歓迎の準備をしよう
「ハッ! 大賢者だぁ!? あの伝説の? テメェが? 冗談は休み休み言いやがれってんだ!」
しばし沈黙の後、ラガーが声を荒らげながら俺に近づいてくる。
その腕に嵌めようとしているのは、膂力の輪だ。
装備者のSTRを倍増させるアクセサリ。
それを腕に嵌め、ラガーはニヤリと笑ると俺の首を掴み上げようとする。
――が、当然動かない。
「ぬ……ぐぅ……っ!?」
いくらSTRを倍増させようが元々STRがバグっている俺に力比べで勝てるはずはない。
「我が主に何をするつもりだ」
ジルベールがラガーの頭を咥えた。
「な、何だこのクソ犬!」
「黙れ三下が」
「んご――ッ!?」
そのままジルベールが首を振ると、ラガーははるか後方へとぶっ飛ばされた。
何度もバウンドしながら岩にぶつかり、そのあと川に落ちる。
「あっははは! ラガー、お前何やってんの?」
そんなラガーを見て、ユーリは可笑しそうに笑っている。
「何が可笑しい!」
「待て、ジルベール」
どこか異様な雰囲気だ。これが勇者か。
何というか、強烈な圧を感じる。
いくらジルベールでも正面から仕掛けるのは危険だ。
「ははは、はー、はひー……っとに……」
ひとしきり笑い終えた後、俺の方を向きじっと見つめてきた。
その目は全く笑っていなかった。
「……全く、本当に何してくれてるんだか。人の大事な仲間にさ」
「大事な仲間が溺れてるのを見て笑ってる奴に言われたくねーな」
俺は負けじとユーリを睨み返す。
「それより早く助けに行ったらどうだ? 大事な仲間なんだろ?」
「……君に指図される覚えはないよ」
そう言って、ユーリは目を細める。
突如、俺に向かって突風が吹いた。
凄まじい風だ。踏ん張っていないと飛ばされてしまいそうである。
地面に力ずくで足をうずめ、何とか踏ん張る。
「ほう、僕の風魔法に耐えるとは……大賢者というのもそう間違いではないらしい」
なるほど、これが魔法か。
ていうかホコリがすごくて目が痛いぞ。
風魔法、地味に嫌である。
俺に効果がないと見るや、ユーリは風を止めた。
「ふっ、どうやらこの程度では無駄らしい。ならば……」
ずらりと、腰元の剣を引き抜く。
眩く輝くその剣は勇者の剣だ。
――ブレイブリーソード、『世界の均衡を崩すもの』の一つで、仲間が危機に瀕した時に真の力を発揮するというものである。
無論、普通に武器としての性能は折り紙付きである。
まずいな。あんなものを使われたら生身の俺はただでは済まない。
くそっ、やるしかないか。俺が身構えようとした、その時である。
「やめて下さいっ!」
間に入ってきたのはキャロだ。
俺が手を止めるとほぼ同時に、ユーリも剣を止める。
「争うのはよくないです。勇者様、どうか……」
懇願するようなキャロの言葉に、ユーリは剣を収めた
「……ふん、まぁいいか。彼と敵対しても得することはなさそうだしね」
「あ、ありがとうございますっ!」
何度も頭を下げるキャロを一瞥すらしないユーリを見て、俺はなんとも言えない気持ちになった。
キャロはなんでこんな奴の言いなりになっているんだ。
いくら勇者だからって、こんな扱いをされて黙っている必要なんかないのに。
「あーあ、疲れちゃったよ。キャロ、僕をもてなせ。ラガーの奴も連れて来いよ」
「はいっ! ただいま!」
「馬鹿、僕の案内が先だ。ラガーを連れてくるのは茶を出してからでいい」
「わ、わかりました……こちらでございます」
ラガーを助けに行こうとするのを止め、ユーリは自分を案内させる。
キャロは振り向きざま、俺に軽くお辞儀をするのだった。
◇◇◇
「なんだあの男は! ふざけているのか!」
ユーリがキャロの家に入ってしばらく、ジルベールが激昂し声を上げる。
「勇者とは人々の希望となる存在だぞ! 人々の模範となるべき真摯で清廉潔白な人物であるべきだ! あのような人格破綻者に務まるとは思えぬ!」
「……まぁしかし、強いのう」
興奮した様子のジルベールに、イズナが言う。
「歴代の勇者は何人か見てきたが、あのユーリとかいう者の力は群を抜いておった。あれは今まで誰も倒せなんだ魔王すら、斬るかもしれぬな」
「だからなんだというのだ! 我は認めんぞ! なぁ主よ!」
「お、おう……」
いきなり話を振られ、口籠る。
確かにあいつの性格は最悪だが、それよりも一つ疑問がある。
「……なんでキャロはあいつに従ってるんだろうな」
特に絶対の信頼を寄せている風でもなく、むしろ苦手そうなのにも関わらずだ。
勇者だから、では説明出来ないくらいキャロはユーリに服従しているように見える。
しかし俺の疑問に、二人は不思議そうな顔を向けてきた。
「何故って……そりゃ勇者の仲間だからであろう。主よ」
