甘いものを食べよう
「ヒトシ様、昼食をお持ちしましたよ」
田んぼの整理をしていると、キャロが弁当を持ってきた。
「おう、ありがとう」
「そういうお約束ですから」
キャロから弁当を受け取り、蓋を開ける。
おっ、今日はスパゲティか。
付け合わせの野菜と一緒に口の中に運ぶ。
「……美味い!」
「よかったです!」
相変わらずキャロの作る食事は絶品だ。
ちなみに食事は現代日本ベースなので、スパゲティやサンドイッチなどが普通に出てくる。
俺としても食べやすくて助かっている。
「あーでもたまには甘味が欲しいなぁ」
キャロの作ってくれる食事は美味いが、デザート的なものが付いていたことはない。
フルーツとかはあるが、チョコレートやケーキ的な甘ーいスイーツが食べたいのだ。
「と言うわけだ。キャロ、何とかならないか?」
「むむ、甘味ですか……」
俺の問いにキャロは難しい顔をしている。
「うーん、難しいですね。アイテムボックスにある程度の調味料は持ってきてはいますが、私のはあまり容量がないので最小限のものしか入れたないのですよ。というわけで砂糖類にはあまり余裕が……申し訳ありません」
「残念だな」
以前比べてみたが、キャロのアイテムボックスはとても小さく、俺の一割にも満たないのだ。
くっ、食べられないとわかると食べたくなるんだよな。
「そうだ、ハチミツを手に入れば、それで甘味を作れるんじゃないか?」
ハチミツはゲームでも手軽に手に入る甘味だ。
木を叩けば普通に落ちてくる。
一緒にハチも落ちてくるのだが……もちろん対処法はある。
手に入れたハチミツを使えばお菓子なんかも作れたりするし、甘味作りには重宝するのだ。
「おおっ! いいですね! クッキーなんか焼いてみます?」
「プリンとかも食べたいなぁ」
「いいですねぇ。腕が鳴ります」
想像するだけで期待に胸が膨らんでくる。
それはキャロも同じようで、幸せそうな顔をしている。
いかん、よだれが出てきた。
「とにかくハチミツを取ってくるとしよう」
「はいっ!是非ともお願いしますっ!」
というわけで俺はジルベールに乗り、辺りを走り回っていた。
「あの辺り、木がたくさん生えてるな。行ってみよう」
「了解だ」
木が生えている場所まで移動し、木材の補充も兼ねて斧で切り倒していく。
そしてまた移動再開。
すぱーん! すぱーん! すぱーん! ぽろっ。
「うおっ! 主よ、ハチだぞ!」
落ちてきたハチの巣を見て声を上げるジルベール。
無数のハチが羽音を鳴らしながら飛び出してくる。
と、ここで素人なら追ってこなくなるまで逃げるのだが、俺は対処する手段を用意してある。
それが……こいつだ。
ハチが俺に襲いかかってくるコンマ数秒の間、アイテムボックスから取り出したのは虫取り網である。
「そりゃっ!」
虫取り網を振るい、ハチごとハチの巣を捕らえる。
網の内側では、ハチがブンブン飛び回っている。
「おおっ! すごいぞ主! ハチごと捕まえるとは!」
「まっ、こんなところだ。慣れればハチの巣が落ちてくる前に網で捕らえることも出来るぞ」
ゲームではハチの巣を何百個も集めたからな。
くるっと網をひっくり返し、ハチの巣を水に沈める。
アイテムボックスに入れると、ハチとハチの子、ハチの巣に分けられる。
「せっかくだし、ここでちょっと味見していくか」
「うむっ、我も甘味には目がないぞ」
尻尾を振るジルベール。焦るな焦るな。
改めてハチの巣を取り出し、キャロから貰った瓶に詰める。
「……あれ? こんなもん?」
しかし取れた蜜の量は手のひらで掬える程しかない。
