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邪神が村に来た

「えー……というわけで村の新たな仲間、クペルだ。みんな仲良くしてやってくれ」


 村の全員を集めてクペルを紹介する。

 あの後、俺はクペルは木彫りの狐を作ってあげた。

 だがそれだけでは満足せず、今度は熊。今度は猪。今度は……と際限なく要求してくるので堪らず放置して帰ろうとしたのだが、なんと走ってついてきたのだ。

 ジルベール並みの速度なので振り切れず、結局村までついてきたクペルを俺は諦めて迎えることになったのである。


 もちろん、村に迎えるにあたり条件は付けている。

 ①暴力を振るわないこと。

 互いの同意があれば好きにすればいいが、一方的な暴力や過剰な暴力には振るってはいけない。

 ②人の物を盗んではいけない。

 現在村ではこの世界の通貨であるゴルドでやり取りをしている。欲しい物がある時は相応の対価を払って購入すること。

 ③人を騙してはいけない。

 悪質な嘘や偽物を高額で売りつけるような行為は禁止。

 これらは程度によって罰は増え、余りに酷い行為をした者は退去して貰うこととする。


 これらは法律のようなものだ。

 当然クペルだけでなく村の全員が対象で、あまり堅苦しくやるつもりもないが、人が増えてきた今となってはこういうものも必要だろう。

 常々そう思っていたし丁度いい機会だし実装することにしたのである。


 なおこの規則はキャロと考えたもので、必要に応じて都度追加していく予定だ。

 ちなみに神であるイズナが監視するのでそう簡単に隠蔽は出来ない。

 実際は結構サボっていそうだが……まぁ抑止力にはなるだろう。

 もちろん俺もその対象だ。人に言うからには自分もちゃんと規則は守るつもりだぞ。


「守れるよな。クペル」

「うおォォォ! 任せとけェェェ!」


 咆哮を上げながらピョンピョン飛び跳ねるクペル。

 ……大丈夫だよな。大丈夫だろう。そうに違いない。


「わかってるぜヒトシ! 暴れなきゃいいだけだろ!」


 ビシッと親指を立ててくるクペルだが、やはり不安感はぬぐえない。

 まぁおいおい教えていけばいいか。何せ俺は社内では部下への教育に定評のある男だったからな。


 ◇


「おおーーい! うおおおーーーい!」


 翌朝早く、村中にクペルの雄叫びが響き渡っていた。

 なんだなんだこんな朝っぱらから。俺は眠い目を擦りながら身体を起こし窓の外を見る。


「ヒトシィィィ!」


 バッと顔を出してきたのはクペルだ。

 うおっ、びびった。いきなり獣の頭蓋骨を近づけるのはやめろ。心臓に悪いから。


「ど、どうしたんだクペル。こんな朝早くから」

「獲物を獲ってきたんだ! 見やがれコイツを! 大物だぜェェェ!」


 そう言って地面の上にどん! と置かれたのは、確かに巨大な猪だ。

 目立った外傷は見られないが……まさか素手で倒したのだろうか。

 よく見ればクペルの手は血や猪の毛で汚れていた。

 げっ、マジかよ。邪神っつーよりサイヤ人じゃねーか! ……見なかったことにしよ。

 俺がドン引きしているのも構わずクペルは話しかけてくる。


「群れのリーダーってのは一番メシを獲ってこれる奴がなるモンなんだろ!? どうだこの猪は! でっかいだろ! スゲェだろ! いくらオマエでもこんな獲物は獲れねぇだろうがァァァ!」


 猪の上に乗り、勝ち誇ったようにふんぞり返るクペル。

 ……と言われても、別に俺はリーダーじゃないんだけどな。


「ふふん! 参ったか! 参っただろうな! どうしてもって言うなら俺がこの村のリーダーになってやってもいいぜ!? 俺の下僕になったらあのスゲェ木彫りと交換に、メシを幾らでも獲ってきてやるからよォォォ! わはははははは! わはははははは!」

