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女王再び

「ヒトシィィィ! 勝負だァァァ!」

「ふわぁぁぁ……はいはいわかりましたよ。……よいしょっと」

「うわァァァーーー! 明日は負けないぞォォォーーー……」


 最近の俺の朝はクペルを投げ飛ばすことから始まる。

 なんやかんやで俺に勝つのは諦めていないらしく、毎朝勝負を挑んでくるので結構面倒くさい。

 相手をしてやるとは言ったが……流石に毎日だと飽きてきたな。


「なぁジルベール、明日からお前がクペルの相手をしてくれないか?」

「……主よ、我にあのような野生児の相手をさせるつもりか?」


 不安そうに目で訴えてくるジルベール。

 あー、確かにコミュ弱なジルベールに無茶苦茶なクペルの相手は荷が重すぎるかもしれないな。

 この二人に互いに配慮し合って、怪我をさせないように戦うなどという高度なことが出来るとは思えない。

 やり過ぎからのブチギレ。からの邪神VS神獣ガチバトル勃発の未来が今見えた。

 そうなったらこの村が危険だ。ジルベールに頼むのはやめた方がいいだろう。


「ならマオに聞いてみるか」


 武術家のジョブを持つマオならクペルの相手も務まりそうだ。

 早速マオの所へ行き、事情を説明するが――


「――お断りします」


 あっさり断られてしまった。つらい。


「……一応理由を聞いてもいいか?」

「邪神呼ばわりされていようと、相手は女の子。僕の拳は女の子に向ける為に鍛えたのではありませんから」


 毅然とした態度で答えるマオ。

 うーむ、何というフェミニスト。これは説得は難しそうである。

 しかしジルベールも駄目、マオも駄目となると他に戦えそうな奴はいないぞ。

 キャロやラガーでは能力的に無理だろうしな。


「……いや、待てよ」


 一人いるじゃないか。戦闘力、コミュ力を兼ね備えた奴が。

 そうと決まれば善は急げ、俺はジルベールの背に跨るとそこへ向かうのだった。


「ここへ来るのも久しぶりだな」


 辿り着いたのは洞窟だった。

 ここは以前、吸血女王カミーラを倒した洞窟だ。

 かつては魔王を目指し、この地で悪さをしようと企んでいた危険な奴だったが、俺が懲らしめて改心させたのである。

 自称次期魔王であるカミーラならクペルの相手もきっとできるだろう。


「おーいカミーラー、入るぞー」


 入り口の大岩を避けて、洞窟へと足を踏み入れる。

 中はひんやりと涼しくなっており、今の季節だと肌寒いくらいだ。


「やけに静かだな」

「うむ、奴の眷属であるデビルモスキートの気配もない。もしや死んだのではあるまいな」


 そういえば以前は大量にいた蚊がいなくなっているな。

 吸血鬼であるカミーラは吸血繋がりで蚊を眷属として操る。


「まぁ夏も終わって冬も近い。蚊繋がりで冬眠しててもおかしくはないか」


 ちなみに日本にいる蚊は冬になっても活動するもの、メスだけ冬眠するもの、卵で圧倒するものとバラバラだ。

 カミーラはどのパターンだろうか。卵とかだと面白いが……


「誰が蚊繋がりよ。冬眠なんかするわけないでしょぉ……」


 ずりずりと身体を引きずりながら、黒ゴス少女のカミーラが姿を現す。

 その顔は紅潮し、呼吸は荒い。調子でも悪いのだろうか。


「どうかしたのか? 随分しんどそうだが」

「最近風邪気味でね……けほけほ」


 服の袖で口元を隠し、咳き込むカミーラ。

 げっ、まさかインフルエンザじゃないだろうな。俺は思わず距離を取るとDIYスキルを発動させる。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。


