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かつての友は――

 ガラガラと音を立てながら崩壊していく岩山。

 ものすごい土煙を上げながら落ちてくる岩片がどんどん積み重なっていく。

 あまりの事態に呆然とそれを眺めていた俺だったが、ハッと正気に戻り即座に駆け出す。


「おい! ジルベール! サイファ! 聞こえるか!? 返事をしろ! おーーーいっ!」


 懸命に声をかけるが、答える声はない。

 無事を確かめるべく土煙の中に突っ込み、手当たり次第に大岩をどかしていく。

 かなりの大きさの岩だ。しかもこれだけの量……まともに押し潰されればあの二人と言えど命はないだろう。

 だが運よく岩と岩の隙間に入れば助かっているかもしれない。そうあってくれと祈るしかない。


「くそっ、この大量の岩が邪魔だ。どかさないと。よい……しょお!」


 数メートルもの大きさの岩を掴み、持ち上げる。

 STRバグのおかげで、重さは全く感じない。

 持ち上げた岩を向こうへと投げる。また持ち上げて投げる。持ち上げる。投げる。それを繰り返す。


「げほっ! げほっ……くそ、煙たいな」


 立ち昇る土煙が邪魔で仕方ない。周囲も見えないし、咳が出る。

 絶対身体に悪いだろ。昔の工事現場ではマスクをしてなかった為に粉塵を吸い込んで病気になることもあったらしいし。

 だからと言って手を止めている暇はない。

 長引くと二人が死んでしまう可能性がある。ちょっとくらい我慢、我慢だ。

 俺は土煙に耐えながらも大岩をのけていく。……けほっ。


「あの……こんな所で一体何をしているのですか? ヒトシ様」


 煙で見えない向こう側から、声が聞こえた。キャロだ。

 それとほぼ同時に、土煙が一気に晴れていく。

 そこにはキャロたち村の皆が立っていた。


「やれやれ、どっかんばっきんと何が起きているのかと思えば……このような土煙の中で身体を動かしているといくら大賢者たるおぬしでも身体を壊すぞ? ま、わらわが霧雨で土埃を消しておるから大丈夫じゃがの」

「水気でも消し切れない土埃は私が眷属に除けさせたわ。安心してくださいね。大賢者サマ」


 どうやらイズナとカミーラが土煙を排除してくれたようだ。


「おおっ! こんな岩を持ち上げるとはとんでもないですなぁ! 俺も微力ながら手伝いやすぜ!」

「僕にも協力させてください。これくらいしか出来ずに申し訳ありませんが」


 ラガーとマオが岩を持ちあげ、運んでくれている。


「うおォォォ! 俺もやるぜェェェ!」

「こらクペルちゃん。無闇に岩をどかしていたら、すぐに置き場がなくなるでしょう。その岩はあっち。この岩はあそこ。皆さんもよろしくお願いします」


 クペルの手綱をキャロが握り、皆に指示を出している。

 ありがたい。みんなの力があれば二人を助けられるはずだ。待ってろ、すぐに助けてやるからな。


 ◆


 ――力が欲しかった。

 何者にも脅かされない力が。

 力さえあればあの山から追い出される事もなく、幸せに暮らせたはずだった。


 だから俺は力を求めた。

 何者にも負けない力を手に入れたはずだった。

 なのに、俺がやったことはかつて俺たちを追い出した人間と同じだった。


 それを気づかされ、愕然とする。

 あぁ、クソ。クソクソクソクソクソクソ、クソぉっ! ……クソだ。俺は。クソ……


「ぅ……」


 ジルが呻き声を上げている。

 よかった。こいつもまだ生きてやがる。

 傷はヒデェが、きちんとした治療を受ければすぐによくなるだろう。

 何せあの人間、大賢者っつーらしいしな。そこら辺は心得ているだろう。

 耳をすませば暗闇の向こうで、岩のぶつかる音が聞こえてくる。

 規則的な音に交じって人の声が聞こえてくる。どうやら外から崩れた岩を除去しているようだ。

 あの大賢者以外の声も聞こえる。懸命な声だ。必死な声だ。……あの村の者たちか。ジルベールの奴、いい友を持ったんだなァ。


 ガラ、ガラガラ……崩れる音が大きくなってきた。

 心なしか漆黒の闇が僅かに明るくなったように感じる。

 漏れ差し込んでくる光が増えてきた。

 どうやら助けが近づいてきたようだな。


「……ーぃ! おーい! ジルベール!」


 ジルを呼ぶ声だ。すぐそこだ。

 心配そうな声で呼んでいる。

 あァ。随分と愛されているようだな。お前は。

 よかったなァ……


「サイファ! 無事かー!?」


 ……っ!

