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神に気に入られた

 彼女はこのゲームに存在する神の一人だ。

 正式名称は豊穣神イズナ、大地と生命を司る神で地系統の大魔法を使う際にちらっと姿を見せるくらいの存在だが……何故こんな所にいるのだろうか。


「む、わらわの名を知っておるとは驚いたのう。まぁ古い文献にはわらわの姿が描かれた物もあるようじゃし、知っておってもおかしくはないか。……おほん、如何にもわらわは豊穣神イズナ。ちとおぬしに用があってな、こうして声をかけさせてもらった」


 イズナはわざとらしく咳払いをして、俺をじっと見る。

 まるで心を見透かすような鋭い視線。少女の姿だからと内心侮って考えていたが、これが神というやつか。

 俺の背筋を冷たい汗が伝っているのが分かる。

 確か設定ではどんな嘘偽りも見破る目を持っているんだったな。

 しかし神か。まさか俺に声をかけてきた理由というのは……嫌な予感がする。


「どうも先日からこの辺りで次元の歪みを感知してのう。気になって見ておればおぬしが何やら妙なことをしておったのじゃよ。妙な儀式で人の領分を超えた力を得るだけに留まらず、自然の恵みである作物までも増やしてしまうとは……どんな術を使ったかはわからんが、豊穣の神としては見過ごせんのう……!」


 うぐっ、嫌な予感が当たったか。俺がバグ技をやっているのを見られていたようだ。

 起きた時にSTRが正常値になっていたのはイズナの仕業だったんだな。

 口ぶりからして稲を増やしたのが特に地雷だったようだ。


「作物というものは大いなる大地の恵みに他ならぬ、その尊厳を汚すことは大地に唾吐くも同然の行為。わらわにはこの地を守る義務がある。すまぬが排除させてもらうぞ……!」


 うっ、少女とは思えぬ凄まじい威圧感だ。

 イズナのあの表情、俺に何らかの制裁を与えるつもりだろうか。

 豊穣神としての制裁か……そういえばゲームでも、供え物を怠ったりしたら作物に関するペナルティを受けるんだよな。

 例えば冷害とか台風とか、ただでさえギリギリの状況だ。そんなことをされたら非常にマズい。

 ……仕方ない、ここはどうにかして切り抜けるしかないか。

 俺は動揺を深呼吸で無理やり押さえつけ、憮然とした笑みを浮かべてイズナを見返す。


「それが何か問題でも?」

「む……」


 反論は予想外だったのか、イズナは目を丸くする。


「俺はこことは違う世界から来た。故にイズナ、神であるあんたが知らない技も使うことができる。それが何か問題でもあるのか?」

「こことは違う世界から来た、じゃと……?」


 よし、乗ってきたな。

 俺は話を続ける。


「あぁ、俺がいたのはこことは違う世界でね、さっきのような『力』は俺の世界では日常茶飯事で使われていて、それを使えば新たな世界を生み出すも破壊するも自由自在なのさ」

「むぅ……確かにあの技、神であるわらわですら皆目見当のつかぬものであった……! しかも嘘ではないようじゃ」

「あぁ、神が嘘を見破るということも知っている」

「なんと……ふむ、どうやら只者ではないようじゃの」


 俺の言葉にイズナはゴクリと息を飲む。

 ……嘘は言っていない。神は嘘を見破るからな。

 だが社畜経験も長ければ、嘘を言わずに意見を通すなんてことはそう難しいことではない。

 童神であるイズナは神としての役目よりも自身の興味を優先し、祭事などでも子供の姿に扮して屋台などを楽しんで回っていることもある――と設定資料集に書いてあった。

 子供を丸め込んでいるようであまりいい気はしないが、ともあれ完全に俺のペースだな。

 よし、もう一押しだぞ。


「安心してくれ。この世界をどうこうしようというつもりは全くない。俺はただこの世界でゆっくり過ごしたいだけなんだ。だからイズナ、あんたには俺のことを見て見ぬフリしてほしい」


 俺の提案に、しかしイズナは首を振る。


「それは出来ぬな」

「えっ!? な、なんでだ?」


 想定外の答えだ。イズナは先刻と打って変わり神妙な顔になる。


「これでも神じゃと言ったろう。わらわは豊穣神、この地を豊かに穣らせる義務があるのじゃ。おぬしのような危険な存在を放ってはおけぬ」


 くっ、思ったよりもお堅い奴だな。

 そう簡単にバグ技を見逃してはくれないようである。

 どうにか俺が危険な存在ではないとアピールしなければ。

 何かいい手はないか……何か……


「悪いのう。異界からの来訪者よ。そういうわけじゃ、この地を立ち去るがよ――」

「例えばイズナに食べ物を供えたり……」


 ぴくん、とイズナの耳が跳ねる。

 思わず口に出てしまったが……もしかして物に弱いのか?


