邪神が起き上がった
「ぐはァァァーーーっ!?」
俺に投げられたクペルはどんがらと転がっていくと勢いのまま大木に叩きつけられた。
衝撃で落ちてきた大量の枯葉が宙を舞い、その下でクペルは倒れ伏す。
「気を失ったようだな。無理もあるまい。主の投げをまともに喰らったのだ。しばらくは動けぬであろうな」
したり顔で頷くジルベール。だがクペルはすぐに上半身を起こし声を上げる。
「くぅ……やるなオマエ! だがまだ負けたわけじゃねぇぞォォォ!」
跳ね上がるようにして起き上がるクペル。思ったよりも元気だ。
「ば、馬鹿な……! 大賢者であるヒトシの投げを喰らって起き上がるとは……」
「いや、投げに大賢者関係ないだろ」
とはいえ確かに凄まじいタフさだ。
手加減したとはいえ、あぁもすぐに起き上がってくるとはな。
「くぅぅ、燃える燃える! 滾ってきやがったぜェェェ!」
クペルは足元をふらつかせながらも俺を指差し声を張り上げる。
「今度こそ俺が勝ァァァつ!」
「げっ、マジか」
そしてあろうことかまた俺に正面からぶちかましを仕掛けてきた。
一体どこからそんな元気が出てくるんだろうか。当然軽く受け止め、また地面に叩きつける。
「まだまだまだまだァァァ!」
突っ込んでくるクペルを投げ、倒し、転ばせ、叩きつけ……それでもクペルは何度も何度も向かってくる。
正面から、真っ向勝負で、正々堂々と。それをいなしながら俺はクペルに問う。
「なぁクペル、ちょっと聞きたいんだが」
「あァァァ!? 何だァァァ!?」
「――何で武器を使わないんだ?」
何度か組んでみて分かったが、クペルは羽根マントの下にでっかい包丁や手斧をぶら下げている。
にも拘らず、武器を使おうとはせず素手で向かってくるのだ。
「んなもん当たり前だろが! オマエが武器を持ってねェのに俺が武器を持ったら卑怯じゃねぇか! ァァァーーーッ!?」
俺にぶん投げられながらもそう答えるクペル。
枯葉の山に頭を埋めながらもすぐに起き上がり、また向かってくる。
「武器は卑怯か。じゃあなんで持ってるんだよ」
「こいつは俺が勝った獣をバラすのに使うんじゃァァァ! 手でちぎって肉を残したら食べた相手に悪いだろがァァァ!」
つまり解体の為に使うのだと。
相手が素手ならあくまでも素手で戦うってことか。
そして倒して喰らう以上、命を粗末に扱うことはしない、か。
「……ふっ」
思わず苦笑が漏れる。
なんというか、案外憎めない奴なのかもしれないな。
俺は掴んだクペルを今度は投げずに、地面に置いた。
「あァァァ!? 何すんだオマエ!? 何を企んでやがる!?」
「なぁクペル、今日はもうやめておこうぜ。疲れちまったよ」
精神的に、だ。
クペルが悪人ではないと思ってしまった以上、これ以上投げ倒しまくるのはあまりいい気分はしない。
それにクペルの声は子供のそれだ。
無邪気な悪ガキと思えばそこまで憎むことも出来ない。
今まで封印されていたんだし、十分に罰は受けただろう。この辺で勘弁してもいいのではないか。
……甘いって? 悪かったなヘタレで。
こちとら平和な現代社会を生きてきた一般人なんだよ。
「ど、どういうことだ!? ワケがわかんねぇぞコラァァァ!?」
「今日のところは引き分けってことだ。俺は無益な争いは好まないんだよ。ほら帰った帰った。もう悪さはすんなよ」
戸惑うクペルの背を押していると、今度はイズナが声を上げる。
「お、おいヒトシよ。話が違うのではないか!? そやつは封印すると言ったであろうが!」
「いいじゃないかイズナ、こいつはそう悪い奴じゃないよ。それにこの大陸に俺たち以外人はいないんだしさ。クペルもこれからは森とかで狩りして暮らすんじゃないのか?」
「うむ、主の言う通りだ。それにまた襲ってきたとしても倒せばいい話であろう」
それはそれで面倒だが……まぁクペルの性格からして来るなら正面からだろうしな。
たまに相手をしてやるくらいなら大したことないか。
「それは……むう、確かにこの大陸にはお主ら以外に人間はおらぬ。他に迷惑をかけることもないであろうし、当事者であるお主がいいのであれば構わん……のかのう……?」
イズナは俺たちの言葉に首を捻っている。
悩んでいるようだな。まぁはいそうですかで済む話なら、あんな大掛かりな封印はしてないか。……仕方ない。
俺は木片を手にしてDIYスキルを発動させる。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
「イズナ、これを……」
完成したそれを手渡すと、イズナは目を輝かせた。
「おおっ! これは見事な木彫りの狐よ! まるで生きてあるようじゃ! ヒトシよ、また更に腕を上げたのう!」
「最近はそういう練習をしてるからな。……どうだ? これで一つ穏便にってのは」
「ふむふむ、なるほどのう。お主も悪よのー」
ニヤニヤしながらそれを懐に仕舞うイズナ。
相変わらずチョロいな。
「うおおおーーーッ! い、今のは何だ!? まるで本物の狐だったぜェェェ!?」
なんてことを考えてたら今度はクペルが食いついてきた。
イズナは身を屈めて木彫りの狐を隠す。
「こ、これはわらわのじゃからな! 貴様にはやらんぞ!」
「オマエのもんなんているか! なぁおいオマエ! じゃなくてヒトシ! 今のはどうやったんだ!? 魔法か!? 魔法だな! じゃあ俺にも出してくれェェェ!」
「わ、わかったからちょい待てって。こらグイグイ押すな……わーっ!?」
クペルに押し倒されてしまった俺は馬乗りされた形となる。
といっても大して重くはないのだが……ん?
その時、俺は違和感に気づく。
男の股についているはずのモノがないのだ。
まさかこいつ、もしかして。
「なぁクペル、お前ってその……女?」
「ん、それがどうかしたかよ」
そう言ってクペルは頭に被っていた獣骨を取り、羽マントを肌けさせる。
露わになったその顔は、僅かではあるが膨らんだ胸は、どう見ても女のそれだ。
「はァァァーーーっ!?」
俺の叫び声が森に響き渡った。