「……一体何してるのかしら?」

「マスクをしておこうと思ってな。一応」

「もがもが……主よ、呼吸しにくいぞ」


 作り出したのは俺とジルベールの分の布マスクだ。布の間に炭を間に挟んで殺菌力アップだ。

 このゲームは病気に関してもかなり作り込まれており、インフルエンザのみならず、ペストとかのヤバい病も存在する。

 かつて、どこかの廃プレイヤーが意図的に感染爆発パンデミックを引き起こし、それを収めるためにサーバーがダウンしたこともあったっけ。いやー懐かしい。


「けほっ、けほっけほっ……うぅ、しんどいわ」

「ふむ、ちょっとデコを失礼」


 試しに手のひらをカミーラの額に当ててみると、すごく熱い。

 四十度以上はありそうだな。時期を考えればインフルエンザの可能性もある。


「よし、薬を作ってやるか」


 既に俺も感染している可能性があるし、別のルートで入ってきて村で流行する可能性もある。

 いい機会だし、今のうちに薬を作っておいた方がいいだろう。

 医者のジョブがあれば万全だが、今の俺のステータスなら簡単な製薬くらいは可能なはず。

 以前森で採集した様々な薬草があるしな。


 イトウヒトシ

 レベル30

 STR{}+{{L+S+=A=`I"#‘GA+Z*+SA{=

 VIT21

 AGI1

 INT35

 DEX50

 LUK1

 ステータスポイント23


 現状のステータスはこんな感じだ。

 製薬の成功率はDEXとINTに依存する。

 ステータス的にはやや心許ないが、まぁやってみろだ。

 というわけでDIYスキルを発動。頭上にフラスコのエフェクトが浮かび、それが割れる。


「あ、失敗だ」


 なんの、まだまだ材料はあるぞ。

 DIYスキル発動。……失敗。

 DIYスキル発動。……失敗。

 DIYスキル発動。……失敗。

 ぱりーん、ぱりーんとエフェクトが連続して響く。

 うぐぐ、やはりまだステータスが足りないか。だが成功率は低くてもゼロではないはず。材料がなくなるまでに出来ればいい話だ。

 そう思いスキルを連発していると……きらーん。

 十数度目にしてようやく、成功音が響き渡る。

 よっしゃ成功。アイテムボックスを見ると、解熱剤が入っていた。

 流石に俺のステータスではインフルエンザ薬は作れないが、これでも大分ましになるはずだ。


「ほらカミーラ、こいつを飲みな」

「薬まで作れるなんて、流石は大賢者サマね。……けほっ」


 カミーラは咳き込みながらも俺の作った薬を飲み干す。


「……ふぅ、ありがとうございます。なんだか良くなった気がするかも」

「そんなすぐに効くはずがないだろ。ほら、後は寝て休むんだ」

「くすくす、お優しいのねぇ。ではお言葉に甘えるとするわ」


 足元をふらつかせながらカミーラは洞窟の奥へ向かう。

 そこにはベッドやタンス、椅子などが置かれている。

 だがどれもひどい状態で、椅子は片足が折れているしテーブルは何度も繋ぎ合わせた跡があった。


「……お前、こんなとこで寝てたのか?」

「えぇ、かつて私は勇者に敗北し、自分の城から着の身着のまま逃げ出してきたの。その時に家具を持ち出したけど、流石にどれもボロボロでね」


 確かに、そこに置かれた家具はどれもひどい有様だ。

 しかも生活水は川の水を利用しているようで、不衛生極まりない。

 洞窟の中でどんな生活をしているのかと思ったが、思ったよりもみすぼらしい生活をしていたんだな。


「ふん、哀れだな。人間に住処を追われ病に倒れ朽ちていくか。我が引導を渡してやってもいいぞ」

「誰がアンタみたいな犬コロに。……けほっけほっ!」


 ジルベールは言い返す力もないようだ。

 こんな環境では治る病気も治らないだろう。

 ……仕方ない。ここはもう一肌脱いでやるか。


「カミーラ、ちょっと待ってろよ」


 そう言って俺はDIYスキルを発動させる。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。


「よし、完成だ」

「こ、これは……ベッドなのかしら? 初めて見る形だけれど……」


 目を見張るカミーラ、俺が作ったのはマットレスだ。

 最近は練習の為に細かいものを作っていたが、今回は竹の繊維を使ったマットレスに挑戦してみたのである。

 これならカビにくいし、もち運びにも便利だ。もちろん特有の跳ね返り具合をちゃんと再現している。

 うん、中々いい出来だ。俺も欲しいくらいだぜ。

 羽毛布団はおまけだ。以前水鳥を捕まえた時に作っておいたのである。

 冬に備えて少し前に作っていたのだが、また作らないとな。


「マットレスに羽毛布団、これで暖かくして眠ているといい」

「こんなにまでしてくれるなんて……大賢者サマには感謝してもしたりませんわ。その、本当にありがとう、ございます……」


 カミーラは弱々しく頭を下げる。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「おう、しっかり休めよ」


 治ったらクペルの相手をして貰うからな。

 ……別にカミーラが心配だったとかではない。本当だ。


「かつて敵だった者にまで情けを与えるとは、流石は我が主よ。これからはあの蚊女も心を入れ替え、主の言う事ならなんでも聞くだろうな。まぁ、主第一の使い魔は我だが!」

「そう頼む事もないと思うけどな」


 とりあえずは毎朝クペルの相手をして貰うだけで十分である。


「さて、こいつをどこに置けばいいかね」


 マットレスを担いで置き場を探す……が、見れば見るほど色々気になってきた。

 窓はないし、湿気もあるし、水は滴り落ちているし……ダメだ。こんな所は人の住む所じゃない。

 幾ら魔物とはいえこんな所に病人を寝かしておくわけにはいかないか。

 あーもう、しょうがないな。俺は後ろ頭を掻きながら、ため息を吐くのだった。


 ◇


「ヒトシィィィ! 勝負だァァァ!」


 朝早くクペルの声が家中に響き渡る。

 だが俺はベッドから起き上がらず、逆に音を遮るべく布団を被り直した。

 何故なら今日からは俺の安眠を守ってくれる心強い味方がいるからだ。


「おはよう、おチビちゃん。初めまして」

「何だお前はァァァ!?」

「私の名はカミーラ。あの方に大きな恩がある者よ。悪いけど大賢者サマは今お休み中なの。だからあなたの相手は私がしてあげる♪」


 あの後、俺はカミーラを連れて帰り家の横に地下室を掘ってそこに住まわせたのである。

 大して立派ではない地下室だが洞窟よりは大分マシだろう。

 カミーラもいたく感動していた。

 そもそもよく考えてみればクペルにカミーラの所へ行けと言っても俺の所へ来そうだし、それなら家の近くに住まわせた方が確実だ。

 ……再三になるが別に心配だったわけじゃないからな。


「うおおおお! 誰だかわからねぇが勝負なら受けて立つぞォォォ!」

「おいでなさいな。さぁ眷属たちよ! 私に力を貸すがいい!」


 二人の声の後、どっかんばっきんと戦闘音が聞こえ始める。

 よしよし、やってるやってる。これでまたゆっくり朝寝坊が出来るな。

 俺は戦闘音が遠くなるのを聞きながら、眠りにつくのだった。

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