邪神の正体
「こいつが……邪神……?」
巨大な岩に括り付けられたその様は、俺の知る邪神とは全く異なっていた。
恰好は確かに邪神っぽくもあるが、衣類の隙間から見える手足は人と変わらない。
邪神ワークラフトは完全なる人外だし、その全長は五十メートルを超えている。
対してこいつは子供くらいの身長だ。
俺の呟きにイズナが頷いて返す。
「うむ、こやつは邪神クペル。かつてこの地にて畑を荒らしたり、人里で暴れたり、川で小便をしたりとやりたい放題しておった悪い奴じゃ。村の者たちと共に力を合わせ、この大岩に封じたのじゃよ」
……なんか悪事の規模もショボいな。近所の悪ガキかよ。
「うおおおおおォォォ! やっと姿を見せたなチビガキ! 今度こそぶっ殺してやる! 俺と勝負だァァァ!」
俺たちに気づいたのか、大声で吠えるクペル。
そして悪口のレパートリーも小学生レベルである。何というか……残念臭がすごい。
イズナは呆れ顔でため息を吐く。
「やれやれ、変わらず五月蝿いのう。大体お主の背丈もわらわと大して変わらんじゃろ」
「違うわァァァ! 今は俺の方が高けェ! 見ろ! オマエを見下ろしてるぜェェェ!」
岩に縛られたままふんぞり返るクペル。
そりゃあ、ね。高い所に縛られているからね。
「タコ! タコ! ボケ! おたんこなーーーすッッッ!」
クペルは暴言を吐き散らしながらジタバタ暴れている。
うーむ、どうやら邪神違いだったようだな。
それならそうと早く言ってくれよ。こんな悪ガキ相手ならビビりはしなかったのにさ。
イズナはクペルを無視し、俺に説明を続ける。
「……ほれ、この締め縄が緩んでおるじゃろ? お主にはこれを直して欲しいのじゃよ」
「おお、確かにな」
見れば締め縄の至る所がほつれており、緩んで今にも解けそうになっている。
このくらいならDIYスキルで簡単に直せそうだな。
「オッケー、任せておけ」
「うむ、では頼んだぞ」
邪神クペル……だっけか。
恨みはないがイズナの頼みだからな。悪いが再封印させて貰うぜ。
俺は早速DIYスキルを発動させる。
トントントン、ギコギコギコ、トントント――
「ぬゥゥゥがぁぁァァァーーーッ!」
作業を終えようとしたその間際、クペルが凄まじい咆哮を上げた。
同時にジッタンバッタンと身体を動かし、そのたびに巨大な岩が小刻みに揺れる。
うおおおっ!? す、すごい力だ。俺の身体が大きく揺さぶられ落ちそうになる。
くっ、せめてもの抵抗か……だが甘い。
俺のSTR値はバグっており、無限に近い腕力を誇るのだ。
片手で岩を掴み、身体を支える。よいしょっと。ふぅ、これで安心。
――途端、ビキキッ! と、鋭い衝撃音が走る。
「あ――」
俺が掴んだ箇所を中心に、大岩に無数のヒビが入った。
しまった、咄嗟だったから力を入れすぎちまったか。
ドドドドドド! 岩は砕け、締め縄は解け、崩れ落ちる石片が土煙を巻き起こす。
「うわわわわーーーっ!?」
「主よ!」
跳んできたジルベールが俺を背中で受け止める。
ふぅ、ギリギリセーフ。
「ありがとな。助かったぜジルベール」
「お安い御用だ」
得意げな顔で見事に着地を決めるジルベールを俺はくしゃくしゃと撫でてやる。
だがしまったな。封印の岩をぶっ壊しちまった。
クペルはどこに……俺が辺りを見渡すと、土煙の中から小さな影が飛んでくる。
「ひゃっはァァァ! 自由だァァァ!」
クペルだ。まるで猿のように飛び跳ねながら、俺のすぐ横を駆け抜けていく。
「む、逃げるぞ!?」
「あーーーっ! コラ待てクペル! 逃げるでない!」
イズナが呼び止めるも、クペルがそれを聞く道理はない。
と思ったら振り向いて、ぴょんぴょんと跳ねる。
「誰が逃げるかァァァ! 腹が減ったからメシを食いにいくんじゃァァァ! お前は後でぶっ殺すから、そっちこそ逃げんじゃねぇぞォォォ!」
そう言って、すぐに背を向けまた駆け出した。
なんというか……うるさい奴だな。
声が大きすぎて耳がキーンとするぞ。
「ジルベール、追えるか?」
「……無理だな。奴のニオイはもう祠から出ている。流石は邪神よ。我の全力疾走並みに速いぞ」
ジルベールの全力疾走並みとかマジかよ。
小さくても一応は邪神と言ったところか。
「うぬぬ……おいヒトシよ! お主のせいで逃してしもうたではないか!」
「あ、悪い」
そういえばイズナが封印したのを補強しに来たんだよな。
それがこの結果だ。反省反省。STRバグも万能ではないな。
「あぁもう全く……奴を捕まえるのにわらわがどれだけ苦労したと……」
「主を連れてきたのはイズナであろうが。不運な事故よ。そう目くじらを立てるでない」
「それはそうじゃがの……うぬぬ、このままではこの辺りの畑に被害が出てしまうではないか」
頭を抱えるイズナの言葉に俺はハッとなる。
「……なぁイズナ、ここは俺の村と地続きだよな」
「うむ、十キロも離れておらんぞ。加えて言えばこの大陸に他に人はおらんし、狙われるとしたらわらわたちの村じゃろうの」
「げ、やっぱりか」
非常にマズい。
しかもアイツ、腹が減ったとか言ってたな。
早く止めないと俺の田畑が荒らされてしまう。
季節は秋、ここで食料を失ったら冬に食べ物が尽きて死んでしまうぞ。
「こうしちゃいられねぇ! 行くぞジルベール、奴の足取りを追おう!」
「おう、任せるのだ主よ!」
俺が背に乗ると、ジルベールは勢いよく駆け出すのだった。




