ご飯を腹いっぱい食べた
「ともあれ、壮観ってやつだな」
倉庫に積み上げられた大量の稲穂の高さは見上げる程だ。
まさに大豊作、イズナのおかげである。
これだけあれば十分冬を越せるだろう。
「さぁて大賢者サンよ、稲も刈ったし今度は脱穀しようぜ。道具はあるんだろ?」
言われてみれば、稲穂から米を分けるのには脱穀機が必要なんだよな。
しかし困ったぞ。基本的な脱穀機といえば千歯こき――鉄の櫛のようなものに稲穂を通して米を落とすものが思いつくが、今は鉄を持ってない。
かと言って手作業で取っていくのはしんどすぎるし……いや、待てよ。今のDEXならアレを作れるかもしれない。
「とりあえずやってみるか。DIYスキル発動」
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
よし、完成だ。
出来上がったのは足踏み型木製ドラム式脱穀機。
これなら鉄を使わなくても、脱穀出来るはずである。
「何だこりゃ? 見たことねぇ脱穀機だな」
「この間に挟んで、ペダルを踏めばいい。それで脱穀できるようになっている……ほら、こんな感じだ」
稲穂を手に持って脱穀機に挟んだ後、足元のペダルを踏む。
するとドラムが回転し、パラパラと米だけが落ちてきた。
この脱穀機は、ドラムに取り付けていた木の出っ張りが稲穂に絡まることで米のみを削ぎ落とすという仕組みである。
これなら歯の一本一本に負担がかかりにくいので、木製でも使えるというわけだ。
「うおおおおっ!? 何だこりゃあああああっ!? 足で踏むだけでどんどん脱穀出来るじゃねぇかっ!」
「お頭! 俺にもやらせてくだせぇ!」
「うひょー、こりゃ面白えや! すげぇや大賢者様、まるで魔法みてぇな道具だぜ!」
男たちは奪い合うようにして脱穀機を使い始める。
俺としては楽でいいけどな。それにしても楽しそうである。お、俺は別にやりたくなんてないんだからね。
ギッコンバッタンと音が響く中、米がバラバラ落ちてくるのを俺はただ眺めていた。
小一時間ほどで全ての稲の脱穀を終わった。
「あっという間に出来上がったな! 大賢者様の道具様様だ」
「普通なら一日がかりの作業だからなぁ。半端ねぇぜ大賢者様!」
「よぉしみんな、大賢者サンを胴上げしようぜ!」
「うおおおーーーっす!」
いきなり持ち上げられ、わっしょいわっしょいと胴上げをされる。
何だこのノリ? お祭りですか?
「よーし、それじゃあ早速実食といくか!」
籾殻を取ったらガラハドの持っていた飯盒で炊き、ご飯の完成だ。
蓋を開けると銀色の粒がびっしりと並び、もわんと湯気が出てくる。
いい匂いが辺りに漂い、男たちは感嘆の声を上げた。
「おおーーっ! こいつは美味そうだ!」
「一仕事したから後だからな。腹減ってしょうがないぜ!」
「お頭ァ! 大盛りで頼むぜ!」
「わかったわかった。いいから一列に並びながれ!」
「うおおおーーーっす!」
ガラハドの命令で男たちは大きな茶碗を手に、一列に並ぶ。
稲刈りの時も思っていたが、意外と規律正しいんだよな。体育会系のノリっつーか。
そうでなくては船乗りの仕事は務まらないのかもしれない。
……しかし本当に美味そうだ。久しぶりだから余計そう見えるのかもしれない。
暴力的なまでのご飯の香りが辺りに広がっている。
香りを堪能していると、ガラハドが俺にご飯がこんもり盛られた器を寄越してきた。
「さぁ大賢者サンよ、あんたが一番に食ってくれ」
「いいのか?」
「当たり前だ。なんせこの田んぼの持ち主なんだからよ。お前さんには一番最初に食う権利がある。ほれ遠慮なんかすんじゃねぇ」
