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神獣決戦、前編

 その日も俺は普段通りの生活を送っていた。

 ゆっくり起きてきて、食事をし、畑を耕し、皆と話をする。

 なんて事はない普通の、しかし大切な日常。

 それはどんな生き物にとっても大事なことだろう。

 理不尽に奪われたとしたらサイファが怒り狂うのもわからなくもないかな。


「どうかしたのですか? ヒトシ様」

「いや、何でも……」


 心配そうに尋ねるキャロにそう返そうとした時である。

 がらん! がらがらがらん!

 けたたましい音を立て、吊り下げていた木板が大きく揺れる。


「わっ!? な、なんですかこれ?」

「あぁ、鳴子だよ。侵入者が来たらわかるようにしてあるんだ」


 紐に木板を通したもので、外敵が紐が揺れると木板が音を鳴らして知らせるという仕掛けだ。

 村の周囲に紐を張ってここまで引っ張ってきており、何かが侵入した際にはすぐ分かるようになっている。

 俺の悪い予感は当たる方だし、だったら対策の一つも立てておかねばな。


「これは北の方だな……それにしても何という速さだ」


 他の何かが引っかかった事をも考えて100メートルおきに三箇所紐を張っているのだが、それらがほぼ同時に鳴っていた。

 もしかしてサイファか? ……いや、あいつもそこまでの速さではなかった気がする。

 それ以上の何か。もしくは何らかの……いやーな感じだぜ。


「キャロ、俺は見てくるから皆にも気をつけるよう言っておいてくれ。決して外には出ないように」

「は、はい!」


 村にはマオやクペルがいるし、恐らく大丈夫だろう。

 キャロにそう指示すると、俺は音の方へと向かうのだった。


「主よ!」


 途中、ジルベールが俺と合流する。


「おお、ジルベールも来たか」


 思わず一人で走り出したはいいが、ちょっと不安になり始めたところだったので頼もしい。


「うむ、あのニオイは奴だ。我も来ぬわけにはいかぬだろう」

「やはりか……」


 言わずもがな、サイファである。

 ジルベールがニオイで嗅ぎつけた以上、もはや間違いあるまい。


「だが妙だ。ニオイからは以前のサイファとは比べ物にならぬほどの凄まじい力強さを感じる。本当に奴なのだろうか……?」


 首を傾げるジルベール。

 俺の嫌な予感も強くなっていく。


「……ま、行ってみればわかるさ」

「そうだな」


 ジルベールはそう短く返すと、俺を背に乗せ走る速度を更に上げる。

 音の場所はもうすぐそこであった。


 ◇


「いよォ、遅かったじゃねぇかジル。そして大賢者殿よォ?」


 声の方、岩山の頂を見るとそこには一体の獣が悠然と佇んでいた。

 声やその喋り方こそサイファだが、その姿は全く違う。

 二つの頭、二本の尾、白黒まだらの毛皮、二回りは大きな身体……その姿に俺は見覚えがあった。


「あれは……まさか獄魔獣か!?」


 俺の呟きに、ポン吉が反応し解説を始める。


「賢狼の進化先の一つ、神獣と対を成す地獄の獣だポン。二つの頭と尾で氷と雷を操り、鋭い爪と牙は立ちはだかる全てを切り裂くよ。魔獣の中でも随一の戦闘力を誇るから、気を付けるポン」


 獄魔獣ってーと俺みたいな貧弱一般プレイヤーはお目にかかれないような高レベルモンスターだぞ。

 驚く俺たちを見下ろし、サイファは得意げに笑う。


「よくわからねぇがよ、気づいたらこうなってたんだ。ハハッ、この姿になった俺はスゲェぜ? 今までの俺と思わない方がいいと忠告しておいてやらァ」


 ていうか本人すらも何が起こったかわかっていないのかよ。ともあれサイファは進化したようだ。

 ジルベールの奴、進化は不可能とか言ってたじゃないか。

 しかも獄魔獣って確か、神獣より一段格上だったはず。

 ただでさえ元々のステータスで負けてるのに、大丈夫なのかジルベール。

 俺がチラッと見ると、ジルベールはサイファを真っ直ぐに見据えている。


「見苦しい姿だなサイファ、邪なる神と契約を結んだか……」

「ハッ、俺自身よくわかってねぇが……力を得る為にはどんな手も惜しまねーよ。お前の目を覚まさせ、人間どもを皆殺しにするにはなァ!」

「もはや言葉は必要ないか……案ずるな。我が今、引導を渡してやろう」


 ジルベールは全身を低くして唸り声を上げ始めた。

 やる気だ。全身の毛が逆立ち、周囲を熱気が揺めき始める。

 その顔に動揺の色は見られない。……まさか俺を頼りにしてるんじゃないだろうな。


「主よ。頼みがあるのだ」


 神妙な声で声をかけてくるジルベール。

 やっぱり俺を頼ろうとしてるのか? 勘弁してくれよマジで。

 身構える俺にジルベールは続ける。


「約束通り、戦いに手を出さないで欲しいのだ。奴を止める役目は我に任せて欲しい」

「ジルベール、お前……しかし……!」

「案ずるな」


 そう言って微笑を浮かべるジルベールに、俺はそれ以上かける言葉が見つからなかった。

 全て、承知の上での戦いなのだ。

 これ以上何か言ってもジルベールの牙を鈍らせるだけだろう。

 ならもう、何も言うまい。

 俺はジルベールの背を思い切り叩いてやる。


「わかった。行ってこいジルベール!」

「主……うむっ!」


 吹っ切れたように答えるジルベール。いい顔だ。覚悟が決まったな。

 俺も社畜時代にかなり無謀な企画を立てたことがあるが、当時の上司は俺の背を叩いて任せてくれた。

 あの時は結構嬉しかったっけ。

 男が一度やると決めた事は、黙って任せるのが見送る者の役目というものだ。

 そんなジルベールを見て、サイファはクッと喉を鳴らす。


「……話は終わったかよ。ジル」

「待たせたな。だがここからは誰も邪魔は入らぬ。我らだけの時間だ。存分にやり合おうぞ」

「クハッ! いいね、待った甲斐があったってもんだ。そういやジル、お前との戦いはずっと引き分け続きだったな? 丁度いい、ここで決着つけようぜェッ!」

「望むところよ。……ウォォォーーーン!」


 咆哮と共に二等の獣が跳躍した。

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