うむむ、これでは一口舐めただけで終わってしまうぞ。
「主よ、我は遠慮しておこう……」
それを見たジルベールはシュンと項垂れている。
予想よりだいぶ少ないな。
養蜂とかで大量に効率的に集めないと、菓子作りなんてそうそう出来ないだろう。
「そうだジルベール、お前神獣だろ? ハチの魔物とかを眷属にして、ハチミツを集めさせるってのはどうだ?」
「ここらに出てくるハチの魔物と言えば、バズビーか。確かに奴らを使えば大量の蜜が集まるだろうが、我の眷属とするには種が違いすぎる。無理な話だな」
「そういうものなのか」
そういえばゲームでも殆どの魔物が同種族ばかりを眷属にしているが、そんな事情があったのか。
「そしてバズビーはそれなりに強い魔物だ。眷属とするには我と同程度の強さが必要だろう」
「うーむ、虫と関係がありそうで、ジルベールくらい強い魔物ねぇ……」
しばしうーんと考えたのち、
「あ」
俺とジルベールの声がハモる。
完全に忘れていたが、いるじゃあないか丁度いい奴が。
というわけで、ジルベールの背に乗り、そいつの居る洞窟に辿り着く。
洞窟を塞ぐ巨岩を除けて中に入ると、大量の蚊に出迎えられた。
蚊は俺たちを襲うことはなく、外にも出て行こうとしない。
「これはこれはお久しゅうだわ。大賢者サマ」
「やぁ、俺の言いつけを守っているようだな。カミーラ」
闇の中から現れたのはゴスロリ少女、カミーラだ。
スカートの両橋を持ち上げ、恭しく頭を下げる。
「……あれ? カミーラお前、少し痩せたか?」
「あらあら大賢者サマってば、お上手ねぇ」
冗談っぽく笑うカミーラだが、確実に気のせいではない。
以前は大女と言ってもいいくらいだったが、今は小柄な少女と言ったところだ。
「まぁ大賢者サマの言いつけ通り、辺りの獣たちから血を集めていないからねぇ。貧相な身体を見せて申し訳なく思ってるわ」
少しは可哀想だが、大量の血を集めて魔王を目指す、なんて言われればそりゃ止めるわ。
ちゃんと守っているようで感心である。
「主従契約を結んだ場合、主の命令は絶対だからな。如何に野心があろうと、反故にすることは出来ぬ」
ジルベールがうんうんと頷いている。
「とはいえこの身体も燃費が良いし、見た目も愛らしくて悪くないわね。新しい世界に気づかせてくれて、大賢者サマには感謝だわ」
いくら敵だったとはいえ、血を吸うのをやめさせるのは人間で言えば食事を禁止させるようなものだし、少しやりすぎたかと思ったが、別に辛くはなさそうだ。
引き続き吸血はやめておいてもらおう。
「それで?大賢者サマは私に一体何の用かしら?」
「おっと、そうだったな。……ちょっと聞きたいんだが、ここらにバズビーって魔物がいるだろう? あれを眷属に出来るか?」
「バズビー? それなら私がこの大陸に来た時に生意気にもいきなり襲いかかってきたから、返り討ちにして眷属にしてやったわよ」
つまらなさそうに言うカミーラ。
「もう配下に置いているなら話は早い。実はお前に花の蜜を集めて欲しくてな」
「あぁ、それでバズビーレイね。確かに奴らを使えば花の蜜なんていくらでも集められるわ。もちろん構わないけれど……そうね、一つお願いを聞いてくれるかしら?大賢者サマ」
そう言って蠱惑的な笑みを浮かべるカミーラ。
形の良い唇からは不気味なまでに白い歯がチラリと覗いていた。
「や、やめろカミーラ! ヤバいってそれは! それ以上は……」
「あははっ♪ 大賢者サマったら、そんなに恥ずかしがらないでもいいのにぃ。痛いのは一瞬だけ、すぐに良くなるから平気よ♪」