ガラハドから渡された器を受け取りつつも、俺はご飯に手を付けない。
不思議そうにする男たちに、俺は言う。
「これは俺だけの力じゃない。だから皆で一緒に食べよう」
しばし沈黙の後、ガラハドは苦笑を浮かべた。
「へっ、敵わねぇな大賢者サンにはよ。賢いだけじゃなく、心ってやつをわかってやがる。聞いたか野郎ども! 先走って手ぇ付けた奴はぶっ飛ばすぞぉ!」
「うおおおーーーっす!」
怖いこと言うなガラハドの奴……先に食べなくてよかった。
全員にご飯を注ぎ終わり、ようやく準備オーケーだ。
「それじゃあ大賢者サン、合図を頼むぜ」
「あーごほん。それではいただきます!」
「いただきます!」
全員、俺に倣うようにして手を合わせ食べ始める。
器を受け取り、白いご飯を一口。
むむっ、噛むたびに口の中に広がる白米の甘味と旨味……それだけではない。日本人のDNAに刻まれた米好きの本能が喚起に打ち震えているのが分かる。
その場の全員、無言で白米をかき込む。
かっかっかっと箸が器を叩く音だけが聞こえていた。
「うんめぇーーーっ!」
そして、誰ともなく声を上げる。
飯盒はフル回転でどんどん炊かれおり、出来た先からお代わりで消えていた。
もちろんご飯だけではない。先刻の肉のあまりをおかずにしている。
肉と米の相性の良さはいまさら言う必要もあるまい。うんうん。
「あら、お客様ですか? ヒトシ様」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこにいたのはキャロだった。
「羊の餌やりは終わりましたよ。ヒトシ様のお食事を作ろうかと思っていたらいい匂いが漂ってきて、来てみればこんなに沢山のお客様が」
「あぁ、悪かったな。食事はいらないと言い忘れてたよ。……えーと、紹介するよ。彼女はキャロ、ここの住民で羊の世話をしてもらっている」
「よろしくお願いします」
ガラハドたちにキャロを紹介すると、キャロは深々と頭を下げた。
「俺はガラハドだ。先日の嵐で流されてきた。大賢者サンには世話になって――」
そう言いかけたガラハドは、キャロの顔を見て驚いたように目を丸くしている。
「……キャロ?」
ぽつり、と呟くガラハドの言葉にキャロもまた反応する。
「ガラハド兄さんっ!?」
キャロの言葉に、俺を含めたその場の全員がざわめいた。
「おいおいまさかと思ったら、やっぱりキャロじゃねーか! ったくこの野郎、心配かけやがって!」
ガラハドはキャロを羽交い締めにすると、ぐりぐりと乱暴に頭を撫でた。
キャロは困惑しつつもそれを拒否する様子はない。
「あたた……が、ガラハド兄さん、どうしてこんなところに……?」
「お前が心配だったからに決まっているだろうが! このっ、このっ!」
「ら、乱暴に撫でるのはやめてよぉー」
じゃれつく二人を呆然と眺めていると、それに気づいたガラハドがキャロから手を離した。
「おっとすまねぇ。こいつは俺の妹なんだよ。どうやら世話になってたみたいだな。ありがとよ大賢者サン」
「もう、お世話になったのは兄さんも一緒でしょ? 兄を助けていただいてありがとうございます。ヒトシ様」
二人はそう言って頭を下げてくる。
おっと、呆けてないで返事をせねば。
「あ、あぁ……驚いたよ。まさか二人が兄妹だったとは……それにしてもこんな僻地で会うなんて、すごい偶然だな」
「えぇ本当に。私がここにいるのは、勇者様一行しか知らないはずなのに……よくわかったわね。兄さん」
キャロの言葉に、ガラハドはバツが悪そうに頬を掻く。
「あー……その、だな。実はお前がここに来たって聞いてよう、心配になって見に来たんだわ」
