VSウミツバメ
岩穴から出て来たウミツバメの群れは威嚇するように羽ばたいている。
「ひえぇ……す、すっごく怒ってますよ!?」
「お、おう。こいつはかなりヤバいな……」
チチチチ、という本来ならば可愛らしい囀りもこれだけ集まると不気味でしかない。
ヂリヂリヂリヂリと耳障りな金を切るような音が空を覆う。
ひぃっ、怖い怖い怖い。
怯える俺とキャロの前にジルベールが立ちはだかった。
「ふん、鳥風情が我を襲おうなど片腹痛いわ! 主よ、ここは我に任せておくがいい!」
「おおっ! 頼もしいぞジルベール!」
ジルベールは漆黒の毛を逆立てて、身体の周りに炎を浮かべていく。
炎は大きさを増していき、十分に膨れ上がった後――破裂した。
「喰らうがいい!ファイアボルト!」
炎が渦を描きながら上空に立ち昇り、ウミツバメの群れに向かっていく。
「やった!?」
キャロが声を上げるが、そのセリフはどう見ても死亡フラグだぞ。
いやーな予感に目を凝らすと、やはりやってない。
炎に当たったのはほんの数匹で、残ったウミツバメはこちらへ突っ込んでくる。
「むっ、しぶといな」
「きゃー! いやー!」
俺たちを背に乗せて跳んで躱すジルベール。
ファイアボルトを放ちまくるが、ほとんど当たっていない。
ウミツバメの飛行速度はめちゃくちゃ素早いので、空中で攻撃を当てるのは困難なのだ。
ちなみにこのゲームは魔法も必中ではない。
「くっ、こいつでも当てられないだろうな……」
先刻拾った砂利を手に、俺は舌打ちをする。
俺のステータス――STRはバグ値なのでどんな攻撃を当てても倒せるだろうが、器用さであるDEX値にはそこまで振ってない。
まさかのピンチである。どうしたものか。
「神獣様の攻撃を躱すなんて……なんて素早さだ!あのウミツバメを倒さねば卵は手に入らないのですね」
「案ずるなマオ、我に任せておくがいい。この程度の相手、本気を出せば……」
「――いえ」
ジルベールの言葉をマオが遮ると、その背中から飛び降りた。
「あ、おいマオ!」
「大丈夫です、任せてください!」
マオは親指を立てると、落下しながら空中で一回転。見事に着地した。
そして大きく息を吸い込むと、ウミツバメの群れを見上げて声を張り上げる。
「おおーーーい! こっちだぞウミツバメ!」
「チチッ!?」
ウミツバメの群れは方向転換し、マオの方へと突撃していく。
おいおい、マオの奴なにやってるんだ。
「すぐ助けるぞジルベール!」
「……いや、アレをよく見るのだ主よ」
「そんな場合じゃ……っ!?」
言いかけて思わず息を呑む。
ウミツバメの群れに囲まれながらもマオは微動だにしていない。
いや、正確には上半身のみを捻り、舞うように拳を振るっていた。
「はぁぁぁぁぁぁっ! 閃光八卦! ぅあたたたたたたたたた!」
目にも止まらぬ連打にて、ウミツバメたちは次々と叩き落されていく。
「わわ、すごいですよヒトシ様! マオ君の動き! まるで武術家のようです!」
「みたい、ではないようだな。あの動き、かつて異国で見た武術家そのものだ」
驚くキャロにジルベールが答える。
確かにマオの叫んだ技、閃光八卦は確か武術家のスキルだ。
相手の攻撃をすんでで見切りカウンターを繰り出すというもので、タイミングよくスキルを使えばあらゆる物理攻撃を無効化できる。
テキスト通りボスすらもソロで倒すことが可能な強スキルで、ステータス補正も高く戦闘力の高さは折り紙付き。
にも拘らず取得には時間がかかる為、取得しているプレイヤーはかなり少なかったはずである。
俺は戦闘ジョブをあまりやらないから詳しいことは忘れたけれども。
ウミツバメの群れはみるみる数を減らしていく。
「あと少しだぞ! マオ!」
「54、37、21……ゼロ」
ぱぁん! と弾けるような音がして、最後のウミツバメが地に落ちる。
「――ふーっ」
マオはゆっくりと両腕を回しながら長い息を吐くのと、俺たちが着地するのは同時だった。
「うおおおおっ! すごいではないかマオよ!」
「ええ! 驚きました!」
駆け寄るジルベールとキャロにマオはさわやかな笑みを返す。
「いやー大したもんだ。ウミツバメは素早い魔物、普通は罠とか広範囲魔法で倒すもんだが、まさか素手で倒してしまうとはな。料理だけでなく武術の腕も半端ないんだな」
まぁ子供一人で旅をする以上、それなりの戦闘力はあると思っていたがここまでとは思わなかった。
マオは何でもないといった顔でペコリと頭を下げる。
「身に余る光栄、感謝の極みです。……ですが倒してはいませんよ」
見れば地面に堕ちたウミツバメはぴくぴくと痙攣していた。
魔物は倒せばチリになる。それがこうして残っているということは……
「えぇ、気絶させただけです。魔物とはいえこちらは巣を貰う身ですから、殺して奪うなんて非道な真似は出来ませんよ。巣だって貰った後はこれと交換するつもりです」
マオがそう言って懐から取り出したのは、鳥の巣を模した小さな器だ。
「ふむ、魔物など倒して仕舞えばいいではないか? 何故そのような事をするのだ?」
「料理人とは動植物の命を扱うもの、たとえ魔物とはいえそれを軽んじるなと師匠から強く言われていますので」
ううむ、何という品方向性さだろうか。
魔物の命か。正直そんなこと考えもしなかったな。
というか俺が子供の時なんか、カエルを餌にしてザリガニ釣って遊んでたってのによ。
自分のモラルの低さをを思い知らされる気分だぜ。
屈託のない顔で笑うマオを見て、俺は何とも言えない気持ちになるのだった。