「うむうむ、勇者の仲間であれば、あれしきの事で離れていったりなどせぬ」
「そういうものなのか」
然り然りと頷く二人。
勇者とはゲームではほとんど絡まなかったから、細かいストーリーはあまり知らないのだ。
「勇者と仲間は強い絆で結ばれているポン。勇者は仲間の力を得て本当の力を発揮すると言われているよ。だから勇者は仲間を集めるんだポン」
ポン吉が解説を聞きながら、考える。
ふーむ、そういう設定なのか。
そういえばブレイブリーソードは勇者の力を増幅させるものだったな。
その強い絆とやらが作用して、裏切れなくなっているのだろうか。
なんつーか、嫌な上司みたいだな。
上司部下の関係を利用して、無理矢理飲みに付き合わされるみたいな。
しかもユーリの性格はどう見積もっても最悪。
こんな性格の奴とはゲームでも関わり合いになりたくない。
「とはいえ、そういう関係だとしたら俺は余計なことをしたかもな」
仮にユーリとキャロが上司部下のような関係だとしたら、無関係の俺が口を挟んだことになる。
だとしたら今頃キャロは居づらい思いをしているかも……
「よし、夜はキャロを誘ってみるか」
嫌なことがあったら、それこそ酒を飲んで忘れるのが一番だ。
そもそも今のもただの想像で、ユーリもラガーも長い船旅でイラついて食って掛かってきただけかもしれないしな。
俺も社畜時代のいやーなことを思い出してついケンカを買ってしまったわけだし、反省すべき点がないわけでもない。
そうだな、ここは仲直りの宴と洒落込もうじゃないか。
うんうん、流石俺、大人だねぇ。
そうと決まれば早速宴の準備を始めよう。
今はまだ昼過ぎ、頑張れば夜には間に合うはずである。
おっと、キャロたちにバレないように、社の方でやるとするか。
「なんか隠れてコソコソやってると、楽しくなってくるよな」
「おぬし、意外と子供なところがあるのう……」
イズナが呆れているが、見た目幼女のお前の方に言われたくはないぞ。
ジルベールを見ろ。鼻歌を吹きながら飾りつけをしている。
「ともあれ準備を始めよう」
まずはこれがなくては始まらない。食べ物の用意は最優先だ。
ガラハドたちが置いていった食材を使わせてもらおうとしよう。
余った肉を加工して、ソーセージとか作ってくれてたもんな。
鹿やウサギ、猪のソーセージとか見ただけで食欲が湧いてくる。
これだけでは足りないので、鮎を釣って串焼きにしよう。
塩で焼いただけでも旨そうだ。
「……よし、食べ物はこんなもんだろう」
沢山の串を並べ、俺は満足して息を吐く。
これらの串を各々適宜火で炙って食べれば、バーベキューっぽい感じになるはずだ。
今度は祭りを盛り上げるアイテムを作らないとな。
木材をアイテムボックスから取り出し、DIYスキル発動。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
「おっ、これもいいねぇ」
出来上がったのはテーブルだ。
ガラハドたちが置いていった樽を加工しており、非常に雰囲気がある。
蛇口も取り付けているので中の酒を飲むことも可能だ。
ポンプ式になっており、ペダルを踏めば底に残った酒も飲める。
こういう改造がDIYの真骨頂だよな。
次に作ったのは足の長い椅子、樽テーブルは高いので立ち飲みになってしまっていたが、これなら疲れた時に座って少し休める。
そしてお次はオカリナだ。DIYスキルのおかげでなんとも精巧なものが出来た。
オカリナなんか吹けるのかって? ふふふ、小学生の頃ゼル伝にハマって親に買ってもらい、練習しまくったのだ。時のオカリナ使いとは俺のことよ。
音楽があれば、宴もより盛り上がるだろうし。
そうだ。俺以外の楽器も作らないとな。
打楽器ならだれでも簡単に扱えるだろう。
太鼓に木琴、タンバリン……とまぁこのへんでいいか。
「主よ、我にも何かないのか?」
「んーそうだな。ジルベールならこれとかどうだ?」
ジルベールに渡したのはカスタネットだ。
これなら口だけで鳴らせる。
「おおっ! これは楽しいぞ!」
ジルベールはカスタネットを咥え、カチンカチンと鳴らして楽しんでいる。
気に入ってくれたようで何よりだ。
そして忘れちゃいけないキャンプファイアーである。
薪を積み重ねて、夜になったら火をつける予定だ。
火はリラックス効果があるらしいし、ヒーリング効果やコミュニケーションを促す効果もあると聞く。
「……ふぅ、いい感じに準備できたな」
即席会場を見渡し、俺は充足感に満たされながら息を吐く。
食い物、酒、音楽、そしてキャンプファイアー。これぞ祭りの王道、とでも言わんばかりのラインナップだ。
そういえばこんな祭りに参加するのは学生時代以来だよな。
こりゃ盛り上がりそうだ。ふふふふふ。




