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家を作ろう

「つーか、マジか……」


 確かに、ゲームの割にはあまりにリアルすぎると思っていた。

 どっどっと心臓が早打つ感覚。

 冷や汗が背筋を伝うのがわかる。

 このリアルな感覚をゲームで再現できるものなのだろうか。

 いや、どう考えても無理だろう。

 VRすげぇ、ではとても納得出来ない。

 という事はこれは現実? 俺はゲームの中に入ったとでもいうのか?


「……信じられない」


 が、そう考えるしかない。

 何が起こったかわからないが、俺は今ゲームの世界にいるのだ。

 うわ、どうしよう。会社とかアパートの家賃とかどうすりゃいいんだ?

 ガスの元栓は止めてないし、戻った時にはとんでもない額を請求されそうだ。

 ……というかそもそも戻れるのだろうか。

 この手の異世界転移して冒険者とかやって無双する系のアニメは見たことあるが、基本そこに適応して生活しているものが殆どだ。

 それがまさか自分の身に起きるとは……

 やばいやばい、どうするどうする。完全にパニックだ。


「いや、まて落ち着け。落ち着けなくても無理矢理落ち着け」


 こういう時は深呼吸だ。すーはーすーはー……げほっげほっ!

 咳込みながらもどうにか思考を巡らせる。

 現実から目を背けても問題が解決するわけじゃないし、悩んで立ち止まっていても詰むだけだ。


「そうだ、明るいことを考えよう。俺にはリアルで深い付き合いがある人がいるわけでもないし、どうしてもやらなきゃいけないことがあったわけでもない。仕事だって来なけりゃ勝手にクビにして新しい人を入れるだろうし、絶対に俺を必要とする人間がいたわけでもないのだ。俺がいなくなってもそこまで困ることはないだろう。うん」


