表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/63

海の男が来た

 そして数日が経った。

 土手は何とか決壊せず、家や田んぼも無事。

 あの台風が嘘だったかのように、最近はずっと快晴が続いている。

 台風を乗り越えた稲はずっしりと穂を実らせており、そろそろ収穫の時期である。


「……しかし、改めて見ると半端な広さじゃあないな


 見渡す限り黄金の稲穂。大きいことはいいことだ、とか言って田んぼを広くしたものの、収穫のことまで考えてなかったな。

 トラクターがあれば楽なのだが、今の文明レベルでは鎌を使って一束ずつ丁寧に刈っていくしかない。

 こればっかりはSTRバグでどうこう出来るものでもないからな。


「……とりあえず倉庫を建てるか」


 せっかく収穫した稲も雨が降ったら腐ってしまうし、保存する為の倉庫が必要だ。

 そこ、現実逃避とか言わない。必要なのは変わりないのだ。

 というわけでアイテムボックスから木材を取り出し、DIYスキル発動。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。


「よし、出来た」


 体育館一つ分くらいの大きさの倉庫があっという間に完成した。

 これだけの大きさがあれば、十分収納できるだろう。

 収穫もこれくらい楽に出来たら良かったのだが。


「主よ、我も手を貸すぞ」

「私も手伝います。……力になれるかはわかりませんが」

「おう、助かるよ」


 しかしジルベールとキャロに手伝ってもらうとしても、まだ三人だ。

 これだけの面積を刈るとなると、すごく時間がかかるだろうなぁ。憂鬱である。


 ――翌日、俺は気分転換にジルベールに乗り散歩をしていた。

 断じて現実逃避ではない。断じて。

 ここへ来た理由は木材の補充だ。

 台風の影響で川には大量の流木が流れ着いている。それを拾いにきたのである。

 最近木材を使う頻度が高かったからな。ストックが切れつつあったのだ。


「おっ、これ使えそう」


 いい感じの形の流木、ゲットである。

 こういうのって上手く使えばインテリアにもなるよな。

 折角だし次に立てる家にはそういった趣向を凝らしてみるか。

 匠の技的ないい感じの家ができるかもしれないぞ。よーし、どんどん拾っていくか。

 おっ、あれいいね。これもいい。あっちも中々……目についた流木をひょいひょい拾っていく。


「ん、何だありゃ?」


 土手に巨大な木の塊が引っかかっているのが見える。

 巨木でも突き刺さったのだろうか。……いや、あれは違う。


「船、か」


 しかもかなり巨大な船だ。

 全長十メートルはあるだろうか、どうやら台風で流されてきたようである。

 しかしこの近くに街とかあったっけ。

 まさかと思うが幽霊船とかじゃないだろうな。

 そうじゃなくても何年も海の上を漂流した船とかだとしたら、中には大量の白骨死体が……ひいっ、考えただけで恐ろしい。


「うーん、どうしたものか」


 しかしこの船、今は見る影もないがDIYスキルで修理すれば使えそうである。

 船が手に入れば沖で魚を獲れるし、他の島に行くことも出来る。

 今すぐ必要というわけでもないがあると便利だし、手に入れておきたいところだ。

 でも中に入るのは怖いんだよなぁ……そうだ、ジルベールに中を見てきて貰おう。

 こういう時の使い魔である。


「ジルベール、船の中を見てこい」

「む……我一人でか?」


 しかしジルベールは渋い顔をしている。


「別に見てくるだけならお前だけで十分だろ?」

「たわけめ、船の中に人間がいたらどうする。どう対応していいかわからぬだろうが」


 どっちがたわけだ。コミュ障狼。

 知らない人間と一人で会話するのは厳しいとか、弱音が過ぎる。


「というわけだ。共に行くぞ」

「ちょ、こら! 勝手に行くな!」


