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墓を作ろう

 ――あれから数日が経った。

 サイファの死をジルベールに伝えると、そうかとだけ呟いた。

 以降はいつもと同じようにふるまってはいるがどうにも静かであり、皆も気にして話しかけられずにいたのである。


「よっ、ジルベール」


 ま、俺は気にせず話しかけるわけだが。

 気にしてないわけではないが、こういう時は普段通りに接してくれた方がありがたいものだ。

 大好きだった祖父の葬式の後、会社の友人が変わらず話しかけてくれたのは当時の俺には救いだった。


「おぉ、主か。どうしたのだ?」

「なーに、ただの散歩だよ。一緒に歩くか?」

「ふむ、よかろう」


 だから俺もこうする。今はぎこちなくても、こうしてゆっくりと日常へ戻っていくものなのである。

 気がつけば俺たちの足は自ずとサイファの死んだ岩山へ向かっていた。

 そういえばあれから来てなかったな。

 花の一つも供えてやるか。そんなことを考えながら辿り着くと……クペルが岩をブロックのように積んで遊んでいた。

 無惨に崩れ落ちていた岩山の破片を積んでいき、新たな山を作っているようだ。


「……何やってんのあいつ」

「わ、わからぬ……」


 呆然とする俺たちに気づいたクペルが、大きく手を振ってくる。


「おおーい! ヒトシー! ジルベー! こいつを見ろォォォ! どうだスゲェだろ! わはははーーー!」


 岩山のてっぺんで仰け反りながら大笑いするクペル。

 いや、だから何やってんのかね。この子は。


「見りゃあわかるだろ! どれだけ高くまで石を積めるか、挑戦してたんだよ!」


 改めて聞いてみたら、驚くほど見ればわかる答えが返ってきた。

 小学生男子かな?


「お前なぁ……いくらなんでも罰当たりだろ。それに危ないし、やめとけって」

「危なくねェ! 俺はこの高さから飛び降りても平気だァァァ!」


 お前はそうかもしれないが、誰かが下を通りかかった時に崩れたら危ないだろ。つーか俺が怖い。


「とにかくだな、遊ぶなら他の所で……」

「……いや、構わぬよ」


 俺とクペルの間にジルベールが割って入る。


「サイファはこのように高い所が好きであった。これ程高き頂であれば、あいつも心穏やかに眠れるであろう」

「なるほど、墓所代わりってことか」


 そういえば花を供えるにも、墓の一つくらい作ってやった方がいいか。

 だがこれは幾ら何でも危ないよな。

 数メートルクラスの岩が真っ直ぐ縦に積まれており、今にも崩れそうである。

 何かいい手は……そうだ!


「……よし、わかった。好きなだけ高く積んでいいぞ。というさクペル、俺がもっともっと高く積む方法を教えてやろう」

「な、何ィ!? これ以上高く積めるってのかァ!?」

「あぁ、倍はいけるだろうな」

「すげぇェェェ! やろうぜヒトシィィィ! 今すぐその方法を教えろォォォ!」

「おう、いっちょすげぇのを作ってやろうぜ」


 俺がかざした手に、クペルは勢いよく手を合わせる。

 ぱぁん! といい音が辺りに響いた。


 ◇


「クペル、もうちょいこっちだー!」

「む、むぐぐ……こうかァ!?」

「おう! いい感じだぞ!」

「どいしょおォォォ!」


 ずずん! と音がしたクペルが大岩を下ろす。

 大岩――正確にはそうだったものを俺がDIYスキルで加工した、直径2メートルのレンガ形ブロックだ。

 これをクペルに運ばせ、組み上げているのである。


「なぁヒトシィ、いつまで地面に石を並べてんだよ! 早く高く積み上げようぜェェェ!?」

「まぁまぁ慌てるなって。まずは土台を固めるのが重要なんだ。基礎がどれだけしっかりしてるかで、どこまで積めるかが大きく変わってくるからな」


 逸るクペルをそう言って宥める。

 建築の際に地盤の安定が重要なのは今更言うまでもないだろう。

 現代日本でも不安定な場所に家を建て、地滑りや地盤沈下で崩れることは稀にある。

 俺が働いていた工場なんて、沼地の上に建ててたから仕事中にカエルやザリガニが出てきてひどいもんだった。

 その上機械が沈み出したので、結局そこは潰して新たに土地を均して建て直したのである。

 このような目に遭わない為にも、土地作りは大事なのだ。

 特に今から建てようとしているような巨大な建物なんかは特に、な。


「でもよォ、地面に石を敷き詰めるのも飽きてきたぜェ……」


 駄々を捏ね始めるクペルに、俺はわざとらしくため息を吐いた。


「そうかそうか、残念だな。わかったよクペル、あとは俺一人でやるからさ」


 不貞腐れて寝転がろうとするクペルの動きがぴたりと止まる。


「あーあ、しょうがないから俺一人ですごくでっかいのを作るとするかな。すっっっっごくでっっっかい」のを、俺一人で作るとするかなー。クペルは負けたって悔しがるかもしれないけど、仕方ないよなー」


