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ぬくもり

「おおっ! 下流の水位が下がってきおったぞ!」

「……そりゃ、よかったよ」


 様子を見てきたイズナに言葉を返す。

 修理キャンセルで板を維持し続ければ、川の氾濫は防げるはずだ。


「だが、一つだけ問題がある。こうしていると俺が動けない。濁流が止むまでは俺がこの板を持っていなければいけないんだよな」

「な、なんと……どうにかならぬのか!?」

「難しいだろうな」


 仮に向こう岸に板を突き刺しても、この水の勢いではすぐに流されてしまうだろう。

 俺が押さえているしかない。


「しかしそれではおぬしが……」

「あぁ、ちょっとしんどいかもしれない」


 この豪雨の中である。

 雨の冷たさに体温を奪われ続ければ危険だ。

 このゲーム、そういうところもリアルだからな。

 今の俺のレベルなら耐えられるとは思うが……とにかく頑張るしかあるまい。

 俺は覚悟を決めて、その場に座り込むのだった。


 雨音すらかき消すほどの濁流音が鳴り続けている。

 これだけの雨に打たれているのに、意外と身体に不調は見られない。

 魔物に一発でやられない為にVITに振ったが、こんな場面で役立つとは思わなかったな。

 だが身体がびしょびしょで気持ち悪い。

 空も真っ暗で心細くなってきたな。


 ――更に時間が経った。

 手に疲れは全くない。流石はSTRバグ。

 ただ結構退屈だ。そういえばイズナはどこへ行ったのだろうか。最初は色々話しかけてくれてたが、少し前から見当たらない。

 まぁずっとここにいられても困るけれども。

 べ、別に寂しいわけじゃないんだからね!……はぁ、むなし。


 ――――更に、更に時間が経った。

 今何時だろうか。腹が減ってきたな。

 雨は少し弱まっている。

 台風は風が強いので、雨雲が止まり難いのだろう。

 台風一過っていうもんな。


「ガルルルル……!」


 いきなり唸り声が聞こえてくる。

 周りを見ると、数匹の狼が俺を取り囲んでいた。

 こいつらはグレイウルフだ。

 用心深い性格で夜にしか現れないが、群れで襲ってくる非常に厄介な魔物である。


「くそ、やるしかないか……!」


 左手で板を支えつつ、足元の泥を握る。

 こいつを投げつければ、俺のSTRなら一撃で倒せるはずだ。

 しかしここは位置が悪い。

 もしミスって投げた泥が地面に当たりでもしたら、その威力で足元が崩れ、川へ投げ出されてしまうだろう。

 そうなったらおしまいだ。攻撃は絶対外さないように敵を十分引き付けてから、だな。


「よーし、こいこい……」


 なんてわざわざ言わずとも、グレイウルフは徐々に包囲の輪を狭めていく。

 ひいっ、こえー。

 そんな鋭い牙を剥き出しにしてこなくても。

 どうせなら可愛いマルチーズとかにして欲しい。

 いや、小型犬は気性が荒いって言うけどさ。

 なんて下らないことを考えている間にも、グレイウルフの一体が俺に飛びかかってきた。


「グルルルオオオーーー!」

「ギャーーーッ!」


 投げようとするが、緊張と焦りで手がもつれて変な方向へ投げてしまった。

 遥か上空へ飛んでいく泥、それと入れ替わりで飛んでくるグレイウルフ。

 やべっ、死んだ。ぎゅっと目を瞑り身構える……が、痛みも何も感じない。

 不思議に思い目を開けると、グレイウルフの姿はなかった。

 代わりにいたのはジルベールだ。


「危ないところだったな。主よ」

「ジルベール!」


 雷が苦手なくせに、よく来てくれたな。


「はぁ、よかった。ヒトシ様、無事だったのですね……」

「キャロまで……」


 ジルベールの背中はよく揺れる。

 必死にしがみついいたのだろう。キャロの手は赤くなっている。


「ふふん、この辺りは魔物が出るでの。万が一を考えてジルベールを呼びに行っておったのじゃよ」

「イズナ、どこに行ってたかと思ってたけど……」


 まさか俺を案じて助けを呼んでくれていたなんてな。

 三人とも、俺の為にそこまでしてくれるとは驚きである。

 呆けているとジルベールが俺の身体に寄り添ってきた。


「身体が冷えているな。主よ、我の毛の中に入るがいい」


 もふっとフワフワの毛が優しく俺を包み込む。

 魔法で守っているからだろうか、全く水気は感じられない。


「ヒトシ様、本当にお疲れ様です。お腹が空いているだろうと思い、食事を作って参りました」


 差し出されたサンドイッチは、空腹で倒れそうだった俺にはとても美味そうに見えた。

 サンドイッチを受け取り、ジルベールの温かみに包まれ、俺は――


「む、どうかしたかの?」


 俺を見てイズナが首を傾げる。

 気づけば俺の目元に熱いものが伝っていた。

 なんだこれ。もしかして俺、泣いてるのか?


「な、なんでもないって……ははは」


 恥ずかしくなった俺は慌てて誤魔化す。

 くそ、ガラにもなくこんなことで泣いてしまうとは。

 ……まぁ仕方ないか、今まで生きてきてこんなことは一度もなかったもんな。

 仕事で遅くまで残ってた時も、病気でしんどい時も、こんな風に寄り添ってくれる人なんて誰もいなかった。

 こんな風に優しくされたら涙がでるじゃないか。

 雨が降っててよかったな。おかげで涙が目立たない。


「誰の助けもいらないって、思っててのにな……」

「む、何かあったか主よ」

「いいや、何でも」


 俺は誤魔化すようにサンドイッチを口に入れ、ジルベールにもたれかかる。

 腹は満ちて、身体も温かさを取り戻していく

 いつまでも続くと思われた夜は、もうすぐ明けそうであった。


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