台風が来た
それから数日が経ち、本格的な台風が訪れた。
空は大荒れ、横殴りの大雨と暴風がガタガタと戸を揺らし、時折雷鳴が響いていた。
どおおおおおおおん! と近くで雷の落ちる音が聞こえ、ジルベールは耳を押さえて身体を縮こまらせる。
「ジルベール様、その……雷は大丈夫ですか?」
「む、無用な心配だ。神獣である我が雷に怯えるなど、あるはずがあるまい」
キャロが声をかけるが、ジルベールはすっとぼけている。
そんなこと言ってさっきからビビりまくってるぞ。
全く神獣が聞いて呆れるな。
「わ、わぁー。流石はジルベール様! 私なんか恐ろしくて恐ろしくて……」
「ふん、大したことはない」
ついでにフォローを忘れないキャロ。
どうみてもお世辞なのにジルベールは尻尾を振って機嫌を良くしている。
ちなみに二人は雨が強くなってきた二時間前くらいに俺の家に呼んで避難させている。
万が一が起きた場合、ジルベールに乗って逃げなければならないからな。
「それにしてもヒトシ様は全く動じていませんね」
「当然だ。我が主だからな」
何故お前が誇らしげなんだジルベール。
動じてないのは、俺はどちらかといえば台風はワクワクするタイプだからだ。
それに一応、台風対策はそれなりに打ってある。
各家屋には太くて長い木を埋め込んで支柱とし、羊小屋も大木に括り付けているから、吹き飛ばされることはないだろう。
それよりも土手が決壊しないかが心配だ。
毎年台風なのに外出しては流されている人がいるが、今はその気持ちもわかる。
「しかし雨が激しくなったらジルベールに様子を見てきてもらう予定だったが……この調子ではなぁ」
雷が鳴るたびに塞ぎ込んでいるし、見に行かせるのは難しそうだ。
「あの、私が行きましょうか?」
「キャロが行くのはさすがに危険すぎる。やることはやったし、座して雨が通り過ぎるのを待とう」
最悪VITをバグらせれば、この台風でも死にはしないだろうし。
……その場合、イズナが文句言ってきたら適当に誤魔化すか。チョロいし何とかなるだろう。
「ふはは、困っておるようだの!」
「うおっ!?」
いきなり背後から声をかけられ、飛び上がる。
振り向けば得意げな顔をしたイズナがいた。
ったく驚かせやがって。変な声出たじゃないか。
タイミングが良すぎるが、心の中を読んではいないだろうな。
「川の様子ならわらわが見てきてやろう。なーに社が流されて困るのはわらわも同じじゃからの」
「それは助かる」
「お安い御用じゃ。では任せてもらおう」
そう言ってふわっと姿を消すイズナ。
あいつはお化けみたいなもんだし、あの身体なら風に飛ばされたりもしないのだろう。
頷いていると、キャロが目を丸くしているのに気づく。
そういえばキャロはイズナを知らないだっけ。
どう説明したものかと考えていると、キャロが口を開いた。
「あれがイズナ様ですね!」
「ん、知ってたのか?」
「はい! この地の神にして、ヒトシ様の盟友だとジルベール様に聞いております!」
おいこらジルベール。一体何を吹き込んだ。
「次元を揺るがす程の大賢者の『力』。それを得る為に神であるイズナ様と交渉したんですよね。その際に意気投合し、以来志を共にしているとか……流石はヒトシ様です!」
いつの間にイズナが俺の盟友になったんだよ。
内容は当たらずしも遠からずではあるが……相変わらず話を盛り過ぎである。
「ふっ、主のことを教えろとうるさいのでな。我が色々と事細かく伝えておいたぞ。あぁ感謝は必要ないぞ。主の使い魔として当然のことをしておいたまでだからな」
満足げに頷くジルベール。
いや、全然ありがたくないのだが。
またお前のせいで誤解が一人歩きしているじゃないか。
「あー、それは勘違いというやつでだな……」
「ふふっ、わかっていますよヒトシ様。大賢者であると知られたら面倒ごとに巻き込まれる。だからこのことは他言無用、ですよね!安心して下さい」
そういうとキャロは人差し指を唇に当て、ぱちんとウインクをする。
駄目だこりゃ。まぁそのうち誤解だとわかってくれるだろう。
「ヒトシよ! 大変じゃ!」
そんなことをしていると、イズナが慌てた様子で戻ってきた。
「川が溢れそうになっておる! 上流からの水の勢いが止まらぬぞ!」
マジか。かなり高く土手を積んだのに、想定を越えられてしまったか。
外を見るとまだまだ雨は降りそうだし、これ以上ここにいるのは危険だろう。
「如何に大賢者であるおぬしでもどうしようもあるまい! 今すぐ高所に逃げるのじゃ!」
「そうしましょうヒトシ様、命あっての物種です!」
逃げるべきだと言う二人に、俺は首を振って返す、
「いや、まだ出来ることはあるはずだ。俺は土手に向かう」
ここで逃げると、折角育った田んぼが流されてしまう。
そうなれば後々食料不足になるのは明白。
しかもこれから夏のクソ暑い時期に、折角整えた家や水路をまた再築しなければならない。
近くに街があれば避難すればいいのだが、そんなものもないのだ。
ここで決壊を防がねば、炎天下の中やらなければいけないことは多く、食料も手に入らない……長く苦しんだ後に干からびて餓死、なんて可能性もある。
俺にとってはその方が余程恐ろしい。台風の中、土手を見守る方がマシである。
「何と……これだけの大雨の中を行くか。大賢者とて無事で済む保証はないというのに……おぬしは勇気があるのう」
「ヒトシ様お一人ならどうとでも逃げられるはず。それをしないのは私たちを助ける為、なのですね。何とお優しい……」
何を勘違いしているのか二人は感動しているようだ。
まぁ変に引き止められるよりいいか。
「ふっ、主ならそう言うと思っていたぞ。我も共に行こうではないか」
そう言いながらもジルベールは足をプルプル震わせている。
大丈夫かこいつ。こんな調子じゃ足を滑らせ俺を振り落としそうである。
「……ジルベールはキャロに付いてやってくれ。キャロは羊たちを高い所へ移動させてほしい」
「わかりました!」
「よかろう。任せておくのだ、主よ」
ジルベールが心底ほっとしているのは置いといて……ここは俺一人で何とか頑張ってみるか。
「それじゃあ気をつけて下さい! ヒトシ様ーっ!
