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神獣たちの過去

 サイファが去っていくのを、俺とジルベールは呆然と見送っていた。

 あいつ、俺を殺すとか言ってたな。


「なぁジルベール、俺は何かあいつに嫌われるようなことをしたっけか?」


 尋常ではない憎まれ方だったぞ。知らないうちに虎の尾ならぬ狼の尾でも踏んだのだろうか。

 自慢じゃないが、俺はあまり人に嫌われるタイプではない。

 別に皆から尊敬を集めるような良い人間という意味ではなく、空気のような存在と思われているという意味だ。いやー、会社でもよく存在を忘れられていたっけか。……別に泣いてはいない。

 今まで生きてきて人から強い恨みを買うようなことはなかったし、思い当たる節が全くない。


「奴は……サイファは主を憎んでいるのではない。人間全てを憎んでいるのだ。村の者たちと上手くやっていたから、もはやその気持ちも薄れたかと思っていたのだが……どうやらまだ奴の憎しみの炎は消えていなかったようだな」

「何かあったのか?」

「うむ、……あれはそう、我らがただの獣だった頃の話だ――」


 ぽつりぽつりとジルベールは語り始める。

 ――かつて二人は共に山で暮らしていた。

 その頃の二人はとても強く、大きかったことから神の獣と呼ばれ麓の村人たちから畏れられていた。

 無人の山で自由気ままに暮らしていた二人だったが、そんな平穏も終わりを告げることになる。

 戦争が始まり、国境にあるその山に砦が築かれることになったのだ。

 二人はそれに抗い、山を荒そうとする人間たちを殺して回った。

 しかし人間たちも当然黙ってはおらず、膨大な戦力を投入し山狩りを行い――激しい戦いの末、二人は山から追い出される羽目になったのである。


「……もう三百年以上も昔の話だ。我とサイファはその時に離れ離れになってな。別れ際に恨み言をずっと漏らしていたが、まだ収まってはいなかったのだろう」


 なるほど、人間に住処を追われたのか。だったら俺が人間だってだけで恨まれてもおかしくはないか。

 ……ん、ちょっと待て。


「なぁジルベール、いくら数が多くても相手は普通の人間だろ? 神獣であるお前らが負けて追われるなんてあるのか?」

「人間たちにそう呼ばれていただけで、その時の我らはただの獣だったのだ。その後、以前の主と出会い、どこぞの神殿で契約を行い晴れて神獣となったがな」


 そういえば人間だけでなく、亜人や獣もレベルが上がる事でクラスアップするんだよな。

 ジルベールもそうして神獣となったのだろう。


「ふむ、そういえばサイファは未だ普通の獣だったようにも思えたぞ」

「マジかよ。でもあいつ、普通に喋ってるじゃないか」

「かつての我やサイファは賢狼と呼ばれる種、人の言葉を解するくらい訳はない」


 つーかもうそれはただの獣ではないのでは……賢狼は大別すればモンスターで、魔獣使いのジョブがあれば仲間に出来るのだ。

 神獣はその進化後の姿だった気がする。


「我も神獣になってようやく今のような身体能力を手に入れたのだ」

「ふーん、でもジルベールもサイファもそこまで身体能力は変わらないように見えたけどな」

「それだけ鍛え上げていたのであろう。昔のサイファはあれほどの強さではなかったはず。正直言って驚いている」


 モンスターを倒すなどして経験値を稼げばレベルは上がるが、それにも限界はある。

 故にある程度のレベルになると、さらなる力を求めてジョブチェンジをするのだが、サイファはそれを行っていないようだ。

 新たなジョブを得るにはそれに応じた条件をクリアする必要がある。

 例えば武術家はなら道場巡りをしなければならないとか、商人になるには商人ギルドで実力を認められねばならないとか。

 条件を知るのはその道の人間に聞くのが手っ取り早い。従魔であればその主が条件を満たしてやればいいからな。ジルベールなんかは最たる例だろう。


