ワイバーンを撃破した
「グゥオオオオオオオォォォ……」
鮮血がほとばしり、大気が震えるような断末魔の悲鳴を上げながらワイバーンが倒れる。
巨体を地に伏せて動かなくなったワイバーンを見下ろし、俺は息を荒らげていた。
はぁ、はぁ……た、倒れてくれたか。外れなくてよかったぜ。
長引けば間違いなく死んでたからな。
「流石は我が主、見事な一撃であった!」
「助かったよジルベール。マジで」
本当にギリギリだった。死ぬかと思った。
もう二度とボス戦はやらんぞ。
そんなことを考えながらワイバーンの巨体が煙となって消滅するのを眺めていると、大きな骨付き肉と金属の塊が残る。
おお、ドロップアイテムだ。
漫画のような骨付き肉はウルトラミートというもので、食べれば僅かではあるがステータスが恒常的に上昇するというものだ。
その有用性はわざわざ言うまでもないだろう。この手の高レベルボスを狙うプレイヤーは、これを目当てにしていると言っても過言ではない。
「だが今の俺にはこっちの方が有用かもな」
金属の塊を手に、ニヤリと笑う。
このゲームには通称『宝箱』と呼ばれるアイテムがある。
それは使うことで別の新たなアイテムが手に入るというもので、超レアなボスドロップが入っていることもあれば、ただのゴミの時もある。
端的に言えば何が入っているかわからないガチャだ。
この宝箱には様々な種類があり、装備品系、収集品系、消耗品系……そして金属の塊は鉱物系。
金、銀、鉄、銅、アルミなどなど、様々な金属が手に入るのでDIY的にはかなりオイシイのだ。
特に今の俺は金属の加工が解放されているし、レアな金属が出ればDIYの幅もかなり広がる。
色々大変だったが、一応見返りもあって良かったといったところか。
「ところでサイファはどこへ行ったんだ?」
大量のモンスターで人を轢いておいて、どこかへ逃げやがって。
モンスターをコントロールし切れずに仕方なく、だったのかもしれないがあれだけのことをしたなら真っ先に謝りに来るのが筋というものだろう。
「むぅ、近くにいるようだし、すぐに戻ってくるだろう。ニオイは近くからするのだが……」
ジルベールが鼻を鳴らしていると、ガサガサと茂みが揺れた。
飛び出してきたのはサイファだ。ニヤけた顔で近づいてくる。
「いよぉ! 無事だったかい大賢者殿?」
あまりにも能天気、そして無神経な言葉に流石の俺もイラッとする。
……この野郎、よく悪びれもせずまた出てこれたな。
いくら温厚な俺でもムカついたぞ。
ジルベールの友人でも文句の一つも言わないと気が済まん。
「おい、サイファ。お前――」
俺が言いかけた瞬間である。
ぱぁん! と音がしてサイファの顔が叩かれた。
ジルベールが前足でその右頬を打ったのだ。
「ふざけるなよ! サイファ! 貴様あれだけのことをしでかしておいて、何という態度だ! まずは真剣に謝るのが筋であろうが!」
ジルベールの迫力にサイファは目を丸くする。
俺もだ。驚いて出かかっていた言葉も引っ込んだ。
サイファは暫し沈黙した後、すまなそうに頭を下げる。
「あ、あぁ……悪ィ。お前まで巻き込んじまってよ。わざとじゃないんだ。勘弁してくれよ。ジル……」
「たわけが! 謝るのは我にではない! 我が主にだ!」
……なんか怒るタイミングを失ってしまったな。
まぁいいか。人に怒ってもらうというのは結構嬉しいものである。
「自分のしたことを詫びろ! そうすれば主は心優しい方だ、きっと許してくれるであろう」
だがサイファはそんなジルベールを見て固まったままだ。
余程ショックなのだろうか。とはいえ衝撃を受けすぎな気もする。まるで世界の終わりを見たかのような顔だ。
サイファはしばし呆然とした後、ギリッと歯を噛みしめジルベールを睨み返した。
「……嫌だね」
「何……?」
今までふざけた態度ばかりだったサイファが初めて見せる本気の声だった。
怒りと苛立ち、負の感情に満ちた声に、今度はジルベールが意表を突かれたようだ。
サイファの顔は徐々に怒りに歪んでいく。
「つーかよ、怒りてぇのはこっちだよ! さっきから何言ってんだジル! 相手は人間だろうが。いつまでそんな芝居をしているつもりだァ!?」
「芝居、だと?」
「あァそうだ! お前は今、人間の手下になってる『フリ』をしてるだけなんだろう!? その後で絶望に満ちたそいつらの顔を見ながら喰っちまうつもりなんだろう!? なァ! おい! そうなんだろうがよォ!? そう言ってくれェェェ!」
サイファはあらん限りの咆哮を上げた後、ハァハァと息を切らせている。
ジルベールの今までの態度が芝居? 視線を送るも、ぶんぶんと首を横に振って返してくる。
そんなはずがないだろう、といった顔だ。……そうだよな。ジルベールにそんな芝居が出来るようなら、ここまでコミュ力が低いはずがあるまい。そこら辺、全く疑う余地はない。
首を傾げる俺たちを見て、サイファは一歩、二歩と後ずさる。
「嘘……だろ……? お前マジでその人間の従魔なんかに成り下がっちまったのか……!?」
「成り下がったとは随分な言いようだ。そもそも最初から我は主の従魔となったと言っているだろう」
「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿なァァァッ!」
激しく頭を振りながら、そう連呼するサイファ。
だが次第に力なく項垂れる。小刻みに体を震わせ、ブツブツと何か呟き始めた。
「信じねェ……俺は信じねェぞジル、俺たちは最高の相棒なんだろうがよ! それがなんで人間なんかと……くそォ! くそったれがァァァ!」
咆哮するサイファの目がキラリと光る。涙が溢れ、目が潤んでいた。
震える声で呪詛の言葉を並べながら、俺を睨みつける。
「俺は認めねェ! そうだ、お前はその人間に騙されてるんだ! 何が大賢者だ! こいつは詐欺師だ!お前が目を覚まさないというのなら……人間、俺はお前を殺す!」
「お、おいサイファ!? 待つのだ!」
「首ィ洗って待っているんだな……大賢者殿?」
ジルベールが止めるのも聞かず、サイファはそう言い残すと森の中に消えていくのだった。




