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勇者を懲らしめよう

「おっと、もう夕方じゃないか」


 気づけば日が沈みかけていた。

 そろそろ俺の腹も減ってきたし、あまり遅くなるとキャロがユーリたちの食事を作り始める頃かもしれない。

 まぁそうならそうで一緒に食べればいいのだが。


「とりあえず呼びに行こう」


 あらかた準備を終えた俺は、キャロの家に向かう。

 なーんとなく俺から頭を下げるみたいで気分は良くないが……まぁ俺は大人だからな。

 すーはーと家の前で深呼吸をし、扉を叩こうとした――その時である。

 どんっ! と音がして扉が開け放たれた。


「おおっと!?」


 中から出てきたのはキャロだ。

 とっさに抱き止める俺の前には、片足を上げたラガーの姿。それを見て微笑を浮かべるユーリ。

 まさか、蹴り飛ばしたのか。

 キャロの顔を覗き込むとその目は涙でぬれており、身体には先刻まではついていなかったアザが幾つも見えた。


「ヒトシ、様……?」


 キャロは掠れた声で俺の名を呼んだ。

 ラガーは下卑た笑みを浮かべて片足を下ろし、ユーリは苦笑しながら腕を組んだ。

 キャロの背には足形が付いており、ラガーが蹴り飛ばしたのは明白だった。

 その瞬間、俺の目の前が真っ赤に染まる。


「あ、あの……お気になさらないで下さい。私は、大丈夫ですから……」

「んなわけあるかよ」


 俺はそう呟くと、キャロをジルベールに預けて二人の前へ出る。


「なぁお前ら、こんな女の子を傷つけて、何が楽しいんだ? 勇者だかなんだか知らんが、そんなにお前ら偉いのか?」

「て、テメェにゃ関係ないだろ。すっこんでやがれ!」


 ラガーが怯えた表情で吠える。

 よく二回も吹っ飛ばされた相手に悪態をつけるものだと感心していると、ラガーの背中をユーリがこづいているのに気づく。

 どうやらこいつも、ただ脅されて付いてきているだけのようだ。

 ま、本来の性格も大分腐ってそうではあるが……ともかくこいつはただの腰巾着。

 悪いが面倒なので退場してもらおう。


「あぁん!? なんか文句があ――」

「退いてろ」


 俺を掴もうとするラガーの手を払うと、またもぶっ飛んで何回転もしながら田んぼに突っ込んだ。

 稲刈りしておいてよかった。貴重な稲が数束無駄になるところだったぜ。さて――

 俺はユーリの方を向き直る。

 ユーリもまた、俺を見上げる。


「俺は子供だからって悪さを見逃してやるほど、甘くはないぞ」

「ははっ、僕相手に何かできるの? おじさん」

「生意気なガキのケツを叩くくらいはな」

「面白い」


 ユーリは手元の剣に指をかけた。

 そしてずらりと抜き放つ。

 ブレイブリーソード、その刀身が怪しく輝き、俺の姿を映していた。


「さて、それじゃあ望み通り決着をつけるとしようか」


 剣を構えるユーリと相対した俺は、首を横に振る。


「待て待て、剣での切り合いは俺の望むことじゃない」

「は? 僕にお仕置きをするんじゃなかったのかい?」

「するさ。でも命まで取る必要はないだろう」


 そう言って俺はアイテムボックスから木の棒を取り出した。


「木剣……? 何だいそれは? まさかチャンバラごっこで決着をつけるとでも?」

「まぁちょっと待ってろ」


 俺は木の棒で地面にガリガリと線を引いていく。

 その場の全員が俺の行動を呆然と眺めていた。


「よし、完成だ」


 ふー、と息を吐いて地面を見下ろす。

 地面には五メートルほどの円が出来上がっていた。


「では、スモウを取ろうか」


 俺の言葉にユーリは目を丸くする。


「スモウ……とは?」

「俺の国の伝統的な力試しでな。互いに向かい合ってぶつかり合う競技だ。この円から押し出すか、転ばせれば勝ちという単純な勝負さ。単純だろ?」

「……ふむ、なるほど?」


 俺の説明を聞き、ユーリは考えるように口もとに手を当てる。


「主よ、そんな勝負に奴が乗ってくるとは思えぬぞ!」


 それを見てジルベールが声を上げた。

 確かに、ジルベールの言うことはもっともだ。

 しかしユーリは苦笑を浮かべながら、頷く。


「……くっくっ、いいだろう。その提案に乗ってやろうじゃあないか。スモウだっけ? それで決着をつけようじゃないか」

「な、なんと……勝負に乗ってくるとは……!」


 ユーリに言葉にジルベールは驚いている。

 ――マ、俺からすれば想定通りだな。

 ユーリにとってみれば俺は大賢者、どんな魔法を使ってくるかわからない相手だ。

 それが超接近戦を挑もうとしているのだ。

 わざわざ距離を離して戦うより圧倒的に有利なのだから、断る理由がない。


「一応聞くが、剣を使ってもいいのかな?」

「好きにしろ。俺は素手でやるけどな」