「聞いたって……誰に?」
「そりゃあもちろん、その勇者にだよ」
ガラハドは重苦しい声で言葉を続ける。
「ひと月ほど前だったか。船仕事を終えて港へ帰ってきたら丁度街を上げて勇者一行を歓迎をしてたんだ。俺も妹が世話になっている身だし挨拶の一つもしておこうと思って会いに行ったが、キャロの姿が見えやしねぇ。仲間の一人をとっ捕まえて問い詰めると、どうやらこの大陸に置いてきたとか言いやがってな。それでまぁ、いてもたってもいられずに……」
「心配になって見にきたってわけか」
「んもう兄さんてば!」
こくり、と頷くガラハドにキャロが食って掛かる。
恥ずかしそうに顔を赤らめ、尻尾をぴょんも立てていた。
「私ももう子供じゃないんだから、そんな過保護なことされても困るよ! 恥ずかしいなぁもう……」
「わ、悪い……」
キャロに責められ、たじろぐガラハド。
それを見て男たちは呆れている。
まさかのシスコンだったとは。恐れ入る。
「しかしよぉキャロ! こんな何もねーところで街を作ろうとしているなんて言ったら、心配するに決まってるじゃねーか!? 大賢者サンがいたからこうして生きていられるものの、のたれ死んでてもおかしくはなかったぜ! ふざけやがってあの野郎! 勇者だなんだともてはやされて調子に乗ってるのか知らねぇが、ろくでもない男に違いねぇ。お前も目を覚ま……」
「兄さんっ!」
キャロが一際大きな声を上げる。
その迫力にガラハドは言葉を止めた。
「……勇者様のことを悪く言わないで。世界を救うには、きっと色々とやらなきゃいけないことがあるのよ」
「そ、そうか……そうだよな。俺が働いて奴隷になったお前を解放するつもりだったが、結局救ってくれたのはあの勇者だ。感謝すべきなのは俺でもわかるぜ。悪かった」
「ううん、わかってくれればいいの」
キャロは奴隷だった時、勇者に買われて仲間になった
ちなみに今更だがこのゲームでの勇者は、プレイヤーではない。
魔王を倒す役割を持ったNPCで、協力なり敵対なり、好きなように関わることが出来るのだ。
協力なら国の支援を受けられる代わりに魔物を倒さねばならず、敵対なら国からの支援は得られず逆に迫害を受ける可能性すらある。
どちらにしても色々面倒に巻き込まれるので、スローライフ的にはスルー安定だ。
というわけで、勇者がどんな奴かなんて話は俺には関係ないのである。
「ともあれ、お前が無事でよかった! 今日は宴だ! 飲むぞてめーら!」
「うおおおーーーっす!」
野太い声を上げて盛り上がる男たち。
ていうかもう飲んでるだろ。
まぁでも、無事に会えてよかったな。
宴は翌日の朝まで続いた。
船に積んであった酒やツマミを持ち出してのどんちゃん騒ぎで、俺も楽しく過ごせたのである。
――そして数日後。
「それじゃあ世話になったぜ大賢者サン、キャロも達者でな!」
目的を終えたガラハドは船に乗り、大海原の上で手を振っている。
もうかなり離れてるのによく聞こえるもんだ。海の男は声もデカい。
ちなみに船はDIYスキルで修理してあげた。
あっという間に直すのを見てめちゃくちゃ驚いていたが、ジルベールが大賢者の大地魔法だと言うと納得していた。大賢者万能説。
一応秘密にしておいてくれとは頼んだが、約束が守られるかは微妙だな。
自信満々で親指を立てた、あのガラハドの笑顔を信じるしかない。
「それにしても、もう少しゆっくりしていけばよかったのにな」
「船乗りは忙しいらしいですから。仕事をほっぽって来ていたみたいですしね。……全く兄さんったら」
そう言ってため息を吐くキャロ。
呆れつつも、キャロは船をずっと見送っていた。




