでヨダレが止まらない」と書かれている。

 確かにかなり美味そうで、見ているだけで腹が減ってきた。

 どうしたものか……とりあえず炙ってみるか。

 焚き火にかざして様子を見ていると、普通にいい匂いがし始めた。

 だが何だろうこの匂い、牛でも豚でも鳥でもない。


「しかし本能を直撃する匂いというか、何とも言えない匂いがするな」


 やべぇ、ヨダレが止まらないぞ。

 まさにテキストの通りである。

 これはもういただくしかない。

 ぱちんと手を合わせ、いただきますと言おうとした、その時である。


「くぅーん」


 悩んでいると、物陰から痩せた子犬がこちらに寄って来た。


「ん? 何だお前」


 子犬の毛は泥に塗れ、そこかしこに傷があり、全身汚れきっている。

 あばら骨も浮き出ており、足元をふらつかせていた。

 よほど腹が減っていたのだろう。魔物の肉を焼いた匂いに釣られて出てきたようだ。

 ヨダレを垂らし息を荒らげている。


「……可哀そうだが追い払うか」


 俺も腹が減っているのだ。

 自分が我慢して飢えている犬に食べさせるなどという聖人君子では決してない。


「くぅーん、くぅーん……」


 つぶらな瞳でじっと俺を見る犬。うっ、お前そんな目で見るのは卑怯だぞ。

 ううむ……このまま放置するのはさすがに気が引けるな。

 ハッハッと息を荒らげる犬を見て、俺は何とも言えない気持ちになる。


「そうだ。毒味役に仕えるかもしれないぞー」


 ……と、棒読み気味に言う。

 このゲームでは拾った食べ物を生き物に食わせて、腐敗や毒の有無を確認することができる。

 まぁ、そういうのは見た目が少し違うので、すぐにわかる。

 この肉はどう見ても安全だ。とても美味そうだ。しかし……


「ほら、食えよ」

「ゥゥゥ……」


 犬は警戒したように唸り声を上げていたが、空腹には勝てなかったのかすぐに肉にかぶり付いた。

 ガツガツと一心不乱に食べる犬を見て、俺はやれやれとため息を吐く。


「ったく、俺が食う分は残しておけよー」

「ワンッ!」


 なんて答えた時にはもうちょっぴりしか残っていなかった。

 くっ、少しは遠慮しやがれ。犬は元気よく尻尾を振っている。


「……まぁ腹いっぱいになったならよかったよ。その肉はやるから、満足したならあっちいけ」

「くぅーん」


 俺がしっしっと追い払おうとするが、犬は動こうとしない。

 そうか。こいつ行くところがないのか。

 こんな魔物だらけの場所を一匹で生き抜いてきたのか。

 こんな小さな身体で……犬の苦労を思うと、俺は思わず目が潤む。

 おいおい、俺ってこんなに涙もろかったっけ? 歳には勝てないな。


「……そうだな。遅効性の毒というパターンもあるし、これだけで毒の有無を判断するのは危険、か……やれやれ、しばらくはお前の様子を見る必要があるみたいだな。仕方ない、お前行くところがないなら俺のところに来るか?」

「ワン!」


 犬は嬉しそうに鳴くと、俺の足元にすり寄ってくる。

 全く、ウチに犬を飼う余裕なんてないんだがな。


「っていうか結局今日は肉を食べられなかったじゃないか! うぐぐぐぐ、そう考えたら腹が減ってきた……」


 きゅるるると鳴る腹を押さえ、どうしたものかと考えていると。


「己も空腹に関わらず、腹を空かせた子犬に食事を与え、あまつさえ寝床まで与えようとするとは……何という心優しき者よ」


 いきなり声が聞こえてきた。

 うおっ!? 何だ!? またイズナか?

 だがその割にしわがれているような……喋り方に引っ張られて声までババア化したとか?

