魚を食べよう
「あー、魚食べたい!」
俺は魚を欲していた。
ガラハドが船に積んでいた海の幸を宴で食べたことで、すっかり海鮮の美味さを思い出したのである。
マグロ、ハマチ、イワシ、タイ、ブリ……海で釣れた魚は非常に美味かった。
また食べたい。しかしあれらの回遊魚は海岸では中々釣れないのだ。
「というわけで、船を作ろう」
DIYスキルで作れる物は、見たことのないものを観察したり、書物を手に入れることで増えていく。
ガラハドの船を修理したことで、俺のDIYレシピに船が追加されたのだ。
というわけでDIYスキル発動、船の建設に取り掛かる。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
あっという間に船の出来上がりだ。
全長五メートル、ガラハドが乗っていたものより少し小さいが、これだけ大きければ遠洋でも簡単には沈まない。
ちなみに動力は言うまでもなく人力である。
「主よ、我も行くぞ」
「なんだ、お前も来るのかジルベール」
「無論だ。主の行くところ我は必ず付き従う」
どや顔で言っているが、宴の席ではずっと隅っこでシュンとなってたのを俺は見過ごさなかったぞ。
「いってらっしゃいませ。ヒトシ様」
「土産はタイで頼むぞよーっ!」
キャロとイズナに見送られ、俺は大海へと漕ぎ出す。
DIYスキルで作った巨大な櫂、ひと搔きするごとに船はぐんと前へ進んでいく。
そして、あっという間に大海原の上に出た。
海鳥たちがガァガァ鳴きながら、船の上で飛んでいる。
「もう陸が見えなくなったぞ! さすがは我が主、大海魔法も極めていたか!」
「なんだよ大海魔法って……」
新しいワードが出てきたが、もはや突っ込む気力もないのでスルーする。
大地魔法、大海魔法ときたら次は大空魔法か? いやいやさすがに空は飛べないからな。
「ま、とりあえず釣りを始めるか」
川とは違って魚影は見えないが、一応問題なく釣れるはずだ。
だがその前にDIYスキルで……と。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
作り出したのは海釣り用の大きな釣竿。
これは川釣り用と違ってリールがついており、糸もかなり長いのだ。
先端にはルアーを取り付けており、これを動かして餌と勘違いさせて魚を釣る。
というわけでほいっとな。
ぽちゃん、と音を立ててルアーが海深くに沈んでいく。
釣竿に意識を集中させていると、地面に着いた感覚がある。
くいっくいっと何度か引き戻してルアーを動かす。
「……むぅ、釣れないな」
仕方ないので引き上げて、船の移動を開始する。
そうして数メートル移動しては止まり、釣り糸を垂らす。
それを何度か繰り返していると、ジルベールが首を傾げる。
「主よ、何故そんなに転々と移動しているのだ?」
「釣りでは場所取りが大事なんだよ」
極端な話、魚のいない場所でいくら糸を垂らしても絶対に釣れはしない。
かと言って魚影も見えないので、こうして適当に探していくしかないのだ。
魚群探知機があればこんなことをしなくてもいいのだが、今の文明レベルではそれを望むべくもない。
「ふーむ、ここもダメか。仕方ない、また移動しよう」
糸を巻き上げようとしたその時である。
ぴくん、と引っ張る感覚。ぐいぐいと水中に引き込もうとしている。
「おっ! きたか!」
手ごたえを手繰り寄せていくと、海面に魚の影が見えた。
よし、もう少しだ。思い切って引き上げる――ぴちぴちと船床を叩くたびに魚体が紅色に輝く。
口をパクパクと開けて呼吸を繰り返すたびに鋭い牙が見え隠れし、キラキラした目がとてもきれいだ。
「これは……タイだな」
「ふむ、美味そうだ」
