神獣決戦、後編
「ガアアアアアッ!」
よろめくジルベールに飛びかかるサイファ。
その三つの顎が容赦なくジルベールを襲う。
「くっ……!」
何とか残像で避けようとするジルベールだが、躱し切れずに浅く切り付けられた箇所から鮮血が噴き出した。
「まだまだ終わらねぇぞォォォ!」
サイファの頭上に巨大な、先刻とは比べ物にならぬ程巨大な氷塊が生成されていく。
げっ、何だありゃ!? 特大氷魔法か? あれってあんな巨大なもんだっけ!? 魔法はINT依存で威力が増減するが、リアルだとあんな風になるのかよ。
「喰らいやがれェ!」
特大の氷塊がジルベール目掛け飛んでいく。
ギリギリで躱すも、その視線の先には同等サイズの氷塊無数に迫っていた。
SPは減らしたはずなのに、あんな大技を平気な顔で乱発してくるとは……駄目だ。あれは避けきれない。ぶつかる――
「ぬぐおっ!?」
がん !ごん! ずがが! とピンボールのように氷塊の間を跳ねるジルベール。
その間にも同時に放たれていた雷撃がジルベールを貫く。二重攻撃によりHPバーがガリガリ削られていく。
「ウガァァァァラァァァ!」
サイファの追撃は終わらない。
ジルベールは空中でなすがまま、めちゃくちゃにされている。あああ、もう見ていられない。
だらんと手足を放り出し、無防備となったジルベール目掛け、雷雲が光る。
ずどぉぉぉん! 凄まじい豪雷がジルベールごと落ちてくる。
あれは特大雷魔法、このゲームに存在する最強の単体攻撃魔法だ。それをモロに喰らってしまった。
さ、流石にヤバいんじゃないのか……息を呑み見守る中、土煙が晴れていく。
そこにはボロボロで横たわるジルベールがいた。
全身黒焦げと凍傷になっており、HPも僅かしか残っていない。
「ジルベールっ!? しっかりしろ! ジルベール!」
俺が駆け寄ろうとしたその時である。
「主よ!」
ジルベールは凄まじい剣幕で睨まれ、俺は足を止める。
立ち止まる俺を真っ直ぐに見据えて言う。
「……約束したであろう。この戦いは我に任せて欲しい」
「ジルベール……でもお前……」
「問題はない。……頼む。主よ」
深々と頭を下げるジルベールに俺はそれ以上かける言葉を失う。
くそ、こうなることも覚悟の上ということかよ。
拳を握り締め、ぐっと唇を噛む。
「……わかったよ。だが、死ぬなよ」
「うむ、善処するとしよう」
「善処じゃねぇ! 絶対に死ぬな。命令だ」
変にカッコつけようとするなっての。似合わないことはするもんじゃないぞ。
俺の言葉にジルベールは神妙に頷く。
「……あいわかった。けして死なぬと約束しよう」
「ったりまえだ。死んだらぶっ殺すぞ」
俺はそう言ってまた離れていく。
その間にもサイファは大量の氷を、電撃を生成していく。
「うるせぇ! 殺す! ゥガァァァァァ!」
「うおおおおおっ!」
サイファの攻撃を無理やり突破しながら、ジルベールが駆ける。
そのままサイファに体当たりを仕掛けるが、もはやその身体はジルベールより遥かに大きくびくともしたい。
「何の、まだまだ!」
それでも何度も体当たりを喰らわせるジルベール。
僅かではあるが、サイファも後ずさり始める。
「あれはチャージアタックだポン。突進と共にダメージを与え、相手を吹き飛ばす効果もあるよ」
攻撃と同時に移動するスキルか。
確かにそれなら距離を離されず、魔法は喰らわないかもしれないが……
「しゃらくせェ!」
サイファの三つの顎、その無数の牙がジルベールの身体に突き立つ。
――そう、ステータス差は更に開いており、接近戦を挑んでも分がいいわけではない。
それでもジルベールは無理矢理押し込んでいき、岩山にまで追い詰めた。
ずどん! と岩山に押し付けると共に岩壁に無数のヒビが走る。
相手をノックバックさせる攻撃は、叩きつければ更にダメージが上昇するのだ。
攻撃を喰らいながらも怯むことなく、何度も、何度も岩壁に叩きつける。
まさに意地と意地のぶつかり合いだ。
「くそがァ! 何でだジル! 何で人間なんかの為にそこまでするんだ!?」
「……違うな。我は我の大事なものを守る為に戦っているのだ」
「どこが違うってんだ! 人間に尻尾を振ってるだけじゃねぇかよォ!」
「『人間』ではない! 仲間だ!」
ジルベールの言葉に、サイファの動きが一瞬止まる。
「我は仲間を守る為に戦っている。人間だけではない、村には魔族も、神もいる。だが彼らは等しく我の大事な仲間だ。それを脅かす者には命懸けで立ち向かわねばならぬ! あの時と同じように!」
一瞬、サイファが目を見開いた。
何かを思い出したような、狂気に歪んでいた目に理性の光が灯る。
「あの時……っておいおい……」
一体どうしたのだろうか。サイファの様子がおかしい。
あの時……? 昔、何かあったのだろうか。
困惑する俺とジルベールにかまわず、サイファは笑い始める。
「くはっ! はははっ! まるで同じじゃねぇか……あの時の人間たちと俺がよォ……! はは……こりゃあケッサクだ! 人間を憎んできた俺が、それと同じことをしていたとはなァ!」
「サイファ……?」
「ひゃっひゃっ! ははは! はははははっ!」
涙を流し、地面に転がり笑うその姿はまるで無邪気な子供のようだ。
しばらくそうしていただろうか。ようやくサイファは落ち着いた様子を見せる。
ジルベールは目を細め、優しく言葉をかけた。
「なぁサイファ、もう一度、やり直そう。我はお前のことも大事な仲間と思っているぞ」
「ジル……! 俺は……俺はよォ……」
言いかけた瞬間である。
ずずん! と地響きが鳴り足元が激しく揺れ始めた。
見れば岩山が崩れかかっている。
「ジルベール! サイファ!」
俺が声を上げるのとほぼ同時に、岩山が崩壊し二人の上に落ちてきた。




