吸血女王を配下にしました
「くっくっ、久方ぶりに我と本気で渡り合えそうな者と出会えて嬉しいぞ。そうあっさりと死んでくれるなよ! 羽虫女!」
「カカッ、生意気な犬コロだこと……いいわ。遊んであげる!」
ジルベールが幻視にて、無数の分身を作り出す。
カミーラもまたそれに応じるように、高速移動による残像を生み出した。
なんだろう。空気が震えている気がする。
ここにいるのは何かヤバい。そう思った次の瞬間である。
どおおおおおん! と凄まじい衝撃音が響く。
「うわあああっ!?」
その衝撃で俺は吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がり岩壁に打ち付けられた。
いってぇー……タンコブ出来てるじゃないか。
頭をさすりながら起き上がると、目の前では二つの竜巻が混じり合うかのようなとんでもない事態が起きていた。
「何、だこりゃ……?」
石面が剥がれ飛び、砂嵐が巻き起こり、岩壁が削られる。
目にも止まらぬ破壊の嵐に、洞窟が徐々に広がっていた。
ひゅお! と飛んできた石片が俺の真横に突き刺さり、大きなヒビが入る。
掠ったのだろうか、頬には赤い筋が垂れていた。
「これがジルベールとカミーラの本気か……ヤバすぎるぞこりゃあ」
さっき当たらなかったのはただ幸運だっただけだ。
このままだと巻き添え食って死んでしまうぞ。
早急にこの二人の戦いをやめさせねば。しかしあいつら、速すぎて見えないほどだ。
とてもじゃないが攻撃を当てられる気がしない。
「どうすれば……そうだ!」
アレを使うしかない。またイズナにどやされそうだが、命には代えられん。
そうと決まれば……うおおおおおおおっ!
俺は覚悟を決めて腰を下ろした。そしてすぐに立つ。
座って、立って、座って、立ってて…シャカシャカと高速スクワットを行う。
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」
い、息が切れてきた……運動不足だったからな。
だががんばれ俺。ここで止まったら死ぬぞ。石が飛んでくるたびに冷や汗をかきながらも、俺は懸命に動く。
それをしばらく続けただろうか――
「っ! き、来た!」
ぐにゃり、と視界が歪む感覚。その次の瞬間である。
――ぴたり、とカミーラの動きが止まった。
それだけではない。周囲の風景全てが完全に停止していた。
「っっっっっはぁーーーっ! な、何とか間に合ったーーーっ!」
俺は大きく息を吐く。
冷や汗で背中がびっしょりだ。全く死ぬかと思ったぜ。
――今、俺が使ったのは時間停止バグである。
このゲームではボタンを押すと座っている間はHPとMPが回復するのだが、座るボタンを押した瞬間ジャストにステータスウィンドウを開くことで周囲の時間が停止する。
その後立ち上がれば停止した時間を動けるのである。
タイミングが非常にシビアなのでさっきからずっとやってて今ようやく成功したのだ。
バグ技なのであまり移動しすぎるとマップ表示が追いつかずフリーズしてしまうのだが、短期間なら問題ない……はず。
足元の石を拾い、カミーラに投げつけた。
その身体に石がめり込んだのを確認し、ステータスウィンドウを閉じる。
瞬間、
「ぎゃああああああああッ!?」
時間停止は解除され、カミーラは吹き飛んだ。
岸壁にめり込み、動かなくなるカミーラ。
ぱぱーん! とレベルアップの音が聞こえてくる。
ふぅ、どうやら倒したようだな。
何とか危機を乗り越えた俺は、安堵の息を吐くのだった。
「む……今のは一体……もしや主があの吸血女をやったのか?」
「まぁな。お前らめちゃくちゃやりやがるから、巻き添え喰らうかと思ったぞ」
「はっはっは、大賢者である主であればあの程度の攻撃、防ぐのは訳はあるまい」
「んなわけあるか。死ぬところだったっつーの」
どんな勘違いだよ全く。
こちとら普通の人間だっての。
「しかし惜しいことをした。奴も、当然我も本気ではなかった。あれほど戦える相手はそうはおらぬ。もう少しゆるりと楽しみたかったのだがな」
愉しげに喉を鳴らすジルベール。
勘弁してくれ神獣様。化け物同士のバトルは俺の近くでやらないで欲しい。
……とはいえ、俺を守る為だったんだよな。
そこを責めるのはお門違いというやつか。というかむしろ……
「その、助かったぞジルベール。お前のおかげで何とかなった」
「……?」
ジルベールは俺の言葉に目を丸くしている。
「こちとらひ弱な人間なもんでな。お前が戦ってくれて助かった。これからもよろしく頼む」
「主よ……くぅっ!」
目を潤ませていたかと思うと、いきなりずびっと鼻を鳴らす。
「これだ。我はこういうのを求めていたのだ! あぁ、あぁうむ! 我はこれからも主の為に戦うと誓うぞ」
何やらいたく感動しているようだ。
よほど寂しかったんだな。ともあれ、喜んでいるようで何よりである。
