邪神対邪神
「わはははは! わはははは!」
大笑いしながらクペルは海を泳いでいた。
先日のヒトシの話を聞いていたクペルは何やら面白そうな気配を感じ追ってきたのである。
そうして海岸にたどり着いたクペルは船を発見し、それに乗ったりして遊んでいた。
「……ん、何だありゃあァ?」
そしてこちらに近づいてくる山のような巨体を見つけた。
邪神ワークラフト、長い時を生きてきたクペルですらも初めて見る大きさだった。
「うおおおあァァァ! で、で、でっっっけェェェ!?」
跳び上がって驚いたクペル。しかもそれはどうやら自身の方に向かってきているようだ。
しばし首を捻って考えたクペルは、一つの結論に至る。
「むむむ……なるほど! そうかお前、俺と勝負してェんだな!? そういうことなら受けて立つぜドデカ入道ォォォ!」
びしっと邪神を指差すと、クペルは海へ飛び込み泳ぎ始めた。
邪神はヒトシ操る戦車を追っているだけなのだが……ともあれ、こうして現在に至る。
「わははははは! 速ェ速ェ! 追いつかれそうだぜェェェ!」
クペルの遊泳速度は大型魚と同等近い速さだ。
とはいえ邪神の歩幅は大きく、その歩く速度には敵わない。
最初は1キロ以上離れていた二者の距離は徐々に詰められていく。
「くぬぬぬ……っ! ま、負けるかァァァ!」
クペルは負けじと速度を上げるが、それでも差は縮まるばかりだ。
無理もない、元々の身体能力が違い過ぎる。
全力で泳ぐのは体力を大幅に削るし、巨大な存在に迫られる圧力は更に消耗が大きい。
こんな状況が続けばどんな生き物でも早々に諦めてしまうだろう。
――だがクペルにはそれはない。
ただ懸命に力を尽くし、泳ぐ速度は落ちるどころか更に上がっていく。
より速く、より強く、その想いのみで水をかきわけて進む。
そんなクペルを邪神ワークラフトはじっと見下ろしながら追っていた。
◇
あれから少々時間が経った。
だが不思議とクペルと邪神の距離は殆ど変わっていない。
邪神が速度を緩めているわけではない。クペルの速度が上がっているのだ。
「うおおおおお! なんだかわからねぇが力が漲ってくるぜェェェ!」
疲れるどころか、クペルには力が溢れるようだった。
力は望めば望むだけ与えられ、その身体を淡い光が包んでいる。
光が伸びるその先にあるのは邪神ワークラフトだった。
「ああああン!? 力が欲しいかだとォォォ!? 欲しいに決まってるだろうがァァァ! よこしやがれェェェ! 幾らでもだァァァ!」
咆哮するクペルにまたもや力が流れ込んでくる。
光は強くなり、クペルの身体は大きくなっていた。
手足は長く伸び、身体も大きくなり、泳ぐ速度は更に上がっていく。
それを追う邪神はどこか嬉しそうであった。
「……ーい! おおおーーーい! クペーーール!」
そんな二人の頭上で声が響く。
ヒトシの声だ。クペルが見上げるとそこには高速回転する翼を持つ小型機械があった。
ドローン、そう呼ばれる飛行機器である。
アームにはマイクが握られており、声はそこから聞こえていた。
あの後、ヒトシがDIYスキルで作成してここまで飛ばしたのである。
◇
「クペルー! 聞こえてるなら返事しろーーー!」
手にしたマイクに向かって声を張る。
これはドローンに持たせたマイクと接続されており、クペルにも声が聞こえるはずだ。
マイクを持たせた理由は、共有モードでの視界がどうにもよくないからだ。
……ドローンって酔うもんなんだな。昔はゲームでも3D酔いをしたものである。
とはいえ完全に見ないわけにもいかず、薄目を開けながら操縦しており、今もちょっと酔っている……うぷっ。
「うおおおォォォ! 聞こえているぜヒトシィィィ!」
何度目かの声掛けの後、クペルの声が聞こえてくる。
「おおっ、主よ返事が来たぞ!」
「うん、どうやらクペルは無事のようだな」
元気そうな声に安堵する。ったく無茶しやがって。
よく生きていやがったよ本当に……しかし結果的には非常にナイス。