キャロたちに手を振って俺は家を出る。
ざあざあ降りで少し前が見えないくらいだ。
草で作った雨合羽もあるが、必要なさそうだな。着ても無駄って意味で。
「こっちじゃ。ついてまいれ」
イズナの案内に従って土手に辿り着く。
登ってみると、確かにもう溢れそうになっていた。
うへぇ、恐ろしい程の濁流だ。見ているだけで吸い込まれそうである。
落ちたら確実に死ぬな。くわばらくわばら。
水が溢れるまであと一メートルと言ったところだろうか。
土手自体もぬかるんでおり、このままだと決壊の恐れもありそうだ。
「どうするつもりじゃ? 土を重ねるか?」
「……いや、このまま土を乗せたら重みで土手が崩れる気がする」
即席で作った土手だし、大量の土の重みには耐え切れず土砂崩れを起こす可能性がある。
山などの工事現場とかでは、そういうことがよくあった。
安易に土を積むのは危険だ。
現代日本だったらダムがあるおかげで水量を調整出来るんだけど、この文明レベルではなぁ……いや、待てよ?
俺はしばし考え込んだ後、ふむと頷いた。
「うん、やる価値はあるかもしれない」
「おおっ! 何か手があるのか!?」
「上手くいくかはわからないけどな。とにかく走るぞ」
俺は土手を上流に向かって走る。
思った通り、上流に行くにつれ川の水位は下がっている。
この辺りでいいだろうか。俺は立ち止まり、DIYスキルを発動させる。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
作り上げたのは、巨大な板だ。
川の向こうまで届くほどの大きく分厚い板を見て、イズナは目を丸くしている。
「なんじゃそれは? それで一体何をするつもりなのじゃ?」
「まぁ見てな……よっと」
板を持ち上げ、川へと降ろす。
板で莫大な水量を受け止めているにも関わらず、持っている俺は全く重さを感じていない。
どどどどど! と爆音が鳴り響く中、俺は板の位置を調整していく……よし、この辺りか。
「むっ!? 向こうに流れていく水の量が減りおったぞ!?」
「この板である程度水を堰き止めているんだよ」
板の横幅は約五メートル、止めた分だけ下流に流れる量は減るというわけだ。
「し、しかしその板、この濁流に耐えられるのか……?」
心配そうに俺を見上げるイズナ。
濁流には流木や泥、石などが混じ、板を激しく打ち付けている。
みしみしと軋み音が上がっており、今にも壊れそうだ。
DIYで作った物には耐久値が設定されており、今もゴリゴリ削られている。
これがゼロになったら壊れてしまうわけだが、もちろん対策は考えてある。
「まさかおぬし、壊れた瞬間に修理をしようとしておるのか!? し、しかしそれは……」
こんな濁流の中、修理など出来るはずがない。
そう思っているのだろう。だが問題はない。
「まぁ見てな」
3.2.1……今だ。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
と、エフェクト音のみが聞こえる。
俺自身は全く動くことなく、材料が消費され板の耐久値が回復した。
「な、なんと……おぬし今、何をしたのじゃ!?」
イズナが驚き目を丸くしている。
今、俺がやったのは修理キャンセルという技だ。
DIYスキルで作った物は修理で直すことが出来るわけだが、それには当然動作を伴う。
しかし行使した瞬間に座りコマンドを押すことで動作がキャンセルされて結果のみが残る。
すなわち、材料が消費されて新品の板が残ったというわけだ。
「む、ぅ……よくはわからんが、『力』を使ったわけではなさそうじゃの。ならば別によいのじゃが……」
ちなみにこれは仕様の範疇、バグ技ではないのでイズナには『力』扱いされないと思っていたが、やはりそうだったな。