 だが人間に恨みを持つサイファがそんなことをするはずがない。

 故にサイファはジョブチェンジもせず、成長限界が訪れても戦い続けてあれ程の強さを手に入れたのだろう。

 口で言うのは簡単だが、成長限界に達した後の成長は微々たるものだ。

 気が遠くなるほど膨大な経験値を得ても、レベルアップの代わりに得られるのは僅かなステータス上昇のみ。

 廃人ですらそのマゾさから手を出さないようなことを、何百年もずっと……

 何の為に? ……決まっている。自分たちを山から追い出した人間たちに復讐する為だ。

 その怨念に俺は背筋をぶるると震わせた。


「主よ、武者震いをしているところ悪いが、奴の相手は我に任せてもらいたいのだ」


 いや、普通に恐怖で震えたんだけどな。

 変な勘違いを起こしているが、俺は最初からあいつと戦うつもりはないぞ。

 俺のそんな事を考えているなど気にもせずジルベールは言葉を続ける。


「歪んでしまったとはいえ、我はまだサイファを友と思っている。主の手にかけるくらいなら我が……!」


 ジルベールは思い詰めた顔で物騒な事を言い始めた。

 何を思い詰めているんだか……そんなんだからコミュ弱のままなんだぞ。俺はやれやれとため息を吐くと、ジルベールに言う。


「おいおい、サイファは大事な友人なんだろ? そんなこと言わずに仲良くしとけよ」

「主……し、しかしあれだけのことをしたのに示しがつくまい!?」

「俺はいいよ。そういう事情があるなら、仕方ないと部分もあると思うしな」


 俺だって苦手な人間、嫌いな人間はいた。

 復讐したいとまでは思わずとも、苦手な気持ちは恐らく一生続くだろう。

 世の中には絶対に仲良くできない相手もいるのだ。


「俺たちに手を出さないなら、これ以上こちらからどうこうする気はない。……今度サイファに会ったらそう言っておいてくれないか?」

「あのような目に合ったのだぞ!? そんな甘いことでいいのか!?」

「いいよ、向こうが憎んでいるってんなら、これ以上はお互いに関わらないのが一番だ。もちろん手を出してくるなら迎撃くらいはするけどな」


 俺の言葉にジルベールは涙を流し始める。


「……主なら地の果てまで追いかけても殺す、くらいは言うと思ったのに……何と優しいのだ。くぅっ!我は、我は猛烈に感動しているぞ!」


 ははは……お前の中の俺ってどんな人物だよ。

 思わず乾いた笑いが漏れてしまう。


「相分かった。もしサイファがまたここへ来た時には、我が責任を持って説得するとしようではないか!」


 任せろとばかりに頷くジルベールだが、俺は胸がざわつくような感覚がしていた。

 サイファのあの目……とてもこのまま平穏無事に終わるとは到底思えない。


「……しかし、大丈夫なのかよ? さっきのあいつ、お前相手でも牙を剥きそうな迫力だったぞ。話を聞いてくれるのか?」

「無理矢理にでも聞かせるとも。我は神獣、サイファは未だ賢狼のまま。こちらの方が力は上だからな」

「まぁ、それはそう、か……」


 そのはずなのだが、やはり不安感は拭えない。

 俺ってこういういやーな勘は当たるんだよなぁ。


「……ちなみにジルベール、サイファが神獣になていったとしたら、お前勝てるか?」

「主よそれは無用な心配というものだ。確かに奴が神獣となれば、我とは比べ物にならぬ強さだろうが、この大陸には我が契約した神殿は存在しない。例え方法を知っていたとしても、神獣となるのは不可能だ」

「そうか……なら安心かもな」

「うむ、案ずるでない。我が見事サイファを説得して見せようぞ! はっはっは!」


 自身満々に笑うジルベールを見ながらも、俺はまだ完全に安心する気にはならなかった。

 とはいえ俺の方からどうこう出来ることもたかが知れているし、ここは流れに身を任せるしかないか。

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