 制止するのも聞かず、ジルベールは俺を乗せたまま船の中へと入っていく。

 あぁもう、仕方ないな。せめて眼を細めて直接見ないようにしておこう。


 船の中は薄暗く、ボロボロだった。

 しかし船体についた傷は新しく見える。

 どうやら幽霊船とかではなさそうで、ちょっと安心。


「主よ、そこで何か動いたぞ」

「ひっ!? な、なんだ!?」

「……ふむ、ネズミのようだな」


 なんだネズミか。びっくりさせるなよ。

 ほっと胸を撫で下ろしながら、また進む。


「主よ、またそこで何か動いたぞ」

「こ、今度はなんだ!?」

「……ふむ、猫のようだな」

「にゃーん」


 和む鳴き声を上げ、猫はスタスタと去っていく。

 なんだ猫か。びっくりさせるなよ。

 昔の船ではネズミ捕りの為に猫を飼っていたというが、それだろうか。


「主よ、また何か動いたぞ」

「……なんだよ。今度はゴキブリか?」


 いい加減驚かなくなってきたぞ。

 視線を向けると、そこには船の梁に引っかかった何かが見えた。


「何だ。人間か」

「ギャーーーッ!」


 いきなりの死体に思わず悲鳴を上げてしまう。


「ははは、主よ。支援魔法は今は必要ないぞ?」


 呑気なことを言うジルベール。

 ええい、誰もそんな話はしてないわ。


「……この船に乗ってた人、だろうな」


 梁に引っかかっていたのは男の死体。

 かなりの大男のようで、生前は相当鍛えていたのか筋肉もすごい。

 髭もじゃで顔は浅黒く、力強い顔付きはまるで生きているかのようだ。


「う……」


 男の方から声が漏れる。


「ここは……あんたは……?」


 何やらモゴモゴ言っているように見えるが、肺の中に残っていた空気が出てきたのだろうか。

 あるいは反射で動いたか、新鮮な死体にはよくあることらしい。


「可哀想に。ジルベール、埋葬してあげよう」

「っておい! 生きてるよ!」


 男はいきなりガバッと身体を起こすと、声を荒らげた。

 うおっ、びっくりしたな。起きてたのか。

 男は体操選手のように梁を掴んでぐるんと一回転すると、床に着地した。


「ふぅ、助かったぜニイちゃん。俺はガラハド。船乗りだ」


 男はガラハドと名乗ると、船長帽子を被り直しながら首回りをゴキゴキ鳴らす。

 立ってみるとやはりデカイ。身長二メートルはあるんじゃないか? 身体もゴツいし、流石異世界。

 ジルベールが俺の背中に隠れてシュンとなっている。

 いや、お前の方がデカいからな。


「俺はヒトシ、こいつは使い魔のジルベールだ。……ほら挨拶しろ」

「我は主以外には尾は振らぬ」


 いいから挨拶しろコミュ障狼。

 俺が肘で突くが、ジルベールはそっぽを向いている。


「はっはっは、プライドの高ぇ奴は嫌いじゃないぜ。あんたは魔獣使いかい?」

「主は魔獣使いなどではない。我は神獣、そして主は大賢者だ!」


 ジルベールがくわっと歯を剥き出しにする。

 何だよ喋れるじゃないか。


「おおそうかい。そりゃ驚いた。はっはっは」


 しかしガラハドは全く信じている様子はない。

 そもそも俺は大賢者でも何でもないから別にいいのだが。


「それよりヒトシ、この大陸には人がいないって聞いてきたんだがな」

「あぁ、その通りだ。俺は訳あってこの地に来ていてね。原住民とかはいないと思うよ。少なくとも俺の知る限りでは」

「……やはりそうなのか」


 俺の言葉に、ガラハドは顔を顰める。


「ったくあのバカ、こんな無人の荒野みてーな場所で何が出来るってーんだよ。あぁくそ、上手くやってりゃあいいが……」


 かと思えば、何やらブツブツ言っている。一体どうしたのだろうか。

 俺が訝しんでいると、ガラハドは誤魔化すように笑った。


「いや、何でもねぇよ。ははは。それよりニイちゃん、助けてくれた礼をしたい。メシでもどうだい?」

「おおっ、それはありがたい!」