 はーあ、と大きなため息を吐いた瞬間である。


「俺は! 負けて! ねェェェェェェ!」


 クペルは突如叫び声を上げると、岩を頭上高く持ち上げた。


「疲れてもねェし飽きてもねェ! オラオラヒトシ! 早く次の置き場所を指示しやがれェェェー!」


 岩を振り回しながら催促してくるクペル。……単純な奴。

 こいつの操縦法、何となく分かってきたかも。


 ともあれ、順調に作業は進み俺の思い描く通りの建物が完成しつつあった。

 縦横50メートルに石畳を敷き詰め、その上に一回り小さな石畳を敷き詰め、更にその上にも同様に……それを繰り返していく。

 そうして敷き詰めた石畳は中心に向かって階段のようになっており、出来上がったものの高さはおよそ30メートル。四角錘状に積み上げられたその頂上で、クペルが最後の岩を運んでいた。


「うっっっはーーー! 高っけェェェーーーっ!」


 頂上にてクペルは歓喜の声を上げる。

 こらこら、せめて岩を置いてからにしろよ。危ないだろう。


「おらよっ!」


 ずずん! と最後の岩が、巨大四角錘の丁度中心に置かれた。

 おお、ついに完成だ。

 ――そう、これはピラミッドである。

 エジプトを象徴する巨大墳墓。これをサイファの墓代わりにしようというのだ。


「おお……! 何と立派な建築物か。これを我が友サイファの為に……主よ、我は今猛烈に感動している! あいつもきっと喜んでいるであろう」

「気に入ってくれたようでよかったよ」


 墓なんてのは生きている側の自己満足だと俺は思う。

 サイファが喜んでいるかどうかはわからないが、少なくともジルベールは喜んでいるようだ。

 これで気持ちに区切りがついて、沈んでいた気持ちが少しでも晴れてくれればいいんだけどな。


「そうだ。こいつを……」


 俺はアイテムボックスをゴソゴソと漁り、そこからワイバーンを倒した時に手に入れたウルトラミートを取り出し、置いた。

 そして手を合わせ、目を閉じる。


「主よ、何をしているのだ?」

「俺の故郷では死者を弔う時、こうして供え物をして手を合わせて祈るんだ。安らかに眠れるようにってな」

「なるほど。では我もそれに倣うとしよう」

「うおおおおお! なんだかわかんねぇが俺もやるぜェェェ!」


 ジルベールとクペルが俺の両隣に座り、同様に手を合わせるのだった。なむなむ。


「なぁヒトシ! この肉食っていいか!?」


 しばらくそうした後、クペルがおもむろな言う。

 こらこら、これは供え物といったばかりだろ。

 そんなことを思っていると、ぐぅぅぅ、とジルベールの腹も鳴る。

 ……よく考えたら俺も腹減ってきた気がする。

 ま、もう十分に供えた気もするし、食べても構わないか。


「サイファもその方が喜ぶであろう」

「そうだな。じゃあ食べるとするか」

「うおおおォォォ!」


 ウルトラミートを適当に千切って皆で食べていく。

 作業で疲れた身体に染み入るぜ。

 今まで食べた肉の中で一番美味い。

 ゲーム内アイテムの食料を食べるなんて少し抵抗はあったが、杞憂だったようだ。


「うむっ、うむっ、これは美味いぞ!」

「美味ェェェ! 超美味ェェェ!」


 二人とも感動の声を上げながらバクバク食べている。

 あっという間に食べ終えた俺たちは横になりゆっくり休んでいた。

 ふと、ジルベールが残った骨を食んでいるのに気づく。

 そういえば犬のおもちゃで骨があったな。やはり好きなんだろうか。

 そんなことを考えているとジルベールが俺の視線に気づいたようだ。


「……む、別に構わぬだろう? 骨までは主も食べまいが」

「見てただけだよ。取りゃしないからゆっくり食え」

「ではありがたく。良い肉というのは骨まで美味いのだ。あむあむ」


 がじがじと噛んでいるジルベールを、クペルが物欲しそうに見ている。

 取るなよ。絶対取るなよ。


「むっ!?」


 ひゅぱっ、とジルベールが咥えていた骨が消えた。

 何者かが持ち去ったのだ。クペルではない。

 草むらの影まで跳躍した影が振り返ったのは、白い狼だった。

 子供だろうか、随分と小さい。


「あーーーっ! 俺の肉ゥゥゥーーーっ!」


 絶叫するクペル。いやお前のじゃないから。

 取り返そうと飛びかかろうとするクペルを、ジルベールが制止する。


「……いや、いいのだ。くれてやろう」

「ゥゥゥ……」


 狼は唸り声を上げながら徐々に下がっていき、茂みの中に消えていく。

 それを見送りながらジルベールは目を細める。


「あの白狼、かつてのサイファにそっくりであった。そう思うとどうしても、な……」


 取り返す気にはならないって事か。

 言われてみれば似ているような気がしなくもない。

 よく見ればあの白狼も茂みの奥でこちらの様子を伺っているようである。

 何か通じるものがある……と考えるのはあまりに都合がいいだろうか。


「それでもまぁ、こんな時くらいはな」


 センチメンタルな気持ちになるのも悪くはないだろう。

 俺は目を潤ませるジルベールを横目に、森の風を感じるのだった。

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