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勇者が来た

「なんか、いやーな感じがするな」


 船の向かっている方角は俺の村だ。

 何者かはわからないがあの佇まい、素人目から見てもかなりの強そうに見える。

 キャロだけに対応させるのは危険だろう。


「ダッシュで戻るぞジルベール」

「あ、主よ! 速すぎるぞ!」


 櫂を思い切り動かすと船はすごい速さで移動を始め、あっという間に陸にたどり着いた。

 船が着くと駆け寄ってきたキャロが笑顔で迎える。


「おかえりなさませヒトシ様、大漁でしたね」

「あぁ、それよりも――」


 俺が言いかけた時である。

 くああー、と甲高い音が海の向こうから聞こえてきた。

 大海獣グロリアスが背中から水を吐き出しながら、咆哮を上げている。

 それを見たキャロは目を見開いた。


「勇者、様……?」


 呆然とした顔で呟くキャロ。

 勇者だって? うげっ、あいつがそうなのかよ。

 しまったな。勇者なんかと関わったら碌なことはない。

 まぁキャロの知り合いだし、ここは任せても構わないか。


「おー、彼が勇者か。部外者である俺は離れた方がいいだろうな。じゃあ俺は向こうに行ってるから、かつての仲間たちとごゆっくり……」

「ヒトシ、様……」


 不意に、キャロが俺の服の袖を握る。


「キャロ? どうしたんだ?」

「……」


 俺が尋ねるも、キャロは顔を俯いたままだ。

 どことなく怖がっているように見えるが一体どうしたのだろう。

 あんなに勇者を慕っているように見えたけれども。

 ……もしかして一人で会うのが恥ずかしいのだろうか。

 そんなことを考えていると、船はもう目の前に来ていた。

 大海獣グロリアスは重そうな身体を陸に乗り上げると、くあーと高い声で鳴いた。

 わ、すげぇ可愛い。

 ネッシーとか、現実にいたらあんな感じなのだろうか。

 小さい頃は恐竜図鑑とかをよく見ていた俺としては、とても惹かれるものがある。

 グロリアスの目はくりっとしており、長いひれで顔に付いた水をぬぐっている。

 ……ちょっと触ってみようかな。

 俺は吸い寄せられるようにグロリアスに近づいていく。


「コラァァァァッ! 何してるんだ貴様ッ!」


 うおっ!? な、なんだ!? 驚いた俺は思わずビクッと身体を震わせる。

 振り向くとそこには鉄兜を被った大男が俺を睨みつけていた。

 船頭に立っていた男だ。

 男は船のへりを掴み、身を乗り出して声を荒らげている。


「人様の隷獣に汚ぇ手で触りやがって、そこで待ってろ! ボコボコにしてやるからよぉ!」


 大男はすごい勢いで飛び降りてくると、あわあわしている内に俺の眼前に立ち襟首を掴み上げた。


「どういうつもりだぁ!?」

「わわ、すまなかったよ。悪気はなかったんだ」

「悪気はなかっただとぉ!? 盗人はみんなそう言うんだ! 舐めたこと言ってっとぶちのめして――」


 思わず、俺は男の腕を掴んだ。

 メリ、と鈍い音が聞こえ、男の顔が歪む。

 あ、やべぇ。俺のSTRバグってるんだった。このままじゃ握り潰してしまう。

 慌てて手を放そうとしたその時である。


「そう言った野蛮な行為は感心しないね。ラガー」


 涼やかな声とともに一人の男が立っていた。

 女のような細顎に少しウェーブのかかった髪、ラガーと呼ばれた男と比べればまるで女のような体躯。

 その目は全てを飲み込むかのような深い色を称えており、圧倒的存在感を示していた。


「ゆ、ユーリ……! ぐ……っ!」

「君も、すまなかったね。手を放してくれるかい?」

「あぁ……」


 ユーリと呼ばれた男の迫力に俺は手を放す。


「ってぇぇぇぇっ! くそがあっ!」


 途端、男は痛みにのたうち回る。

 その手首にはくっきりとアザが出来ていた。


「勇者様っ!」


 そんな中、声を上げたのはキャロだった。

 こいつが勇者……なるほど、納得の迫力である。

 キャロは慌てた様子でユーリに駆け寄ると、跪き頭を垂れた。


「やぁキャロ、久しぶりだね」


 優しげな笑みを浮かべるユーリとは逆に、キャロの表情は青ざめている。


「はい。お久しぶりでございます。……しかし勇者様、一体どうしてここに参られたのでしょうか?」

「僕の行動を君に教える理由があるのかな?」

「い、いえっ!滅相もありませんっ!」


 ユーリの言葉にキャロは怯えたように身体を縮こまらせる。

 かつての仲間とキャロは言ったが、その関係は随分歪つに見えた。


「まぁいい。それよりキャロ、すごいじゃないか! こんなに早く村を形にするなんてさ!」


 ユーリが笑顔で俺の家を、羊小屋を、社を見渡す。


「いやぁ正直言ってキャロには全くと言っていいほど期待していなかったよ。むしろ生きているとすら思ってなかったけ。けれどこうしてちゃんと僕の命令を聞いて、村を作っていたとはね。本当によくやってくれた。褒めてあげるよ」

「は、はぁ……ありがとうございます。ですが私の力では……」

「うんうん、全ては君をここに派遣した僕の力の賜物と言いたいんだよね。うんうん、わかっているよ」

「ちげぇよ」


 あまりにも爽やかすぎる笑顔で頷くユーリに、俺は思わず言葉を発した。

 二人は驚いた顔を俺の方へ向ける。


「ここらの建物を建てたのは俺だ。水路も引いたし畑も作った。そしてキャロには家畜の世話をして貰ってたんだよ。お前の力なんか微塵も関係ねぇ」


 思わず横から口を出してしまう。

 ユーリの発言に俺は新入社員時代を思い出した。

 ある日、俺は上司の頼みでとある仕事を徹夜で終わらせた。

 それは上司の発注ミスによるものだったが、その時の俺はこれも仕事だ、仕方ないと思っていた。

 しかし奴はあろうことか、何事もなかったかのように自分の手柄だと報告したのである。

 上司が部下に仕事を命じるのはいい。

 だがその手柄を自分のものにするのはあってはならないことだ。

 こいつはそれをやりやがった。絶対許せん。


「何だい? 君は」


 不機嫌そうに言うユーリに、俺は言葉を返す。


「イトウヒトシ、大賢者だよ」


 俺の言葉に、その場の全員が口を閉ざした。

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