 キョロキョロしていると、また声が聞こえてくる。


「我は神獣ジルベール。人の子よ、我はそなたのような心優しき者を待っておった。見せよう、我が真の姿を」


 自らをジルベールと名乗ると、薄汚れた犬が眩い光を放ち始める。

 光は大きくなっていき、銀色の巨大な狼へと姿を変えた。


「な……!? こいつはカイザーウルフ……?」

「如何にも、ずいぶん老いさらばえてしまったがな」


 ジルベールは顔をしわしわにしてククッと笑う。

 神獣とは、世界に同種一体しか存在しない魔物だ。

 非常に高い知性を誇り、その神々しい姿から神獣を崇める者たちもいるほどだ。

 その中でもカイザーウルフは最強種として君臨し、一度暴れると国ひとつ丸ごと滅ぼす程……という設定である。

 そんな神獣カイザーウルフが何故、こんな小汚い犬に化けていたのだろうか。

 疑問に思っていると、ジルベールは語り始める。


「我にはかつて忠誠を誓った主がいた。その男は強く、逞しく、我と共に世界を駆け抜けた日々はとても楽しかった。だが旅はいつか終わり、男は国を作り王となった」


 何だこいつ、いきなり語り始めたぞ。

 この話、もしかして例の設定の話だろうか。


「しかし民にとっては良き王ではなかった。その国は力が全てを支配する修羅の国。弱者は虐げられ、強き者が全てを得る……それが男の理想郷だったのだ。我はそれを許せず男と対立し……国は滅びた。我が滅ぼしたのだ。以来我は使えるべき主を探して世界中を回り、新たな主を探し始めた。次は同じ失敗をせぬよう、優しき心を持つ者をな。みすぼらしい子犬の姿で歩き回ってみたが、どいつもこいつも我の姿を見るや石をぶつけたり追い払ったりするばかり。自分が空腹にも関わらず、食事を分け与えてくれたのはそなたが初めてだ。光栄に思うがいい、そなたこそ我が主にふさわしき人物よ!」

「あっ、そういうのいいんで」


 俺はジルベールの前に手をかざし、拒絶の意思を示す。


「なっ! ど、どういうことだ!? 神獣の主になれるのだぞ!? 嬉しいだろう!?」

「いやー、別にそういうのは間に合っているんで。必要ないんで」


 会うなりいきなり長々と自分語りをし、主認定してくるとは中々ヤバい犬である。

 人との距離感が掴めない人はたまにいるが、こいつは別格だ。

 全く知らない人にいきなりテストを仕掛けて、長々と自分語りをしたのちに、お前合格だから主にしてやる。……とか言うかフツー?

 完全にやばい奴である。こういうのとはそっと距離を取るに限る。


「ま、待て!」


 ジルベールがすがるように吠える。


「……皆、何故か我から遠ざかっていく。我にはそれがわからぬのだ。頼む、教えてくれ。我は何かマズいことをしているのだろうか……?」


 伏せるように項垂れるジルベール。

 俺はそれを後ろ姿でチラ見して、うーんと頭を掻く。

 どうやらこの犬、今までも色々やらかしてきたようである。


「神獣だと持て囃され、人間たちから崇められはするのだが、何故か我から歩み寄ろうとすると避けられてしまうのだ。我は誰かと話したい。関わりたい。……我は友が欲しい。だが上手くいかぬのだ」


 なんかちょっと可哀そうになってきたな。そういえば俺の後輩にも残念コミュ力な奴がいて、何度か悩みを聞いたことがある。

 そいつも今は少しは人付き合いというものが分かってきて、少ないながらも友達が出来るほどに成長したっけ。

 ……仕方ない、話くらいは聞いてやるか。


「なぁジルベール、例えばどういうことがあったのか言ってみろ。出来るだけ具体的に」

「聞いてくれるのか!」

「まぁ聞くだけならな……ほれ、言ってみ?」

「では……そうだな。百年ほど昔だろうか。当時、神獣を祀る大きな祭りがあった。数千人を超える人が集まり、酒を飲み交わし、歌い踊り、とても楽しそうにしていた。そこで我は思ったのだ。――ここが我が出ていけば、もっと盛り上がるのではないのかとな」

「それヤバいだろ!」


 思わず全力でツッコむ。

 いくら神獣を祀るお祭りだからって、マジの神獣が突然出てきたらびっくりするに決まってる。

 神を祀るお祭りで本物の神が出てきたら、祭りどころではない。


「……うむ、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図だったよ。人間たちは我から逃げまどい、どうにか捕まえて声をかけても命だけはお助けを……とか、家には幼い子が……とか、のたまうばかりであった」

