酒盛りをしよう、後半
「はぁぁぁぁぁっ!」
突進と共に繰り出される拳を俺は後ろに跳んで躱す。
だが今の攻撃を躱せたのは完全にただのまぐれだ。
STRバグのおかげで脚力が強化されたことにより大きく距離が取れたからなだけである。
至近距離で攻撃されたら回避する術はない。
「てかヤバイ、この勢いだと壁にぶつかるじゃないか」
手加減せず蹴ってしまったから、すごい速度で後方へかっ飛んでいく。
俺は慌てて足を地面に突きだし着地を試みた。
ざりざりと音を立てながら地面を滑りギリギリ壁の手前で止まった。ふぅ、危ない間一髪。
「流石はヒトシさん、すごい脚力ですね」
一息吐く暇もなく、マオが迫る。
くそっ、酔っ払いめ。酒臭いぞ。
「うぃー……ひくっ」
マオはしゃっくりをしながら上半身を揺らし、奇妙な動きで俺を逃がさぬよう円を描く。
「いきますよぉー……酔虎烈覇拳ぇぇぇん! はい! はい! はい! はぁぁい!」
身体を大きく揺らしながら放たれる連撃。
俺はそれに付き合わず、また大きく跳んで距離を離した。
思いもよらぬ方向から飛んでくる拳は相当避けにくそうだ。
ど素人の俺からすると、真っ直ぐだろうがあまり関係ないのだが。
「……もしかしてヒトシさん、僕が酔い潰れるのを狙っているのですか? 残念ながらそれは浅慮と言わざるを得ませんね。酔えば酔うほど強くなる。それが僕の酔虎拳です」
マオはそう言って大きく息を吸い込み、身体を沈ませ殆ど地に伏せるような構えを取る。
酔虎拳は武術家のスキルで、酒を飲むことで酔虎モードに入るというもの。
回避率と命中率が大幅に上がるが、欠点として特定のスキルしか使えなくなる。
それは先刻の酔虎烈覇拳ともう一つ、一旦突破の超高速打撃――酔虎瞬光撃。
長々距離から一直線に高速移動してから拳を叩き込むというスキルで構えたが最後方向転換は出来ないが、その速度と威力は折り紙付きである。
あの構え、間違くそれを放つつもりだ、
「やるなら今しかない、か」
幸いというか、手がないわけではない。『あの』裏ワザを使えばマオの動きを止められるはず。
だがあれには使用中に俺が動けなくなるという欠点があるんだよな。ミスったら非常にヤバい。
しかしこのままでも状況は悪くなるばかりだし、やるしかないか。
俺は覚悟を決めて、マオの正面に構え立つ。
「しゃあねぇ、相手してやる! 来い、マオ!」
「ようやくやる気になってくれましたね。嬉しいですよヒトシさん! ……行きます、酔虎瞬光撃ッ!」
ゆるりとした動作の直後、爆ぜるように跳んで来るマオ。
目でも捉えられない程の速さ。だが真っ直ぐ突っ込んで来るのはわかる。
ビビるなヒトシ、やるしかない。
俺は怯む気持ちを奮い立たせ、前方に手をかざしアイテムボックスを解放する。
ぐおん、と極々小さな漆黒の闇が生み出された瞬間、そこへマオの拳が突き刺さった。
「なっ!?」
驚愕に目を見開くマオ、その拳は俺へと届く事なかった。
空間に生じた歪みがその腕を飲み込んでおり、マオの動きを完全に封じている。
「……ふひぃー。何とか成功したようだな」
俺は安堵の息を吐きながら、その場にへたり込む。
実はアイテムボックスを解放する際に黒い渦のようなエフェクトが出るのだが、それに触れたモノはその座標に固定されるというバグがあるのだ。
それを利用した裏ワザがこの座標固定バグ、タイミングが難しいし攻撃を当てると解除されてしまうが、一旦捉えればボスモンスターですら動くのは不可能である。
「くっ、動けない……こんな……もので……っ!?」
マオはジタバタと暴れるが、空間の歪みに捉えられ動くことができない。
「悪いがお痛はここまでだ。大人しくしてもらうぞマオ」
俺はアイテムボックスから取り出した縄でマオを縛り、外へと引きずっていくのだった。
◇
「申し訳ありませんでしたぁぁぁっ!」
酒気の抜けたマオが俺に土下座してくる。
「大変ご迷惑をおかけしました。実は以前にも酒を飲んだ際に酔って大暴れてしてしまい……師匠にも酒を飲むことを固く禁じられていたのです。この酒蔵に入った時に香りが鼻先を掠めたのはわかったのですが、その時にはすでに……」
「もう酔っ払った後だったと」
こくり、と恥ずかしげに頷くマオ。
そういえば料理中に時々鼻を摘まんでたっけ。
あれは酒の匂いを嗅いで酔わないようにしてたのか。
「本当に何と詫びて良いか……」
「あぁ、いいよいいよ。反省してるみたいだし、気をつけてくれればさ。ほら頭を上げてくれ」
申し訳なさそうにしているマオを立たせて、膝に付いた土を払ってやる。
こんな子供に土下座なんてさせてたら、誰に何を言われるかわかったもんじゃないからな。
結局、酒盛りは中止。
ただし歓迎会は開くことにした。
DIYスキルで造った手動ジューサーを使い、果実と以前温泉を掘った時に出た天然の炭酸水で割った炭酸フルーツジュース。
それを各々に注いで乾杯の音頭を取る。
「えー、それではこの村の繁栄を願って……かんぱーい!」
俺の温度と共に皆がグラスに口を付けた。
キャロとマオの作った料理に舌鼓を打ちながら、各々話を始める。
最初はぎこちなかったが次第に会話も円滑になっていき、笑いがこぼれるようになった。
ふぅ、色々あったが何とか形にはなったな。
「よっマオ、楽しんでるか?」
「えぇ、ヒトシさん。今日はいい会をありがとうございます」
「うん。……ところで一つ聞きたいんだが、なんで俺に勝負なんか仕掛けてきたんだ?」
酔っていたとはいえ、あのマオが俺に拳を向けてきたのだ。
俺は何とも思ってないが、もしかして内心では俺に敵意を持っていたのかもしれない。
人間関係ってのは難しいからな。俺が気づかぬうちに何かマオの気に障ることをした可能性はある。
その辺り、聞き出しておいた方が後に禍根を残さなくていいと思ったのだ。
マオはしばらく考えたのち、秘密ですよと言って俺の耳元でささやく。
「実はその、キャロさんがいつもヒトシさんばかり見ているのでその……恥ずかしながら嫉妬の気持ちがあったのかもしれません。酒を飲んでいたとはいえ、修行が足りませんね」
「はぁーなるほどね。……なるほど?」
キャロが俺をよく見ている? いやいや、たまに目が合っても目を背ける時があるし、俺のことなんて何とも思ってないだろう。
「そりゃ多分、マオの気のせいだと思うぞ」
「そうでしょうか……」
首を傾げるマオだが、俺はモテなさには自身があるんだぜ。
バレンタインデーも母親にしかもらったことないからな。ふふん。
……悲しくなってきた。でもマオから特に嫌われているわけではなかったようだし、そこはよかったといったところか。




