神獣たちと狩りをしよう。中編
「ウォォォーーーン!」
遠吠えをしながらワイバーンに追走するジルベールと、それに続くサイファ。
ちらっとサイファの方を見ると、その視線はワイバーンではなく俺に向けられている。
まるでお手並み拝見とでも言わんばかりだ。
「よく考えれば先刻のサイファの発言は俺を試す為のものだったのかもしれないな」
お前は俺の友であるジルベールの主たる器なのか? ……とまぁそんなことを言いたいのかもしれない。
そういえばジルベールも俺を試すような事をしてきたっけ。
ったく神獣ってやつはどいつもこいつも……試し行為ってのは嫌われるんだぞ。
「だがまぁ、ここはあえて乗ってやるか」
ジルベールの時は認められた瞬間に手のひらを返さして俺のことを主、主と呼び始めたからな。
神獣というのが全部そうとは言わないが、こいつらは人に無理難題を吹っかけて試す傾向にある気がする。ゲームでもそうだったしな。そうしてようやく人を認めるのだろう。
サイファも俺のことを認めれば少しは敵対行動も減るかもしれないな。
――それに倒す手がないこともない。
ワイバーンの遠距離攻撃手段は麻痺効果を持つヒートブレスのみ。
竜種のブレス攻撃は一撃必殺の威力を誇るがこれは距離によって威力が増減する。
射程ギリギリで受ければ当たっても大した威力はなく、麻痺は喰らうが対策をすれば問題はないのだ。
奴の射程ギリギリから攻撃を放ち、近づいてきたら画面外へ逃げて身を隠す。
そしてまた攻撃……それを繰り返せばノーダメージで倒せる。
通称岸撃ち、これを利用して俺は昔、ワイバーンをソロで倒したこともあるのだ。
ただこいつはタイミングがシビアな上に死ぬ程時間がかかるので、倒すのに半日以上かかったけどな。
社会人にとって貴重な休日を失い、しかもドロップもゴミだったという苦い思い出しかないが……今はSTRもバグらせているし、ジルベールの機動力もあるからずっと楽に倒せるはずだ。
「幸い、道具の持ち合わせもある」
まずは麻痺対策としてアイテムボックスから取り出したのはマヒヨボ草、これを飲んでいれば三十分の間麻痺に対する強い耐性を得られるのだ。結構レアだが、草を刈りまくったので数本持っている。
続いてアイテムボックスから取り出したのは――この大弩弓。
梃子仕掛けの弓に矢をセットして放つことで、誰でもお手軽高威力で遠距離攻撃が出来るというものだ。所謂ボウガンというやつである。
今までは遠距離では投石で攻撃していたが、いくら俺のSTRがバグっているとはいえ投げた石は空気抵抗をモロに受けてどんどん威力と命中率が減少する。
相手が雑魚ならともかく、近づけない程の強敵を攻撃する手段が欲しいと思っていたのでこの大弩弓を作ったのだ。
「というわけで……よいしょっと」
ガチン! と音がして矢がセットされる。
本来なら屈強な男が全身を使ってセットするので時間がかかるが、STRがバグってる俺にとっては軽いものだ。
これで後は『正確』に射程ギリギリから攻撃するだけである。
「ポン吉、空間セルを表示してくれ」
「了解だポン」
ポン吉が答えると共に、俺の視界に光の線が広がっていく。
三メートル四方の格子状の光の線、これはあらゆるゲームに存在するセルと言うもので、簡単に言えばグラフィックとは関係のないゲーム内部での判定のことだ。
例えばRPGでどう見ても落ちている崖の上に立てたり、アクションゲームでどう見ても当たっていない攻撃が当たっていたりするのは、実際目にしているグラフィックと内部のセルがズレているから起こるのである。
ポン吉にやってもらったこれはセル表示モードといい、一セル単位での正確なプレイを行う際に利用するものだ。
「このゲームではあらゆる挙動がセル単位で制御されており、ワイバーンがプレイヤーを認識して接近してくるのが十五セル、ヒートブレスの射程は十二セル、大弩弓の射程が十四セル、そしてモンスターがプレイヤーを見失い追撃を止めるのが十八セル……ま、要するに射程ギリギリから攻撃して、相手がブレスを撃ってくる前に射程外へ逃げるというのを繰り返せばいいってことだな」
口で言うのは簡単なのだが、問題はこいつらだ。俺の言う通りに行動してくれねば、一瞬にして詰んでしまう。
俺はジルベールとサイファに言う。
「お前ら、言っておくが俺に任せた以上は絶対に言うことを聞いて貰うからな!」
「うむ、我はいつでも主の命に従うぞ!」
「こっちもだぜ。大賢者殿」
二人の返事には不安しかないが、やるしかない。最悪俺一人で逃げるからな。
「よし、スピードを少し落として近づけジルベール。サイファは後ろに付いてフォロー、合図があったらすぐバックダッシュだぞ」
「了解だ」
俺はセルを読みながらジルベールを走らせ、ワイバーンとの距離を詰めていく。
あと三セル、二セル、一セル……今だ!
手にした大弩弓の引き金を引くと、セットされた矢が一直線に飛んでいく。
そして飛翔するワイバーンのどてっぱらに突き刺さった。
「ギィィィィアァァァァ!?」
悲鳴を上げて悶えるワイバーン。よし、命中だ。
「73634ダメージだよ。お見事ポン」
「ふむ、そんなもんか」
ポン吉のアナウンスに頷く。
ワイバーンのHPは約百万、自動回復を考えても二十回も攻撃すれば倒せるだろう。
以前ソロでやった時は一万いかないくらいのダメージだったからな。
これなら順調にいけば一時間もかからず倒せそうだ。
STRバグのおかげなのであまり大きな顔は出来ないが、こんなお手軽だとバグ技に手を染めるプレイヤーがいる気持ちもわからんでもない。
「おおっ、流石は主だ! 効いているぞ!」
「いいからいつでも退避出来るようにしていろ。合図を出したらすぐに反転するぞ」
足の速度はほぼ互角、普通にやったら振り切れない……が、そこはタイミング次第である。
近づいてくるワイバーンが首を大きく持ち上げる。
その口元から見えるのは赤い光。
「よし、今だ反転しろ!」
「うむっ!」
指示と共にジルベール後方へと駆け出したその直後、ワイバーンが真っ赤な炎を吐き出してきた。
俺たちが今までいた場所が燃え上がり、黒焦げになっている。
ふぅ、危なかったが何とか回避出来たな。ヒートブレスの予備動作は0.5秒、それまでに射程外相手は出ればダメージは受けない。
更にそこから待機モーションへ移行するまで1秒かかるので、それまでに距離を離して視認範囲外に出ればタゲを切って俺たちを見失わせることが出来る。
「グゥゥゥ!?」
左右を見渡しながら俺たちを探すワイバーンだが、残念。俺たちはもうお前の視認範囲外なんだよ。
「その間に大弩弓を再セット……と。忙しいがやれないことはないな」
きりきり舞いにさせてやるぜ。俺は再度ジルベールに指示を出し、またセルを測って距離を詰めるのだった。