「社を建てて祀ったりとか……」


 ぴくぴくと耳が動いている。

 あれ、もしかしてこの作戦有効?

 そういえば豊穣神イズナはこの大陸の神として祀られていたが、魔族が台頭してきてからはここには人が住みつかなくなり、かつてはたくさんあった社もなくなった。

 そうして力を失ったイズナの為に社を建て、信仰を集めればその力を得られる――というイベントがこのゲームにはあったっけ。


「ほ、本当に社を建ててくれるのか……?」

「もちろんだとも」

「む、むぅぅぅぅ……わかった。よかろう。おぬしの事は目を瞑ろう。じゃが今回だけじゃぞ! そのような技、むやみやたらに使うのは許さぬからな!」

「わかってるよ。出来る限り使わないさ。本当に優しいなイズナは。流石豊穣神、器が違う!」

「ふん、調子がよいの。じゃが物分かりの良い人間は嫌いではないぞ」


 腕組みをしながらふんすと鼻息を鳴らすイズナ。

 怒っているようだが、めちゃくちゃ嬉しそうである。

 お堅いかと思ってたけど、案外チョロかった。


「それじゃあ早速作業に取り掛かるとしよう。何かオーダーはあるか? 大きさとか形とか」

「形も大きさも好きにしてくれて構わぬ。こういうのは気持ちの問題じゃからな。神を祀る気持ちが込められてれば形は問わぬのじゃ」


 何でもいいって……そこまで信仰に飢えていたのだろうか。

 逆に可哀そうになってきたな。

 ともあれDIYスキルでノコギリを出し、木材を細かく切っていく。

 作り出すのは俺の記憶に残る神社の形。

 おぼろげな記憶にもかかわらず不思議と完成図面が頭の中に出来ており、それに従って作るだけでどんどん社が組み上がっていく。


「ふぅ、完成だ」


 小一時間経っただろうか。一軒家ほどの大きさの社が出来上がった。

 子供の頃に遊んだ神社の半分くらいの大きさだが、このくらいで十分だろう。


「おお、なんという出来栄え……! すごい、すばらしいぞ!」


 イズナは俺の作った社にいたく感動した様子である。

 どうやら喜んでくれたようでよかったよかった。


「しかし何故おぬしの家とこんなに離れておるのじゃ? 近くの方が都合がよいのではないか?」

「あぁ、ちょっと屋根に登ってみてくれよ」


 俺の言う通り社の上に登るイズナ。

 不思議そうな顔をしていたが、すぐに気づいたようだ。


「何ということじゃ――この一帯が一望できるではないか!」


 そう、社は通常よりもかなり高めに建てており、屋根に登ると辺りをぐるりと見渡せるようになっている。

 イズナは嬉しそうな顔で社の上から乗り出すし、周囲を眺めている。


「大地の神としてこの辺りを見守ってきたと言っていただろ? それなら少しでも高い所に建てた方がいいだろうと思ったんだが、気に入ってくれたかい?」

「うむ――うむ! ここまでわらわのことを考えてくれているとはなんと優しい人間じゃ。どうやらおぬしのことを勘違いしておったようじゃのう。許してほしい」


 どうやら気に入ってくれたようで、イズナは勢いよく頭を下げてきた。

 神たる存在が軽々しく人間に頭を下げるんじゃないよ。……でも、悪い気分はしないな。


「気にしないでくれ。好きでやったことだ」

「いや、そうはいかぬ。神として受けた恩には報いねばなるまい。母なる大地の恵みよ、豊穣神の名において汝に力を与えたまえ……! はあああっ!」


 イズナの言葉と共に、俺の足元に強い光が生まれる。

 見れば畑が金色に輝いている。


「うむうむ、これでこの地には豊作が約束されたであろう」


 満足げに頷くイズナ。

 おおっ、これは豊作モードだ。

 この状態の畑に種を蒔けば、確実に豊作になる状態である。

 豊穣神の加護の中でもかなり熱いイベントだ。


「ありがとう。助かるよ」

「おぬしの建ててくれた社に比べればこの程度の礼、大したことではない。じゃが再三言わせてもらうが、おぬしの『力』、くれぐれも乱用はいかんぞ? あまりに度が過ぎるようであれば、わらわとて見過ごすわけにはいかぬでな」

「わかってるよ」


 俺だってやりたくてやってるわけじゃないからな。

 下手にバグったら俺までヤバいし。


「うむ、ならばよい。ではわらわもそろそろ行くとしよう。さらばじゃ!」


 そう言ってイズナはさっさと社の中に入っていった。

 ともあれ豊作モードはありがたい。これで食糧には困らなそうだな。

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