「ふっ、とどめを刺さないなんてずいぶんとお優しいことね」
いきなりの声にビクッと背筋が伸びる。
恐る恐る振り向くと、そこにいたのはボロボロになったカミーラだった。
「貴様、まだ動けるのか」
「慌てないでよ犬コロ。もはや私に戦う力は残されてないわ」
……ふぅ、あまりビビらせるなよ。心臓止まりかけただろ。
カミーラは降参だとでも言わんばかりに両手を上げている。
「今の一撃、凄まじかったわ。まるで時間を止めた後に思いっきりぶん殴られたようだった。完敗よ、流石は大賢者サマね」
「は、はは……」
モロに言った通りなので、思わず乾いた笑いが漏れる。
それだけカンがいいのに何故俺を大賢者と勘違いしてるのやら。
呆れているとカミーラはいきなり膝を突き、恭しく頭を下げてきた。
「大賢者サマ。先刻までの無礼な振る舞い、誠に申し訳なく思うわ。どうか許して下さいませ」
「……は?」
カミーラの変貌ぶりに俺は思わず目を丸くする。
何だ何だ、いったいどうした。
「時間停止なんて、どれほどの魔力を使うか想像もつかない。惚れ惚れするほどの圧倒的な力ね。大賢者の真髄を思い知ったわ。是非とも私を配下に加えて貰えないかしら」
「はぁ? 配下にしろ、だって!? さっきまであんなに好戦的だったじゃねぇか! 一体何を考えてやがる!?」
突然のカミーラの言葉に、思わず声が出る。
「ふむ、魔物というのは強者に従う性質を持つ。力の差を思い知ったことで、主に服従を誓うことにしたのかもな」
したり顔で頷くジルベール。
確かにこのゲームでは倒した魔物を仲間に入れるシステムがあったっけ。
ただこの手のボスは仲間に出来なかったはずだが……
「しかし主よ、相手は魔物だ。そう易々と信用しない方がいいのではないか?」
「あら、自分のポジションを追われようとして危機感感じてるのかしら、可愛らしいワンコロねぇ」
「何ィ!? 羽虫女が何をほざくか!」
煽るカミーラに、牙を剥き出しにして怒るジルベール。
俺はそれを見てふむと頷いた。
「わかった。いいだろうカミーラ。今日からお前は俺の配下だ」
「本当っ!?」
カミーラは俺の方を向き、ぱっと顔を明るくした。
反対にジルベールは信じられないと言った顔である。
「あ、主よ……一体どうして……」
「嬉しいわ大賢者サマ! 一生懸命働くから、なんなりと命令してね」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるカミーラ。
「ふふふ、ここは大賢者の配下となって恩を売っておけば、いざ私が魔王になる時に力となってくれるはず……んー、これからの魔族は力だけでなく、頭も使わないとねぇ」
なんてブツブツ言ってるが、独り言ならもう少し小声で言った方がいいと思うぞ。
とはいえカミーラが魔王になろうが知ったことではないし、こっちとしても利用価値があるから配下にしたのだ。
「おほん、それではカミーラ、お前に最初の命令を下す」
「はいはい、何でもいたしますよ。大賢者サマ」
意気揚々と返事をするカミーラに、俺は咳払いを一つして言葉を続ける。
「――お前、この洞窟から一歩も外へ出るな」
「……へ?」
俺の言葉にカミーラは目を丸くする。
「もちろん、お前の眷属もだぞ。万が一にも俺を噛むようなことはさせてくれるなよ」
俺がカミーラをは以下にした理由は、蚊に噛まれたくないからだ。
蚊の親分であるカミーラを部下にすれば、蚊が俺を襲うことはなくなる。
一生蚊に噛まれないとなればこいつを部下にする以外の選択肢はあるまい。
ただこいつを近くに置くのは当然危険なので、洞窟に封印しておくのが妥当である。
洞窟から一歩も出さず、俺も蚊に噛まれない。これが最善の手だろう。
「は、はぁ……それはもちろんですが、他には何かないのかしら?」
「んー、とくにないかな。じゃあそういうことで。何か用があればまた来るから」
「そ、そんな! 大賢者サマぁーっ!」
カミーラに手を振りながら、俺は洞窟を後にする。
「ふふん♪ ふふふん♪」
帰る途中、ジルベールは嬉しそうに鼻歌を唄っている。
「どうした? ずいぶんご機嫌だなジルベール」
「あぁ、主があのような者を配下に加えなかったからな。主の配下は我一人で十分だ」
なるほど、それで嬉しそうなのか。
ていうかなんかセリフがメンヘラっぽいぞ。
もしかして俺が配下を増やそうとするたびにこんなことを言い出すんじゃないだろうな……いや、配下なんか増える予定はないけどさ。
……それでもここまで慕ってくれてるのは悪い気分はしない。
今までそんなことを言ってくれる奴もいなかったしな。……うん。
「あー、その。今日は色々助かった。これからもよろしくな。ジルベール」
「うむっ! これからもずっと共に行こう! 主よ!」
なんかまた重いセリフが出たぞ。これだからコミュ障狼は。
……ま、それなりに付き合っていこうぜ。