「ちょっと待ってな。すぐに野郎どもを起こすからよ。外で待っててくんな! おおーい、テメェら起きやがれーっ!」


 ガラハドが大声を上げると、船の奥から男たちがぞろぞろと出てくる。


「おお、あんたが俺たちを助けてくれたのか!」

「ありがとな! 助かったぜ!」

「ニイちゃんは命の恩人だな!」


 ……というかどいつもこいつもピンピンしているな。

 そもそも俺、助けたわけじゃない気がするが……まぁ細かいことは考えないようにするか。


「もうちょっと待ってな。ニイちゃん、食事の準備をするからよ!」


 ガラハドはそう言って、デカい樽を担いで船から出てきた。

 どかっと地面に下ろした樽からは酒の匂いが漂ってくる。

 どうやら酒樽のようだ。それを幾つも運び出していた。


「船長、ウサギを獲ってきやしたぜ!」

「ウチらは魚を釣ってきたっすよ!」

「俺たちは猪だ。血抜きも当然終えてるぜ」


 それに並行して、何処かへ行っていた船員たちが獲物を手にして戻ってくる。

 というかみんなさっきまで気絶していたのに、よくそんなに早く動けるな。

 俺が来なくても適当に起き上がって来たんじゃないだろうか。


「おお、ご苦労だったな野郎ども、それじゃあ早速調理に取り掛かるか!」

「うおおおーっす!」


 男たちは野太い声を上げながら、テキパキと食事の用意に取り掛かる。

 その手際は豪快かつ繊細。獲ってきた獲物がみるみるうちに切り分けられていき、煮たり焼いたり炒めたりされて様々な料理になっていく。

 あっという間に大量の料理が完成し、テーブル代わりに用意された樽の上に並んだ。


「お待たせだ。食おうぜ」

「うおおおーっす!」

「……いただきます」


 迫力に押されながらも、手近にあったもも肉の骨付き肉に手をつける。

 おっ、これは美味い。皮はパリパリで肉はジューシー。

 油で表面を揚げたものに塩コショウを振っただけのシンプルなものだが、それ故に喰いごたえがある。

 キャロの料理も美味かったが、こっちもザ、男の料理って感じで俺好みだ。


「すごく美味いよ」

「はっはっは、そうだろうそうだろう! これも食ってみな!」


 気を良くしたガラハドが新たな料理を俺の前に置く。

 今度は魚だ。しかもマグロである。

 煮つけのようだ。むむっ、これも美味いぞ。

 やはり川の魚と違って海の魚は旨味が違う。

 脂が乗ってて味が濃いな。


「ニイちゃんこれも美味いぜ!」

「遠慮せず食え食え! 命の恩人なんだからよ」

「酒もあるからぜ! ほれ注いでやる!」


 他の男たちも次々と酒や料理を持ってくる。

 どん! どん! どん! と俺の前に料理が積み重なっていく。

 ちょ、まだ食べてる途中なんだが。

 ていうかこんなに持ってこられても食い切れねぇよ。


「……ジルベール、お前食べるか?」

「ふむ、主以外から貰ったものを食すのは我が意に反するが……よかろう」


 偉そうなことを言いながらも、ジルベールは樽の上に顔を乗せてバクバクと食べ始める。

 すごい勢いだ。全然意に反しているように見えないが……むしろ俺の許可を待っていたんじゃないのか?

 尻尾をぶんぶん振ってるぞ。


「おおっ、いい食べっぷりじゃねぇか! ワン公!」

「ワン公ではない。神獣だ」

「はっはっは! そりゃすまねぇな! 神獣様に乾杯だ!」


 ガラハドは大笑いしながらジルベールをバンバンと叩く。

 もう酔っぱらっているのだろうか。顔が赤い。


「よーしどんどん持ってこい!」

「お頭ァ、鹿を獲ってきやしたぜ!」


 ってまだ狩りしてたのかよ。

 獲ってきた獲物はあっという間に捌かれ、調理され、出来た先から樽の上に料理が並び、並んだ先から食べられていく。

 皆、すごい食欲だな。よく働き、よく食べ、よく飲む。まさに働く男って感じだ。

 俺は呆れながらも、ちびちび食べるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