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モンスターが増えている件

 がらん! がららん!

 ある朝、俺は鳴子の音で目を覚ます。

 以前村の周りに張った侵入者対策の仕掛けは未だ現役で稼働中、今日も元気に外敵を察知してくれたようだ。


「主よ、村にモンスターが近づいているようだ。我が倒してくれば良いか?」

「おう、頼むぜジルベール」


 まぁ今のところはジルベールが対処してくれているから問題はないのだが。あいつのバトル好きも役に立つ。

 あっという間に視界から消えたジルベールを見送りながら首を傾げる。

 それにしてもどうも最近モンスターが増えているような気がするな。

 この村を作れる場所というのはモンスターが発生しにくく、かつ近づき難いはずなのだが。

 毎日のように鳴子が鳴っている気がするぞ。


「イズナに聞いてみるか」


 かつてこの辺りの神であったイズナなら何が起きているかわかるかもしれない。

 というわけで俺はイズナの社を訪れ、話をしてみた。


「ふむ、それは邪神が復活したのからであろう」

「ってまたかよっ!?」


 イズナの言葉に思わずつっこむ。

 この間復活した邪神クペルならここに住み着いているんですけど。

 まだいるのかよ。まるで邪神のバーゲンセールである。どうせならもう少しは間隔を空けて欲しいものだ。


「この地には封印されし邪神は一体や二体ではないからの。確か半月ほど前じゃったか、大陸の東にて一体の邪神が復活を果たしおったのじゃ」

「何で言わないんだよ」

「だっておぬし、前回わらわが封印を頼んだらすごく嫌がったではないか。じゃから今度は黙ってたんじゃモン」


 唇を尖らせ、頬を膨らませるイズナ。

 モン、じゃないモン、じゃ。

 確かに嫌がったけどさぁ。一応情報共有くらいしてくれてもいいと思う。

 しかも結局対応したんだしよ。


「ったく何を拗ねてるんだか……」

「冗談じゃよ。拗ねてなどおらぬ。ちょっとした仕返しじゃ。はっはっは」


 それを世間では拗ねていると言うんだが。

 したり顔で笑うイズナに俺はため息を返す。


「……ふっ、本音を言えば話してどうなるというものでもなかったのじゃよ。此度に復活したのはクペルなぞ問題にならぬ超大物、いかに大賢者たるおぬしとて、どうこうできる相手ではなかったのでな」