あの邪神を相当沖まで釣ることが出来た。あとはクペルを回収するだけである。
「クペル、今からお前を救い上げる! ドローンを近づけるからそれに掴まるんだ!」
「どろーん……ハッ! この鉄の鳥のことだなァァァ!? 任しとけェェェ!」
「よし、行くぞ!」
俺は気合を入れ直し、ドローンの操作に入る。
うえっ、左右に揺れて気持ち悪い。だが早くしなければ邪神に攻撃を受ける。
急げ、急げ、急げ。海面のクペル目掛け、ドローンが降下する。
そして――クペルの手がドローンのアームを掴んだ。
「うっはーーー! なんだこりゃあ!? 空を飛んでるぜェェェ! 超気持ちいいィィィ!」
「ちょ、こら暴れるな。静かにしろ!」
「ひゃっほーーー!」
一応クペルの体重を計算しておいたが、やはりかなり無理があるな。
ガタガタと機体を揺らしながらドローンが飛んでいるのが嫌でもわかる。
こんな速度じゃ邪神に追いつかれるかも……とチラリと後ろを振り向く。
……動いていない? 気のせいではない。邪神の姿がどんどん小さくなっていく。
「それじゃあなーーーっ! ドデカ入道、また遊ぼうぜェェェ!」
「こら! だから暴れるなっての!」
「ばーいばーーーい!」
クペルがぶんぶんと手を振っているのを、邪神は優しく見送る……そんな風に見えた。
◇
「わはははは! 楽しかったぜヒトシ!」
陸地に辿り着くや否や、クペルは満面の笑みを向けてくる。
「そ、そうか……」
俺はそれに深いため息を返した。
俺は疲れたよ。全く、生きていたからよかったようなものの……無茶をしやがるぜ。
「ていうかお前、なんか成長してないか? 色々と」
「んお? そうかァ?」
不思議そうな声を上げるクペルだが、どう見ても身体が成長している。
戻ってきてから思っていたが間違いない。
先日見た時は子供くらいだったが、今は年頃の少女くらいだ。
身長は20センチくらい伸びているし、ぺったんこだった胸も結構な巨乳になっているじゃないか。
自分でも違和感ないものかね。
ジルベールがクペルに鼻先を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「……このニオイ、以前どこかで嗅いだことがあると思ったが、あの時のサイファと同じ力のニオイだな」
「どういうことだジルベール?」
「異形と化したサイファからは独特の力のニオイを感じた。恐らくあの邪神に力を与えられたのだろう。以前どこぞの国の言い伝えで、力を望む者にそれを与える存在がいるという話を聞いたことがある。あの邪神がそうなのかもしれぬな」
「そういえば泳いでいる最中、力が欲しいかって頭の中に声が響いたぜ! それに応よって答えたらスゲェ力が湧いてきたんだ! もしかしたらあれがそうだったのかもなァ!」
……どう考えても理由はそれだろう。
サイファは復讐の為の力を求めていた。モンスターたちも時に同種を喰らってでも力を得ようとする程に貪欲だ。クペルもまた強さに強いこだわりを持っている。
なるほど、邪神ワークラフトはその意志に応じて力を与えていたということか。
俺が攻撃されたのは、力を求めぬ平和主義者故かもしれない。
「主ほどの力を持つ者には邪神とて力を与えることは出来なかったのであろう。むしろ主の力を脅威に感じ、倒さねばならぬ敵と認識して復活したのかもしれぬな。はっはっは」
「……いや、全然笑えねーし」
あんな化け物に強敵認定される器じゃないぞ俺は。ワンパンで倒される自信がある。
だがジルベールの言うことも一理ある。
俺がここへ来た途端、クペルにワークラフトと邪神が二人も復活しているんだ。
一度なら偶然だが、二度目となれば必然。
イズナによるとここらに封印された邪神はもういないらしいが、ワークラフトが俺を再度追ってくる可能性はゼロではない。
「うーん、またこうして引っ張るのも手間だしなぁ……」
何かいい手はないだろうか。とりあえずいったん戻り対策を考えてみるとするか。