しかしまさかいきなりイズナが欲しがっていたタイが釣れるとは……呪いとかじゃないだろうな。
「ともあれ、どんどん釣っていこう」
釣り糸を垂らしてルアーを動かしながら、しばし待つ。
するとすぐに手応えを感じた。
リールを巻き上げると、またタイが釣れた。
次もそのまた次も、連続してタイばかりが釣れている。
「ふぅーむ、主よ。何故タイばかりなのだ?」
「魚ってのは大抵同種で群れを作っているからな」
だから魚群に当たると、同じ魚ばかりが釣れるのだ。
もちろん例外はある。
殆ど襲われる心配のない巨大な生物や、単独で獲物を狙える捕食者などなど、海には沢山の生物がいるのだ。
「……む、またかかったか」
しかし今度は手ごたえが違う。
一瞬、すごい重さを感じたが引き上げるにつれするする上がっていく。
妙だな。抵抗があるどころか、逆に向こうから上がってくるような……俺の疑問はすぐに解決した。
ざぱぁ! と水しぶきを上げて飛び出てきたのは角の生えた巨大魚、ランサーフィッシュである。
「げっ、魔物!?」
そうだ。海にも魔物が出るんだった。
ランサーフィッシュは鋭い角を向け、船に突っ込んでくる。
ヤバい。あんなもの喰らったら一撃で船が沈んでしまうぞ。
「わーーーっ!」
思わず釣竿を振り回す。
すると糸がランサーフィッシュに絡まった。そして――
すぱぁん! とランサーフィッシュの身体が切断された。
ボトボトボトと血と共に落ちてくるランサーフィッシュ。グロっ……いやでもどちらかというと美味そうかも。
新鮮な魚介を見て美味そうと思うのは日本人の血だろうか。
なんて思っていると、輪切りになったランサーフィッシュは空に溶けて消えていく。
「あ、そういえば魔物は倒したら消えるんだっけ……」
残念なようなホッとしたような。
……でもあんなの見たら、刺身を食べたくなってきたな。
そんなことを考えているとぐぅぅ、と腹の音が鳴る。
「むぅ……ランサーフィッシュはかなり強い魔物だ。それを倒した後に腹の音を鳴らすとは、流石は我が主よ」
ジルベールが何やらキラキラした視線を向けてくる。
畏敬の念を抱くのは俺よりも日本人の血だと思うぞ。
とりあえずこのタイを刺身にして食べますか。
釣り上げたタイのウロコを落とし、包丁で捌いていく。
ガラハドから包丁を譲り受けていてよかったな。
会社の同僚と何度か船釣りに行っていたので、魚の捌き方は見様見真似でなんとなく分かる。
「よし、出来たぞ」
やや見た目は不細工だが、タイの刺身の完成だ。
適当に皿に盛り付け、ひょいパクと口に入れる。
んー、コリコリしてて歯応え抜群だ。
噛むたびにジュワッと甘味が出てきて、いくらでも食べられそうである。
「んー、美味い美味い」
醤油とかはないので海水の塩気だけだが、これだけでも普通に美味い。
パクパク食べていると、ジルベールがじっと見ているのに気づく。
「……主よ、如何に大賢者とは言え、生の魚など食べて腹を壊さぬのか?」
すごく怪訝そうな顔だ。
どうやらこの世界では魚を生で食べるのは一般的ではないらしい。
俺的には狼がそんなことを気にする方が不思議なのだが。
「普通に美味いよ。ほらお前も食べてみるか?」
そう言ってタイを分厚めに切って、ジルベールの鼻先にかざした。
ジルベールはくんくんと鼻を鳴らし、いろんな角度から刺身を睨みつけ、たっぷり時間をおいた後にようやく思い切りがついたのかパクッと一口で食べた。
面白い顔をしながらモグモグと口を動かした後、ぱあっと目を輝かせた。
「な、なんだこれは!?とてつもなく美味いぞ!?主よ、まだ食べていいかっ!?」
「もちろんだとも」
俺は乞われるままにタイを切り分け、ジルベールに食わせてやる。
ジルベールは先刻までの警戒心はどこへやら、差し出されるままにパクパクと食いついている。