「マジか」


 何でもかんでも大賢者だから大丈夫、なんて言ってくるイズナがそこまで言うとは、余程の大物なのだろうか。

 ボスが発生すれば周囲のモンスターは活気付く。

 レベルも上がり、強い種もどんどん生まれて放置すれば魔境と化していくのだ。

 それは強ければ強いほど顕著だ。

 今現在、村の周囲ではワイバーンクラスの大物も確認されている。

 状況が進めばもっとヤバいモンスターが周りに集まってきて、村にも住めなくなってしまうだろう。それはマズい。


 だが大物ボスでも戦法によっては倒せないことはないし、出来るなら早めに排除しておいた方がいいだろう。

 ……一応、名前くらいは聞いてみるか。


「ちなみにその邪神の名はわかるか?」

「遍く力の根源、その全てを司る絶対の神。堕ちてなお力を放ち続ける邪神、その名をワークラフト……!」

「ぶっっっ!?」


 邪神ワークラフトって……おいおい、前に俺がクペルをそう勘違いしたゲーム最強裏ボスじゃあないか。

 結局ここにいたのかよ。しかも復活したとか、洒落にならんぞ。


「おお、邪神ワークラフトを知っとるとは流石は大賢者じゃの」

「……まぁ有名だしな」


 ゲームではその強さから散々ネタにされていたので、見たことがない俺ですら知っている。

 その強さは前述の通り、視認された瞬間に即死だ。


「しかし邪神ワークラフトか。そりゃどうしようもないなぁ……」

「であろう。残念じゃが奴の影響が致命的になる前にここを捨て、どこぞに村を移動させるしかあるまいな」

「そう、だな……ここまで大きくなった村だが、仕方ないか」


 命には変えられないもんな。

 そうと決まれば話は早い方がいい。

 俺は皆にそれを伝えにいくのだった。


 ◇


「ヒトシィィィ! どうだ見ろ! スゲェだろォォォ!」


 まず会いに行ったのはクペルだ。

 十頭を超える牛を追いかけながら、俺に向かって叫び声を上げている。


「こいつらは俺が! 全部! 捕まえて! 家来にしたんだぜェェェ! そしてこれからはここで一緒に暮らすんだァァァ!」

「モォォォ……」


 牛たちがのんびりとした鳴き声を上げるその傍、ラガーが俺に耳打ちをしてくる。


「クペルの嬢ちゃんが折角捕まえた牛を食おうとしてたからよ、説得して放牧することにしたんでさ。そうすりゃいつでも牛乳が飲めやすからね。へへっ」

「ラガァァァ! どうやって乳を絞りゃあいいんだァァァ!」

「へいへい、ちょっと待ってな。それじゃあ旦那、呼んでますから失礼しますぜ」


 クペルの元へ走るラガーを俺は見送る。

 ……言えなかったな。まぁ言う機会はまたあるさ。


 ◇


「あら大賢者サマ、お久しゅう」


 今度はカミーラの元を訪れた俺は、地下室に入って目を丸くした。

 階段を降りて豪華な扉を開けると石畳の床にイスとソファが並べられ、棚には酒瓶が並んでいた。

 バーカウンターの奥ではカミーラはグラスを磨いており、まるで雰囲気の良いバーのようだ。


「おお、俺が作った時はただの洞窟同然だったのに……随分と様変わりしたもんだなぁ」

「ふふっ、頑張ったのよ。大賢者サマの配下として恥ずかしくないような住まいにせねばと思ったもの」


 俺が感心していると、カミーラがグラスに酒を注ぎ始める。


「そうそう酒は飲めるかしら? 飲めるでしょう? よかったらコレ、飲んでいって」

「……いただこう」


 グラスを手にし口元に近づけると、芳しい花の香りがする。

 くいっと傾けると、果実酒の甘い香りが舌先で踊り、僅かな苦味と混ざり合っていい味を出していた。


「……驚いた。こりゃ美味い」

「でしょうっ!?」


 俺の言葉にカミーラは目を輝かせる。


「眷属たちに集めさせた花の蜜で作ったブレンド果実酒なの。折角いい場所なのだし、私にも何か出来ることはないかと考えたのよ。その……他の方たちも大賢者サマのお役に立っているわけだし、配下の私が何もしないわけにもいかないでしょう?」


 小声で照れ臭そうに髪をいじるカミーラ。

 棚に並んだ色とりどりの酒は全て違うものに違いあるまい。

 これだけの種類を集めるのはかなり苦心しただろう。


「新作もそこの樽でまだまだ作ってるから、楽しみにしていてねっ。ふふっ」

「あ、あぁ……」


 楽しそうに笑うカミーラに、俺はそう返す。

 カミーラの足元には、大量の樽が置かれていた。

 ……運ぶの大変だったろうな。


 ◇


 次に俺はキャロの元へ向かった。

 見ればマオと二人で何か作っているようだった。


「ヒトシ様、こんにちは!」

「やぁキャロ、それにマオ。何をしてるんだ?」

「家に断熱材を貼り付けているんですよ。これがあれば冬も暖かいですからね」


 そう言ってマオが見せてきたのは、段ボールのようなものだった。

 どうやら紙を糊で重ねて加工しているようである。


「空気の断層が出来ることで熱を逃すのを防ぐんです。マオ君は色々なことを知ってて偉いですねぇ」

「あはは……ぼ、僕の住んでいた所はとても寒い所でしたから……」


 キャロに頭を撫でられ、真っ赤な顔で手にした段ボール紙を弄り始まるマオ。

 折角作ったのがグシャグシャになってるぞ。


「ま、まだまだ暖かく過ごせる方法はありますから、楽しみにして下さい」

「えぇ、楽しみにしてるわ。ヒトシ様、これで冬が来ても暖かく過ごせそうですね」

「……ん、そうだな」


 俺はそう答えると二人の元を去る。

 二人の手入れした家々は、とても暖かそうだった。


 ◇


 サイファの墓であるピラミッドを訪れると、ジルベールが頂上で寝そべっている。


「おお、主ではないか」

「ようジルベール、最近よくここにいるな」


 あれからしばらく、ジルベールは日中何もない時はいつもここで過ごしている。

 かつての友との記憶に想いを馳せているのだろうか。


「ここはいい地だな。主よ」


 ジルベールが目を細めたまま、ぽつりと呟く。


「人も神も、皆等しく好きなように暮らしている。他所では差別や暴力、貧富の差やら何やらとギスギスしているものだが、ここは平和そのものだ。このような地は他にあるまい。サイファもこんな立派な墓を作ってもらって感謝しているであろう。我もここに来て本当に良かったと思っている」

「ジルベール……」

「無論、全ては主のおかげだがな。……ところで我に何か用でもあるのか?」


 俺はジルベールの問いに、首を横に振って返す。


「……いいや、そうだな。お前の言う通りここはいい村だ。離れるなんて嫌だよな」

「うむ、我は命尽きるまでここで暮らすつもりだぞ」

「ははは、大袈裟だな」

「何を言う主よ。決してそんなことはないぞ。この地が脅かされることがあれば、命を捨ててでも戦う覚悟よ。それは我だけでなく皆もまた同じ想いであろう」


 そういえば皆の方からもそんな声をチラホラ聞いたっけ。

 冗談っぽい言い方ではあったが、それでも皆がこの村を大事に思っているのは今までの行動から十二分に理解出来る。

 俺は……正直何故そこまで自分たちの住処に固執するのかわからなかった。

 命の危険を冒して戦うくらいなら、逃げ出して他所へ移り住めばいいではないか。

 サイファの過去を聞いた時も、心のどこかでそう思っていた。


 だが当事者となった今となっては、その気持ちは痛いほどにわかる。

 自分たちが作り上げた大事な土地を放り逃げ出して、何故新しい地で笑って暮らしていけるというのか。

 お気に入りの風景も、頑張って作った建物も、集めた家畜も、食料も、衣服も、道具も、そして仲間たちも――また手に入るとは限らないのだ。

 それを守る為なら俺も――


「む、どうしたのだ? 主よ」

「……いいや、なんでもないさ」


 首を傾げるジルベールに背を向け、村へ戻るのだった。


 ◇


「ヒトシよ、村を捨てて逃げだす旨、皆に言うてきたかの?」


 イズナの問いに俺は首を横に振って返す。


「いいや。やめたよ――逃げるのは」

「なっ!? なんじゃとぉ!? どういうことじゃ!?」


 イズナが狼狽えるのも無理はない。邪神ワークラフトは触れることすら困難な敵――というよりは天災のような存在だ。

 戦うのは不可能。だが今の俺なら出来ることがあるかもしれない。

 俺のDIYスキルは今、文明石の力で金属加工が可能となっている。

 皆のおかげで様々な材料も手に入っているし、それらを上手く利用すればもしかしたら、あるいは。

 糸のように細い希望だが――ゼロじゃない。


「……まぁ見ててくれよ」

「むぅ……」


 そう言って、拳を握り締める俺を、イズナは不安そうな目で見るのだった。

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