「そんなこと言われても……あ、あ、あぁ……ンアーーーッ!」
悲鳴を上げる俺にも構わず、カミーラが俺の首筋に噛み付いた。
痛い……のは確かに一瞬だった。
すぐに痛みは消え、身体の熱が奪われていくような感覚に襲われる。
そう、俺はカミーラに蜜を集めさせるのを交換条件に、自分の血を吸わせているのだ。
「ぬぐぐ……貴重な主の血をこんな羽虫なぞに……」
「ふふん、仕方ないでしょうワンコロ。私が力を使えないのは大賢者サマの言いつけで血を吸ってなかったからだもの。このくらいは、ねぇ?」
吸血鬼であるカミーラは、血を使って眷属たちを操る。
しかしバズビーほどの魔物を操るには今ある分では足りないので、俺の血を吸わせてくれと言ってきたのだ。
不本意ではあるが、甘味の為である。ガマンガマン。
ちゅー……とストローで吸うような音を聞きながら、しばし耐える。
「ぷはっ! 美味しかったわ。ありがとう大賢者サマ♪」
ようやく吸い終わったようだ。
あーなんかフラつくな。昔、献血した時のこと思い出した。
「んー、それにしても大賢者サマの血は不思議な味ねぇ。コクのある苦味と言うか、大人の味って感じだったわ。クセになりそう」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ていうか俺の血って苦いのかよ。
自分の健康状態が不安になるわ。
「ふふ、わかってるわ。……それじゃあ血も吸ったし、やるとしますか。バズビーよ、我が求めに応じ、ここに集え!」
カミーラの言葉と共に、空気がビリビリと震える。
しばらくすると、遠くから羽音のようなものが聞こえ始めた。
羽音は次第に大きくなり、五月蝿いほどになっていく。
「来たわね」
カミーラの視線の先、洞窟の外には無数の巨大なハチが集まっていた。
うわ、これがバズビーか。
外見はめちゃでっかいスズメバチだな。
こんなものに刺されたら命はなさそうだ。
本能的な恐怖に背筋がゾクゾクとする。
しかしバズビーたちは見た目に反して大人しいもので、羽を折り畳みカミーラの前に跪いている。
「さぁバズビーたち、大賢者サマの為に花の蜜を集めてきなさい!」
カミーラが命令するや、バズビーたちは四方八方に散っていく。
一時間も待っていると蜜を集め終えたバズビーたちが帰還してきた。
その両脚には見て分かる蜜が付いている。
「おおーーー! 大量だな主よ!
「あぁ、一匹だけでもハチの巣一個分くらいはあるぞ」
それが無数に、次々と帰ってくる。
用意していた瓶はすぐに一杯になり、入り切らない分は俺のアイテムボックスに入れておく。
こうしておけば瓶が空になった時に直接アイテムボックスから補充できるのだ。
「うむ、甘い! 美味い! 甘い!」
そしてジルベールは、バズビーの脚に残った蜜をペロペロと舐めている。意地汚いぞ神獣。
「そんなに美味しいのかしら? ワンコロちゃんを私の足も舐めてみる?」
「ハッ、誰が貴様のような羽虫女の足など!」
「こらこら、ケンカするなって」
いがみ合う二人を引き離す。
こいつら、顔を合わせればケンカしてるな。
そうして蜜を集め終わった俺は、カミーラに別れを告げる。
「それじゃ、ありがとなカミーラ。助かったよ」
「お安い御用よ。また何かあればここへ来るといいわ。大賢者サマの血を分けてくれれば、私に出来ることなら何でもしてアゲル♪」
「あまりゾッとしない話だな」
苦笑しながらも洞窟を出た俺は、数は進んで立ち止まる。
「そうだ、カミーラお前、甘いものは好きか?」
「?」
俺の言葉に、カミーラは首を傾げるのだった。