「――ふっ」


 大笑いするクペルをジルベールが一笑に伏す。


「……なんだァ? 犬コロ! 何が言いてェ!」

「その程度で主と張り合おうなど片腹痛し」

「何ィ!? 腹が痛いのかオマエ! 薬草採ってきてやろうか!?」

「腹痛ではない阿呆! ……ええい、アレを見るがいい」


 ジルベールが首を向けた先は俺が以前建てた米倉庫だ。

 クペルはそれを見て首を傾げる。


「でっけぇ家だな。誰が住んでるんだ?」

「あれは家ではない。食料庫だ」

「しょく、りょう、こ……?」


 ぽかんとするクペルにジルベールは続ける。


「あの中にはな、主の手に入れた食料が大量に保管されているのだ」

「な、な、な、何ィィィーーーッ!?」


 今日一番の大声を上げて驚くクペル。

 声がデカすぎる。俺の方がびっくりしたぞ。


「ちょ、ちょっと待ってろよ! うおおおおおお!」


 そう言ってクペルは倉庫に向かってすごい勢いで走り出す。

 倉庫に着いたクペルは中に入り、ここからでも聞こえそうな程大きな声を上げている。

 しばらくそうしていたかと思うと、また全力疾走で戻ってきた。

 何とも忙しい奴だな。


「マジだった……マジであん中全部、食べ物だった……スゲェ。パネェ……!」

「ふっふっふ、そうであろう。これが大賢者たる主の力よ!」


 ゼェゼェと息を切らせているクペルにジルベールが勝ち誇ったように見下ろしている。

 だからなんでお前が誇らしげなんだよ。

 クペルはふらりと身体を揺らすと、地面に大の字に寝転がる。


「あーーー、参った。参ったぜ。完敗だァァァーーーッ! くそぅ、煮るなり焼くなりして好きに食いやがれってんだ!」

「いや、食わねーよ」


 人をなんだと思ってるんだ。

 クペルは不貞寝するかのようにゴロゴロ地面を転がっている。

 あーうーと何語かわからないような言葉で唸りながら。


「あら、おはようございますヒトシ様。クペルちゃんも」


 そんなグダグダな場面に登場したのはキャロだ。


「わ、すごく大きな猪! これクペルちゃんが獲ってきたんですか!?」

「こんなの全然大したことねーっすよ……へへへ……」


 落ち込みすぎているのか、口調まで変わっている。


「あの、よかったらこの猪を少し頂いてもいいですか? もちろんお代は払いますので」

「あー……好きにすればいいんじゃねーの」


 すさまじく投げやりである。

 どんだけショックだったんだよ。


「やたっ! 久しぶり肉料理が出来るわ! マオ君にも話しておこうっと。ありがとうございます!クペルちゃん」


 キャロはクペルに礼を言うと、走り去っていった。

 それからしばらく、マオを連れたキャロが戻ってきて猪の解体を始めた。

 クペルはというと二人の払ったゴルド貨幣をガジガジ噛みながらその様子を見ている。

 俺もそれを手伝いながら、料理が完成する。


「出来ました! 猪のシチューとスペアリブです!」

「こちらも回鍋肉と青椒肉絲、完成しましたよ」


 二人の料理が俺の用意しておいたテーブルに並ぶ。

 おおー、いいねいいね。肉尽くしじゃないか。

 ここでは肉は基本家畜を潰さないと手に入らないから、中々食べられないんだよな。

 これだけの肉料理は久しぶりだからテンション上がるぜ。


「フン!フンフン、フンス! ……なんだこれは!? スゲェいい匂いがするじゃねぇかァァァ!」


 鼻を鳴らしながらシチューの鍋に顔を近づけるクペルにキャロは問う。


「あら、クペルちゃんはシチューは初めて? よかったら食べてみる?」

「いいのかよ? じゃあ遠慮なく貰うぜ!」

「はい、あーん」


 言うが早いか、クペルはキャロが差し出したシチューをおたまごとパクっと口に入れた。

 おいおい、いくらなんでもそりゃ熱いだろ。クペルは身体を震わせながら地団駄を踏んでいる。


「うンまァァァーーーい! なんだコレ! なんだコレェェェ!」


 ……と思ったら美味くて感動していたらしい。

 クペルはキャロの両肩を掴み揺さぶっている。


「美味かったぞ! もっとくれ! なぁ! なぁ!」

「わわわわわ、ち、ちょっと待って! 離して下さいいいいい。ヒトシさまああああああ」

「……はいはい、落ち着けクペル」


 キャロに頼まれ俺はクペルを引き剥がす。

 だがクペルはまだシチューに未練たっぷりのようで、俺に抑えられながらも前のめりになっている。


「おい! その『しちゅー』ってのをもっとくれ! 頼む!」


 クペルの頼みを、キャロは首を横に振って答えた。


「……駄目です。これ以上はあげられません」

「なにィィィーーー!? ど、どういうことだ!?」


 俺も驚きである。まさかキャロがクペルの要求を断るとは。

 愕然とするクペルを横目に、キャロがシチューを器に注ぐ。


「さっきのはあくまでも試食、これ以上欲しいのでしたらさっき渡したお金で買ってくださいね。ちなみに一杯百ゴルドですよ」


 にっこり笑って器を差し出すキャロ。

 一瞬、ぽかんとするクペルだったが、すぐにハッとなり地面に転がしていたゴルド貨幣を拾い集める。


「百……! 百……?こいつを百枚集めればいいのかァァァ!?」

「ふふっ、違いますよ。ほら、そこに書いてあるでしょう? その一枚が百ゴルドです」

「なるほど……じゃあこいつと交換で『しちゅー』をくれるってことなのか!?」

「ええ。買いますか?」

「買う!」


 クペルが百ゴルドを渡すと、キャロがシチューの器を渡す。

 あ、なるほど。そういうことね。

 キャロはこの一連のやり取りでクペルに金の使い方を教えたんだな。


「うおおおおっ! ありがてぇ! ありがてぇ!」


 大喜びするクペルを見て、キャロは微笑む。


「ふふっ、ありがとうございました」

「……? 何でオマエが礼を言うんだ?」

「頑張って作った物が売れて、私も嬉しいんですよ。売り手も買い手も嬉しくて笑顔になれる。これが『取引』というものです。この村では欲しい物があったらこうして手に入れて下さいね」

「おお……ヒトシか言ってたのはこういうことだったのか! わかったぜェェェ!」


 俺の話を全く興味なさげに聞いていたあのクペルが何度も頷いている。

 流石商人、見事な手腕だな。

 今度はマオが中華鍋を持ってクペルに聞く。


「クペルさん、よかったらコレも食べてみますか?」

「おお、こっちもメチャクチャ美味ェェェな! 鍋ごと買うぜ! いくらだ!?」

「な、鍋ごとはちょっと……大皿大盛りで七百ゴルドでどうですか?」

「買う!!!!」


 苦笑いするマオから大皿を受け取り、バクバクと食べ始めるクペル。

 ……まぁ最初は無茶な使い方をしても仕方ないか。

 基本さえ抑えれば、細かいことはおいおい教えていけばいい話だ。

 時間はかかるがクペルも村でやっていけそうだな。

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