「むぅ、たかが魚の切り身がここまで美味いとは……うむうむ、素晴らしいぞこれは!」
「気に入ったようで何よりだよ。だが食べた分は働いてもらうぞ」
「心得た」
このまま食わせていたら、持ち帰る分がなくなってしまうからな。
自分の食い扶持くらい、自分で稼いで貰わなければ。
「では魚をこの近辺に追い込むとしよう」
そう言うや否や、ジルベールは海中へと飛び込んだ。
っておいおい、いきなり飛び込んで大丈夫なのかよ。
心配して覗き込むが、ジルベールは上がってくる気配はない。
……まぁいっか。本人がいいと言ってたのだし、大丈夫だろう。
と言うわけで俺は釣りを再開する。
「うおっ!?マグロだ!」
いきなり大型のマグロが釣れた。
言わずと知れた寿司ネタの王道、これだけデカいと大トロ何人前食べれるのだろうか。
食い出がありそうである。
「今度はイカか!」
先刻のマグロにも劣らない巨大イカ、刺身にして食べるとコリコリして美味いが、煮付けでもイケる。
これだけ大きいなら、墨袋を使ってイカ墨パスタとかもやってみたいよな。
他にもどんどん多種多様な魚が釣れていく。
やはり色々釣れた方が楽しいな。
「ぶはっ!どうだ主よ!?」
楽しんでいると海面からジルベールが顔を出してきた。
「ありがとうジルベール、色々釣れているよ」
「うむ、主の為だからな」
そう言いつつ、船に上がってきたジルベールの目は釣り上げた魚に釘付けだ。
さっき食べただけでは足りなかったようである。
全く仕方ないな。また捌いてやるか。
「ふぅ、満腹になったぞ、主よ感謝する」
大きく息を吐いて、横たわるジルベール。
その横っ腹はパンパンに膨れ上がっている。
何せマグロを二尾、巨大イカを三杯、ヒラメにタコにその他諸々の魚介類を食べたからな。
後半は殆ど料理に集中する羽目になってしまった。
もう丸のみでよくね? と思いつつも律義に料理してしまった。
うーん、俺ってば優しすぎ。
「しかしわざわざキャロをこんな大陸に送り込んだ理由がわかったよ」
「どういうことだ? 主よ」
「うん、この辺りでは海流が大陸から外側に向いているんだよ」
その上、陸からは常に強風が吹いており上陸するには自力で漕ぐしかない。
しかも魔物も結構出るし、船で移動するのはかなり困難だろう。
まるで外敵の侵入を阻むかのような自然の城壁、ここらに拠点が一つあれば、魔王のいる大陸への移動はかなり楽になるはずだ。
「あの台風でもなければ、ここへ辿り着けなかったかもな」
ガラハドたちが見えなくなるのも妙に早かったはずである。
外洋への潮流に乗ったのだろう。
「キャロがいれば他の大陸の者たちと取引できると思ったが……当てが外れたかな」
ゲームではプレイヤーや他のNPCを通じて交易が出来るのだが、これでは誰も入ってこれない気がする。
鉄とかを使えればもっと色々なことができるようになるんだがな。
そんなことを考えていると、ジルベールがぽつりと呟く。
「主よ、何か見えないか?」
視線の先を見てみると、確かに海の上に何か動くものが見えた。
「巨大な魔物か何かに見えるな」
「いや、船だぞ」
じっと目を凝らしていると、その姿が明らかになっていく。
結論から言えば、俺とジルベールの言葉は互いに正しかった。
すなわち、両方である。
「魔物に船を引かせている、のか……!」
驚愕に目を見開くジルベール。
巨大な船の先には大きな首長竜のようなものがいる。
あれは確か、海獣グロリアスだ。
それに船を引かせているのか。なるほど、それならこの海域でも移動できそうだ。
「しかしグロリアスは誇り高き海獣、そこらの人間では従えることはかなわぬはず……一体何者であろうか」
船は、まっすぐ俺たちの住む村を目指していた。