 ……あ、ちょっと泣けてきた。リアルに明るい材料がゼロだった。

 ちくしょう、俺も誰かに必要とされてぇよ。

 はーーーー、と大きなため息を吐いた後、俺は前を向く。


「まぁでも落ち込んだら逆にやる気出てきたな。向こうでは誰にも必要とされなかったが、だったらこっちでは誰も必要とせずに生きてやる」


 よくわからない異世界だったら詰んでたかもしれないが、ここは俺のやり込んだゲームの中だ。

 ゲーム内で俺はDIYスキルを極限まで進化させ続け、現代並みに技術の発展した街を作り襲い来る魔王をミサイルで倒したこともある。

 仲間も連れずに魔王も倒せる、そんな自由度の高さがこのゲームのいいところだ。

 ていうか魔王と戦うかは置いといて、その過程で生まれる現代並みの暮らしは絶対欲しいよな。

 こんな何もない世界で原始人並みの暮らしをするのは嫌だ。

 蛇口を捻ればいつでもきれいな水が手に入り、暖かい料理を食べることができ、夜には清潔な風呂に入って安心してふかふかの布団で眠れる……そんな暮らしを俺は望む。


「そうだ、確か俺が作った街がこの近くにあったはずだよな。まずはそこを目指すとするか」


 街があれば労せずそんな暮らしをゲットできる。

 ただ移動中、敵が出てきたらヤバいな。

 今の俺のステータスでは、一撃でも殴られたら死んでしまう。


「索敵なら任せるポン」

「ってお前まだいたのかよっ!」

「用があったら呼んでと言ったポン?」


 首を傾げ、頭上に『?』を浮かべるポン吉。

 ……そういえばチュートリアルが終わっても、必要があればポン吉を呼び出すことが可能だった。

 そのうちの一つが、ポン吉索敵モード。

 いわゆる初心者救済措置の一つで、一定範囲内に魔物が入ってきたら教えてくれるシステムだ。

 ただし、プレイヤーの攻撃範囲にしか対応しておらず、射程の長い弓でも装備していないとまともに機能しないし、アナウンスがウザいので大抵のプレイヤーはオフにしている。

 俺も存在を忘れていたが、しかし今の俺にはかなり有難い。


「それじゃあ頼むぜポン吉」

「任せるポン」


 ポン吉がくるるんと周り、目からライトを照らすと手元にマップウインドウが表示される。

 赤い点滅が敵だ。ここを避けて進むとしよう。

 全力で周囲を警戒しながら、ゆっくりとフィールドを歩いていく。

 どうしても見つかりそうな時は物陰に隠れ、時にはやり過ごす。

 弓矢を使えば出てきた魔物は倒せるが、何が起こるかわからないからな。

 ミスったら死ぬ状況だ。警戒に越したことはない。

 そうして三十分ほど歩いただろうか、俺が街を作った場所に辿り着いた。

 しかし街など影も形もなく、ただ枯れ木が数本立っているだけだった。


「……予想はしてたけど、俺が作った街も初期化されているな」


 俺のレベルが初期化されている時点でもしかしたらと思っていたが、やはりか。

 がっくりと項垂れつつも、この展開は予想していた。


「ここは聖なる光に守られている場所だね。魔物も近づけないし、街を作るには最適の場所だポン」

「わかってるっての」


 このゲームにはそういう設定の場所がいくつかある。

 仕方ない。また一からやるか。

 街を作る必要はない。俺が快適に暮らせる状況を作ればいいのだ。

 DIYスキルを使えば家や家具なども作ることができるしな。

 幸い、材料はたくさん落ちている。大小さまざまな石や色々な形の枝、沢山の木々。

 これだけあれば色々作れる。


「そうと決まれば、まずは石斧を作るとするか」


 斧は木を切り倒すのに使う道具である。

 石製のものは最もランクが低く切れ味も悪く壊れやすいが、今ここにある材料からはこれしかないから仕方ない。


「――DIYスキル発動」


 前回同様、作成手順が頭に流れ込んでくる。

 石を削って枝を削いで……って弓矢の時点で相当時間かかったのに、石なんか削ったらどれだけ時間かかるんだ?

 とはいえ素材集めに斧は必要不可欠。

 えーいままよ。俺は突き動かされるまま、手にした工具を振るう。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。

 ――なんだ? さっきとは俺自身の動きが違い過ぎる。

 全く力を入れてないのに、石が思い通りに削れていく。

 硬い石のはずがまるで粘土の形を整えているかのような感覚。

 必要な力が必要なだけ出てくるとでも言うべきか……あっ、そうか。STRがバグっているからか。

 今の俺のSTRは通常ではありえない数値であり、それゆえステータス依存のDIYスキルもこんなことになっているのだろう。

 バグ技の意外な利点といったところか。

 そんなことを考えているうちに、石斧が出来上がった。


「おおー!」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 さっきの弓矢とは比べ物にならない出来映えだ。

 これ、本当に俺が作ったのか……ところどころ不格好だが、さっきの弓矢に比べればちゃんとした斧である。


「中々いい出来栄えだね。これならそう簡単には壊れないポン」

「ポン吉の評価も悪くないな。ともあれ石斧も出来たし、これで新たな素材をゲット出来るぞ」


 目の前に生えている木に向けて、手にした石斧を叩きつける。

 いや、叩きつけたはずなのだが……スパッ! と鋭い音がして、木はきれいな切り口を残し滑るように倒れた。

 ひいっ、石斧の切り口じゃねー。

 本来なら数回は叩きつける必要があるはずなのだが、ありえない威力になっている。


「木材が落ちたよ。木材は色々な物の素材となるから沢山あった方がいいポン」

「お、おう……そうだな」


 ともかく木材ゲットだ。

 全てのベースとなる万能素材である。

 これはあればあるだけいい。


「よーし、どんどんいくぞ」


 今度は家を作ってみよう。本来ならかなり高ステータスが要求されるが、今の俺ならいけるはず。


「レベル1家の作成コストはあと木材99個だよ」


 DIYスキルを発動しようとすると、ポン吉からの警告メッセージが出た。

 これはつまり、足りないのは素材だけでステータスは足りているということだ。


「ってことはどんどん木を切らないとな」


 辺りにある木をばっさばっさと切っていく。

 一刀両断なのでテンポが速い。そうしてしばらく、必要な木材を集めきった。


「家を作りたいの? 場所はここでいいポン?」

「おう」


 確認メッセージに頷き、DIYスキル発動。

 頭の中に流れ込んでくる図面に従い、手を動かしていく。

 うおっ、我ながら何だこの動きは。

 熟練大工のような滑らかな動きに加え、すごく力がいるはずの木材加工も全く力を入れずにどんどん進められる。

 これがSTRバグの力か。なんかちょっと怖いんだが。

 ビビりながらも木材を切り分け、はめ込み、形作っていき……俺の家が完成した。


「うん、いい家だね。これなら簡単には壊れないポン」


 ポン吉からのお墨付きもゲットだ。

 STRのDIYスキル補正はそこまで大きくないはずなのだが、なんせバグってるからなぁ。


「しかし思ったよりもかなり大きくなってしまったぞ」


 プレハブ小屋くらいで十分かと思ったが、作業する手が進みすぎて無駄に風呂場とかキッチンとか作ってしまった。

 お湯も出ないし家電も置けないけど。


「まぁスペースがある分には問題ないよな」


 後々水路を引いたりコンロを付けたりして、必要なものは増やしていけばいい。

 うん、まずはこんなもんだろう。

 椅子に座って一息吐くと、どっと疲れが押し寄せてきた。

 いかん、色々ありすぎてもう限界だ。

 ベッドで、寝よ、う……

 倒れ込むようにベッドに横たわると、一気に眠気が襲ってくる。

 あー……もう、ねむ……

 俺は朦朧とする意識を手放し、眠りに落ちるのだった。

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