酒盛りをしよう、前編
「ふわぁーああ……おはようキャロ」
「おはようございますヒトシ様」
クペルとカミーラのバトルを見ながら、キャロの作ってくれた朝食を食べる。
んー、ハチミツをたっぷり塗ったハニートーストの美味しさよ。苦いコーヒーとよく合うね。
向こうではマオが朝の仕込みをし、ラガーが薪を割っている。
ジルベールは俺の足元でウトウトと微睡んでおり、イズナは社の屋根で横たわり寝息を立てていた。
その光景を見ながら、俺は頷く。
ふーむ、それにしてもこの村も大分人が増えてきたな。
ここらで一つ、歓迎会的なものを開いてもいいかもしれない。
ウチの会社では新入社員が入ってきたらその都度歓迎会を開いたものである。
増えたのは一人や二人ではないからな。皆が仲良くやっていく為にはこういう行事も必要だろう。
「歓迎会と言えば……そろそろアレを試してもいいかもな」
俺は顎に手を当ててそう呟くと、村外れにある米倉へと足を向ける。
ここは以前作った米倉の横に建てていた場所。
中に入ると目の前には高さ十メートル程の巨大な樽がずらりと並んでおり、独特の匂いが鼻をくすぐる。
俺は日々の隙間を縫ってはここで『とある物』を作っている。
俺の好物の一つで、米作りのすぐ後に作り始めていたのだが、最近ようやく形になってきたところである。
そろそろ飲み頃だと思うのだが……そんなことを考えていると、背後で気配を感じる。
「――誰だ?」
「す、すみません、覗くつもりはなかったのですが……」
おずおずと出てきたのは、マオだ。
「マオじゃないか。一体どうした?」
「ヒトシさんがどちらかに行かれるのを見て、思わずついてきてしまいまして……ここはもしかして酒蔵ですか?」
「あぁ、その通りだ」
ここはその匂いが蔓延しているからな。料理人であるマオにはすぐ察しがついたようだ。
そう、ここで俺が作っていたのは酒である。
いい米が取れたからな。食べるだけではもったいないと思い、酒造に手を出したのだ。
梅酒とかと原理はそう変わらないので、作ろうと思えば誰でも作れる。
……いや、現代社会では酒造は禁じられてるから、断じてやってないぞ。本当だ。
「丁度いい、よかったらこの酒を味見してくれないか? マオの意見を聞きたいんだが……あ、まだ未成年か」
言わずもがな、お酒はハタチになってからである。
マオの見た目は十四歳くらいだからな。
大人びているから思わず勧めてしまったが、未成年の飲酒は色々マズいよな。
勧めた方も罪に問われるじゃないか。いや、こっちの世界では関係ないのだろうが。
「すまん、今のは忘れてくれ」
「いえ、大丈夫ですよ。僕の国では飲酒は十二歳から無問題。とっくに超えています。それに料理修行で利き酒をやっていましたからね」
「そうなのか」
そういうことなら頼んでもいいかもしれない。
でもなぁ、どう見ても未成年だもんなぁ。酒を飲ませるのは流石に気が引けるなぁ。
躊躇する俺にマオは小声で続ける。
「……それに実は久しぶりに酒気を浴びちゃって、ちょっと飲みたい気分になったんですよねぇー。えへへ」
そう言って笑うマオの顔は、やや赤みを帯びて見えた。
生真面目とも言えるマオが酒を欲するのもイメージと違う。というか……
「マオ、お前もしかして……酔ってる?」
「酔ってないれすよー。えへへへへ」
呂律が回ってないじゃないか。どう見ても酔っている。
確かにこの酒蔵は強い酒気が漂っている、このくらいで酔うものなのか。実は酒に弱いんじゃないのか?
どちらにしろ飲ませるのは問題外である。
「お前、体調悪そうじゃないか。ほら、外の空気を吸って来ようぜ。そうすればすっきりするさ」
俺がマオの背に手を当てようとする――が、するりと躱されてしまった。
「えへへ、あはははは」
マオは笑いながらそスルスルと酒樽を登り、上蓋の部分まで辿り着いた。
そして、蓋を開けて酒樽に顔を突っ込む。
「ごく、ごく、ごく、ごく、ごく……」
「あーーーっ!」
止める間もなく、マオは酒を飲み始める。
俺は見ていることしか出来ず、マオはしばらく飲み続けた後にようやく顔を上げる。
その顔は耳まで真っ赤で、完全に酔っ払いのそれであった。
「ぷはぁーーーっ! ……ふぅ、このお酒、とっても美味しいですよー。ヒトシさーん」
ぱたぱたと手を振るマオ。上半身をふらつかせており、今にも落ちそうだ。
「おーい、危ないぞ! 降りてこい!」
「平気ですよー! ふへへ、あはははは」
楽しそうに笑いながら酒樽の蓋を手で掴み、逆立ちをしている。
危なっかしくて見てられない。しかしマオは全くそうは思ってないようで、そこからこちらに向かって跳んだ。
「とーぅ!」
空中で何回転もして着地するマオ。どうだという顔のマオを見て俺は安堵の域を吐く。
ったく心臓に悪いな。
「おい、もうその辺にしとけ。ほら、こっち来い」
「お断りします」
だが拒否されてしまった。なんか俺、マオに拒否されてばっかりじゃないか? 非常につらい。
「ヒトシさん、実は以前からあなたと一度戦ってみたいと思っていたんです。僕を外へ連れ出すならどうか力づくで」
「? はぁ?」
拳を構えるマオに俺は疑問の声を返す。
何故勝負? 俺と? マオが? 全く意味が分からない。
首を傾げる俺にマオは続ける。
「男同士、拳と拳をかけた真剣勝負です。受けてくださいますよね?」
「……嫌だと言ったら?」
「力づくでも」
ってやっぱり力づくなのかよ。しかもお前の方がかよ。
マオは前傾姿勢を取ると、俺目掛けて突っ込んできた。