「そりゃそうだろうよ」


 ましてやこいつの外見は巨大な狼、喰われると思われても無理はない。


「他にはそうだな、人間が我の祭壇を作ろうとしていたので差し入れに魔獣を獲ってきて差し入れたら、以来人が近づかなくなったりとか……」

「そりゃ、魔獣をも殺すヤバイのがいると思われたんだろうよ」

「魔物が現れるようになり、おびえる村人たちに付きっきりで守ってやったが、何故か数日後には村から人が消えていたりとか……」

「そりゃ、村の人はお前を魔物だと勘違いして逃げたんだろうよ」

「もしや、夜道を帰っている女子を危険だからと守ろうとして後ろからついて行ったら逃げていったのも……」

「そりゃ、喰われると思ったんだろうぜ」


 はー、と大きく息を吐く。駄目だこいつ、早く何とかしないと。

 こんな危険な生き物を放置しておくと被害が広がるばかりだ。

 少しは人との付き合い方というものを教えてやった方がいい気がしてきた。



「なぁジルベール、確認なんだが、本当にお前はただ友達が欲しいだけなんだよな?」

「……うむ、難しいだろうか」

「そういうことなら、俺が色々教えてやってもいい」

「本当かっ!?」


 尻尾をぶんぶんと振り回すジルベール。

 めちゃくちゃ嬉しそうである。


「ただし、さっきお前が言ったような勝手なことは絶対するな。勝手に人を試して、勝手に主と認めて、それで気に食わない行動を取ったからって暴れて国ごと滅ぼすとか、そういうことだ。仕事でも何でもホウレンソウが大事だ。報告、連絡、相談。こういうのがないから驚かれたり、逃げられたりするんだよ。まずは話し合うこと。難しいけどな」

「う、うむ……善処する」


 シュンと項垂れるジルベール。ふむ、どうやら少しは反省したみたいである。

 恐らくこいつは人に何かを教えてもらう機会がなかったのだろう。何せ神獣だしな。

 会話は通じそうな雰囲気はあるし、言えばわかるような気がする。

 ガチにやばい奴は、まず会話が通じないからな。

 俺も新人の教育に定評のある伊藤さんと呼ばれた男だ。

 コミュ力のない新人の面倒を見るのには慣れている。


「じゃ、これからよろしくな」

「うむ! こちらからも頼むぞ。主よ!」


 ……ん、なんか主になってるのか俺。

 まぁいいか。そこまで害はないだろう。たぶん。

 犬の飼い主みたいなもんだ。ゲームでも大型犬を飼ってたし、こういうのも悪くないだろう。

「そうと決まれば、お前の家を作ってやるよ。ほら、ついてきな」

「なんと、我が家を作ってくれるというのか!?」

「そりゃ、一応主になったんだ。それなりに面倒も見るさ。言っておくがその分しっかり働いてもらうぞ」


 働かざるもの食うべからずだ。

 主従関係はしっかりさせないとな。


「主の家でも構わないのだが……」

「プライベートくらい自由にさせろっての。……この辺でいいか」


 適当な場所を見繕い、DIYスキルを発動させる。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。

 出来上がったのはジルベールでも入れるくらい大きな犬小屋。

 うん、いい出来栄えだ。ジルベールも嬉しそうにしている。


「ここが我が家か……良いな、気に入ったぞ!」

「そりゃ何よりだ」


 犬小屋の中で嬉しそうにはしゃぐジルベール。


「しかし何故主の家から離れているのだ?」

「お前、さっき友達が欲しいと言ってたろ? 実は紹介したい奴がいてな……イズナ!」


 俺が呼ぶと犬小屋のすぐそば、社の中にいたイズナがひょっこりと出てきた。


「むおっ!? そ、そやつは神獣か? 何故こんなところにおるのだ」

「あぁ、ジルベールというらしい。ここで飼うことにしたから仲良くしてやってくれ」

「飼う……相当の力を持つ者にしか仕えないと言われる神獣をのう……流石は大賢者と言ったところか」


 イズナはジルベールを見て驚いている。

 なんかただのコミュ障狼にしか見えないが、神であるイズナが驚くとは神獣ってやはりすごいのか。


「まぁ誰彼構わず牙を剥くような獣ではないし、わらわは構わんがの……」


 口ごもりながら、イズナは俺の後ろに視線を送る。

 ん、何だろう。視線の先に目を向けてみると、俺の後ろにジルベールが隠れていた。


「何やってんの、お前」

「……我は誇り高き神獣。主以外の者に心は許さぬ」

「いや、挨拶くらいしろよ」


 というか俺の背中に隠れるのは何なんだ。尻尾もシュンとしてるしよ。

 もしかして見知らぬ人間を見て恥ずかしくなったのだろうか。

 この狼、コミュ障すぎる。

 友達が欲しいとか言ってたくせにこの体たらく……やれやれ、教育のし甲斐があることだな。


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[気になる点] 食物をねだっている犬?に肉をやろうとすると唸るというのは流れがおかしいような。
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