 あの大賢者の声だ。あれだけのことをした俺を探してるのか。助けようってのか。信じられねェ。こんなクソな俺を。

 まるで心を鷲掴みにされたような気持ちだ。

 クソじゃねェ。悪く、ねェ……


「サイファさーん!」

「無事かしらぁー?」


 他の奴らもだ。俺は奴らを見下していたのに。

 気づいてないのか? もしくは気づいていてなお……?

 クソ……いい奴らだなァ……

 声が、光が近づいてきた。

 あいつらはすぐそばまで来ているようである。

 俺は目を細め、それを待つのだった。


 ◆


「よっ……おっ! いたぞ!」


 どれだけ岩を退かしただろうか。

 岩と岩の隙間に、重なるようになっているジルベールとサイファの姿が見つけた。

 目を閉じてはいるが息はある。どうやら二人とも生きているようだ。……よかった。心配させやがって。

 安堵の息を吐きながら岩に指をかけた、その時である。


「……よぉ、大賢者殿」


 サイファが声をかけてきた。

 気づいていたのか、身体を起こそうとするが岩で動かせないようだ。


「すぐ助けてやるからな。待ってろよサイファ」

「大賢者殿……あんたには面倒かけちまったな。謝っても謝りきれねぇ。本当にすまなかった」

「はぁ? 今そんなこと言ってる場合かよ! 大人しく助けられるのを待っとけ」


 しおらしいのはいいが、今は泣き言を聞いている余裕はない。

 ジルベールは気を失ったままだし、岩もいつ崩れるかわからない。

 だがサイファは構わず言葉を続ける。


「頼みがある。ジルを……あいつを頼む。俺の大事な相棒なんだ。いい奴なんだ。だから、あいつをこれからもよろしく頼む……!」

「何を言い出すかと思えば……当たり前だ! 俺はあいつの主だからな! それについでにお前の面倒も見てやるよ。だから村に来いサイファ。ジルベールと一緒にここにいろ!」

「あァ、いいなァそれは……すごく楽しそうだ……」

「そうさ。だからじっとしていろ。すぐにどかしてやるからな……よっと!」


 指先に力を入れ、大岩を持ち上げる。

 暗くなっていた箇所に光が差し込み、二人の姿が露わになっていく。

 倒れ伏すジルベールは無事だ。どうもなっていない。だが……

 ジルベールを守るようにして覆い被さっていたサイファの下半身は完全に潰れていた。

 出血もひどく、辺りは血の海と化している。

 生きているのが不思議な有様であった。


「サイファ、お前……」

「……ハッ、なに顔を青くしてんだよ……別に痛くもねェから安心しろ」


 痛くないって、そりゃあもう痛覚すらないってことじゃないかよ。

 アイテムボックスから回復薬を取り出そうとするが、サイファは弱々しく首を振る。


「無駄だよ……俺はもう助からねェ……」

「何言ってんだ。助かるさ。俺は大賢者だぞ? お前を助ける薬くらい……た、確かこの辺りに……」


 ――そんなものはない。

 このゲームにも復活薬はあるが、それはあくまで気絶した仲間を復活させるもの。

 イベントなどで死んだキャラクターを生き返らせるのは不可能だ。そんな裏ワザもまた存在しない。

 アイテムボックスを漁るフリをしている俺に気づいているのかいないのか、サイファはフッと笑う。


「……いいのさ。俺はたくさんの人間を殺した。村も焼いた。国を滅ぼしたことだってある。今更人間と仲良くなんて出来ねェんだよ」

「だからって……」


 言いかけて、サイファの身体が消滅しかかっているのに気づく。

 マズい。俺はアイテムボックスから取り出したアイテムを片っ端から使っていく。

 薬草、治癒草、毒消し草……駄目だ。

 上級薬草、万能薬草、いやし草……片っ端から試していく。

 霊薬、復活薬、全能薬……全て効果がない。

 その間もサイファの姿は消えていっており、既に頭しか残っていない。

 サイファは半分になった口で言葉を紡ぐ。


「……どうやらもう、限界みてぇだ。あばよ大賢者……いや、ヒトシ殿。ジルを……頼んだぜ……」

「サイファ! おいサイファ! サイファーーーっ!」


 満足そうな笑みを残し、サイファは――まるで雪が溶けて消えるようにして消滅するのだった。


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