 どうせSTRがバグっているのだ。何を使っても攻撃力は変わらない。

 俺とユーリは土俵に入る。


「はっけよーい、のこった! で勝負開始だ。構わないな」

「謎の掛け声だな……レディ・ゴーじゃダメなのか?」

「ダメだ。相撲のかけ声はそう決まっている」


 首を傾げるユーリに、俺は言う。

 相撲のかけ声ははっけよいしか認められない。

 俺の言葉にユーリは頭を押さえながら答える。


「そ、そうか……別に構いはしないがな」

「オーケー、それじゃあキャロ、合図を頼むな」

「は、はい!」


 女が土俵に入るのはうんたらと言ううるさい人間もいないし、このくらい構わないだろう。

 俺とユーリが向かい合い、間にキャロが手を下ろす。


「そ、それでは……両者見合って見合って――はっけよい、のこった!」


 合図と同時に、ユーリが剣を抜いた。

 抜きざまに切りつけようとする。

 それに合わせて勢いよく両手を前に出し――思い切り叩きつけた。

 ぱぁぁぁぁん! と音がしてユーリの動きが止まる。

 びりびりと空気が震える感覚。

 こいつはいわゆる猫騙しというやつだ。

 STRバグ状態でのそれは、衝撃波すら生み出しユーリの身体を宙に浮かす。


「な……っ!?」

「隙ありだ」


 無防備なユーリの手元に鉄砲《張り手》を放ち、剣を狙って弾き飛ばそうとしているのだ。

 だが剣は動かない。


「ブレイブリー、ソード……っ!」


 搾り出すように声を出し耐えるユーリ。

 ぐっ、なんで動かないんだ!? それどころか押し返されている。


「キャロ! 大丈夫か!」

「う……力が……」


 土俵の外でキャロが膝を突いている。

 その身体からは生命力のようなものが流れ出ていた。

 ラガーからもだ。なんだあれは。


「ブレイブリーソードの能力だよ。仲間の力を吸い取っているポン」

「マジ、かよ……!」


 勇者というよりは悪魔寄りの力じゃねーか。


「ふ、はははっ! 形勢逆転だね! これが仲間の力だ、よ……っ!」


 ユーリは勝ち誇り、更に剣を押し込んでくる。

 うぐっ、ヤバイ。このままでは……

 万事休す、諦めかけたその時である。


「主よ! 諦めるな!」


 ジルベールの声が響く。

 見ればジルベールは、キャロとラガーを咥えて跳んでいた。


「勇者の力は仲間と離せば効果が薄れる! 我が二人を運ぶ。今の内にやるのだ!」

「ジルベール! ……サンキュー」


 ユーリの力の上昇が止まった。

 距離が離れつつあるからだろうか。徐々に力は拮抗し、俺が押し始める。


「ぐぅ……っ! バカな、バカなぁぁぁぁぁ!」

「見たか勇者、これが仲間の力だ……よっ!」


 渾身の押し込みで、きぃん! と剣は弾け飛ぶ。

 剣は弧を描きながら飛んでいき、地面に突き刺さった。

 それを見て驚き目を丸くするユーリだが、それでもすぐに戦意を取り戻し俺の方を向き直る。


「くそっ、だがブレイブリーソードを飛ばされたくらいで……!」


 ユーリの手に光が集まっていき、剣を形取る。

 魔法剣か。だがあれは作り出すのに数秒はかかる。

 その間俺に攻撃されないよう、ユーリは距離を取った。

 ま、そこまで計画通りなわけだが。

 俺はニヤリと笑うと、『行動』に移す。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 かけ声を上げながらの高速上下運動。

 腰を下ろし、立ち上がり、また腰を下ろし……シャカシャカとせわしなく動く。


「な、なにをするつもりだ!?」

「はっ、はっ、さぁ、何だろうな。はっ、はっ……」


 ジルベールとキャロは驚愕の表情を浮かべ、ユーリは警戒し防御姿勢を取る。


「主よ、気持ち悪いぞ……」


 うるさいジルベール。とはいえこの動きでユーリは警戒を強めたようだ。

 なりふり構わず攻めてこられたら面倒だったが、俺の奇行を警戒しているのか万全を期すべく自身に補助魔法をかけている。これはこれで結果オーライ。

 そして数秒後、魔法剣の生成が終わるその一瞬前。


 ――全世界の時間が止まった。

 そう、以前使った時間停止。

 しゃがみながらウインドウを同時に出すことで周りの時間が停止し、俺だけが自由に動けるのだ。

 ユーリの動きが止まったのを狙い、俺はその襟首を掴む。

 もう片方の手で腰のベルトを掴んで、力任せにぶん投げた。


「おりゃあああっ!」


 ぶぅーーーん、と風切り音と共にユーリの姿が消えた。

 遥か空のかなたに投げ飛ばしたのだ。漫画とかだとキランとか空に光るところだろうが、あいにくと逆光でよく見えない。


「さらばだ勇者」


 もう二度と会うこともないだろう。

 俺はそう呟いて、くるりと背を向けるのだった。


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