甘いものを食べよう②
「おかえりなさいませ。ヒトシ様!」
帰還した俺たちをキャロが出迎える。
俺は早速手に入れた蜜を取り出して見せる。
「ただいま。これだけあれば足りるか?」
「おおっ!これだけの量をこの短期間に…転生貴族流石は大賢者の魔法ですね」
「いいや、集めてくれたのはこいつだよ」
身体を避けて、俺の後ろに乗せていたカミーラをキャロに見せる。
「あ! すみません気づきませんで……ヒトシ様のお客人でしたか」
慌てて頭を下げるキャロ。
気づかないのも無理はない。
カミーラの差している日傘は日光を殆ど通さないものらしく、周囲が屈折して見える程だ。
近くでもボヤけて見えるほどで、遠目から見ただけではまず気づかない。
カミーラはジルベールから降りると、キャロに近づいて顎を指で撫でる。
「ふぅん、あなたが大賢者サマの眷属ね。野暮ったい田舎娘のような顔をしてるけど、よく見たら中々美味しそうじゃない?」
「えーと……ありがとうございます?」
カミーラの言葉に困惑するキャロ。
おい、隙を見て血を吸おうとするんじゃない。
「ん!蜜もとっても甘いですね!これならいいスイーツが作れそうです」
「それはよかった」
「早速作りますね。ゆっくりしてらして下さい」
そう言ってキャロは俺たちを椅子に座らせると、作業に入った。
小麦粉と卵、水を入れてかき混ぜていく。
そうしてできたパン生地のようなものを窯に投入。
焼いている間に別途用意した器に生クリームを入れ、ハチミツと共に混ぜ合わせる。
その間に様々なフルーツをカット。
窯を開けると熱気と共に、焦げ茶色のスポンジが焼き上がった。
熱を冷ましたスポンジにクリームを塗り、カットフルーツで飾り付けをし終えると、キャロはよしと頷く。
「出来ました! ハチミツクリームケーキ完成ですっ!」
テーブルの上に乗せられたのは大きなホールケーキだった。
おおっ、これは見栄えがするな。
「すごいなキャロ、店に出せるレベルだ」
「えへへー、商人たるもの、金になりそうなものは何でもやるべし、というのが家の教えでして。ケーキ作りは母に習ったんですよ」
誇らしげに胸を張るキャロ。
「ふぅーむ、あれだけ手間をかけた割に、一口で食べれそうだな」
「絶対食うなよ、ジルベール」
どうやらジルベールにとっては質より量らしい。
折角の甘味を一口で食べられたら敵わん。くれぐれも念を押しておく。
「あら! あらあらあら! 何て可愛らしいのかしら!」
対してカミーラはケーキを見て嬌声を上げた。
「真っ白な生地に色とりどりのフルーツが乗せられ、まるでキャンパスに描かれた美しい絵画のようだわ! まさに芸術、すごいのねぇあなたってば。私、感動しちゃったわ!ねぇキャロ、あなた私の眷属にならない?」
「あはは……ありがたい申し出ですが」
キャロはカミーラの誘いに、首を横に振って答える。
「そう、そうよね。大賢者サマのモノだものね。ごめんね」
「いえ、褒めてくださってありがとうございました。とっても嬉しかったです」
笑顔のキャロに、断られたカミーラも気を悪くはしていないようだ。
しかしジルベールのみならずカミーラとも仲良くなるとは、やるなキャロ。かなりのコミュ強である。
「それはいいが早く食べぬか? このような美味そうなものを前にして、お預けはないであろう」
「あ、そうでした! 食べましょう食べましょう!」
ジルベールに急かされ、キャロがケーキを切り分けていく。
各々の前にケーキが一つずつ並べられ、その横に紅茶が注がれた。
「それではいただきます」
早速フォークでケーキを半分に割り、一口。
うん、うん……んーーーーっ!
「美味い! 甘い! 美味い!」
口内に広がる蕩けるような甘さ。
あぁ、ずっと足りなかった糖分が満たされていく。
「うん美味しい。上手く出来てよかったですわ」
「むっ!? なんだこの甘さは!驚くべき味だ……一口で食べるなど勿体ない。少しずつ舐めて味わおう」
「とっっっても美味しいわぁ! ねぇキャロ、あなたやっぱり私の眷属にならない?」
皆、手にしたケーキを一心不乱に食べ始める。
久しぶり、あるいは初めての甘味は強烈で、あっという間に食べ終えてしまった。
「はー、美味かった!」
満足満足、久しぶりのケーキがこんなに美味いとは思わなかった。
「また作ってくれよな。キャロ」
「キャロよ、非常に美味であったぞ」
「えぇ、最高だったわよ」
「ありがとうございます。また作りますので、その時はまた皆さんで集まりましょう」
皆の言葉に、キャロは嬉しそうな笑みを返すのだった。
「ふぅ、とても美味しかったわ。ありがとうキャロ」
「お口に合ったようで幸いです」
「大賢者サマも招待してくれて嬉しかったわ。また来てもいいかしら?」
「蚊に俺の血を吸わせないならな」
「わかってるわよぉ」
カミーラは口元に手を当て、くすくすと笑う。
「魔族の本質は闘争にある。私もそれに準じて生きてきたけれど……こういう楽しみ方もあるのね。ふふっ、大賢者サマにはまた教えられちゃったわ」
カミーラはブツブツ言いながら俺を見ているが、何か勘違いしてるっぽいが……まぁ別にいいか。
「それじゃあね。楽しかったわ。ワンコロも死なない程度に元気でね」
「ハッ! 貴様も羽虫と間違われて叩き潰されぬようにな!」
ジルベールと悪態を付き合いながら、カミーラは洞窟へと戻っていく。
「全く口の減らぬ女よ」
ふんすと鼻を鳴らすジルベールだが、どこか嬉しそうに見える。
これが喧嘩するほど仲が良い、というやつだろうか。
「ん? どうかしたのか主よ」
「いいや、何でも」
……なんて言ったら怒りそうだし、黙っておこう。




