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吸血女王とバトルします

 そんなことを考えていると、ジルベールの姿が見えないことに気づく。

 どうやら通路の先で戦っているようだ。


「おーい、ジルベール! あんまり遠くに行くなよー」


 物陰からオークゾンビが出てきたら危ないじゃないか。俺が。

 早歩きで追いつこうとした、その時である。

 どがぁぁぁん! と衝撃音が響き、俺の目の前で土煙が上がった。

 うおわっ! び、びっくりした……見ればジルベールが地面に叩きつけられている。


「おい、大丈夫か!?」

「ぐ……っ! 気を付けるのだ。主よ……!」


 苦悶の声を上げながら身体を起こすジルベールが睨みつける先、そこにはゴスロリっぽい服を着た背の高い女が立っていた。

 青白い肌に真っ赤な瞳、口元からは鋭い歯がちらりと見えている。

 真っ白な髪が暗闇に流し、細く長い指を唇に当てる姿はどこか蠱惑的だ。


「んふふ、眷属たちが随分騒がしいと思って見に来たら、こんなところに人間が来ているなんてねぇ。人間の血なんて久しぶりだから、私とっても嬉しいわぁ」

「何者だ! 貴様、名を名乗れ!」


 ジルベールが吠えるのを見て、女は不気味な笑みを浮かべる。


「ワンコロ相手に名乗る必要なんか微塵もないけど……ふふ、まぁいいわ。今は気分がいいから答えてあげる。私の名はカミーラ、誇り高き吸血女王よ」


 吸血女王とはダンジョンを転々とするボスエネミー、通称流れボスというやつだ。

 吸血鬼なのに眷属がコウモリやゾンビとかではなく蚊というのが笑いどころではあるが、様々なスキルに加えて変身能力も持つトリッキーな強敵である。しかしまさかこんなところで出会うとは……


「それにしても人間のいないこの大陸で百兆匹の眷属を育て、人類どもを絶滅させようという計画だったのに……まさかアナタ、私の計画に気づいたのかしら?」


 おいおい、蚊を百兆匹とか……そんな恐ろしいことを企んでいたのかよ。

 確かにゲームでもこんなところに蚊が大量発生するダンジョンを作ってどうする、とか思ってたけどさ。


「当然だ! 大賢者である我が主には貴様の考えなどお見通しだぞ!」


 ジルベールの言葉にカミーラは目を丸くした。


「へぇ……先代魔王を倒したと言われているあの大賢者……だとしたら私の完璧な計画が見抜かれてもおかしくはないわね」


 っておいジルベール、俺の素性は秘密じゃなかったのかよ。

 約束を何一つ守ってねぇ。むしろ自ら広めている。

 だが、今回に関してはよくやったと言うべきかもしれない。

 吸血女王はボスだけあってかなり高レベルの魔物だ。

 ジルベールを吹き飛ばすほどの戦闘力を持つ相手と正面から戦うのはリスクがデカすぎる。

 幸い向こうも大賢者とやらに勘違いしているようだし、強気で押せば向こうから引いてくれるかもしれない。


「そ、その通り。俺は先代魔王すら倒した大賢者だぞ。お前の考えなんてまるっとお見通しなんだよ。お前を倒すなんて容易いことだが、俺は優しいからな。今すぐ大それた企みを捨ててこの地を去るのであれば、命だけは助けてやってもいい」

「く……!」


 ……ふぅ、噛まずに言えたな。少しどもったけど。

 向こうもいい感じで怯んでいるようだ。


「んふふなるほど、大賢者サマは聞いた通り甘い人間のようねぇ。でも無用な気遣いよ。私はこれでも魔王の座を狙っているの。先代魔王を倒したアナタに勝つことができれば、魔王へ一歩近づけるというワケ。もう少し様子を見てから行動に移そうとしていたけれど、ここでアナタを倒すのもまた運命なのかもしれないわねぇ……!」


 獲物を狙うような目で俺を見つめるカミーラ。

 こいつ、怯みながらも戦意を失うどころか、むしろやる気を漲らせているぞ。

 変な運命を信じるんじゃないよ。これだからスピリチュアル系は。

 とにかくこのままじゃまずい。俺は慌てて捲し立てる。


「おいおい……やめとけって。魔王なんて目指すもんじゃないよ。命は狙われるし、嫉妬もされるだろう。もっと平穏に生きるべきだと思うよ俺は!?」

「元より覚悟の上よ! 修羅の道を歩む覚悟は出来ている……!」


 呟くカミーラの周囲に、黒い霧のようなものが集まってくる。

 それは徐々に大きくなり、気づけば五月蝿いほどの羽音が洞窟中に鳴り響いていた。


「主よ! 大量の羽虫が奴の周りに集まってくるぞ! なんという数……もしや洞窟中の羽虫を集めているのか!?」

「それだけじゃないわ。洞窟の外にいた眷属たちも全て呼び戻した。私の全戦力を以ってアナタを消してあげる!」


 げっ、マズい裏目った。

 ビビるどころか逆に燃えてるじゃないか。

 うおん、と唸るような音と共に黒霧がカミーラを纏う。

 巨大な一本の腕となったそれが、気づけば眼前に迫っていた。


「ギャアーーーッ!?」


 必死で飛びのくと、俺のいた場所にあった岩壁が粉々に砕けていた。

 ヤバい威力だ。あんなもの喰らったら骨も残らないぞ。

 どどどどどど! 後方で響く爆発音。

 俺はただただ必死で逃げ惑う。


「あはははは! どうしたのかしら大賢者サマ? 逃げるなんてらしくないわよ!」


 んなこと言われてもこっちもいっぱいいっぱいなんだよ。

 反撃の余裕なんてあるはずがない。


「……っ!? 逃げ道が……!」


 気づけば辺りの岩を崩され、逃げ場を失っていた。

 くっ、さっきの攻撃はそれを狙っていたのか。


「さぁてどうする大賢者サマ? 本気を出さないとこのまま殺しちゃうわよッ!」


 もうダメか、迫り来る一撃にぎゅっと目を瞑る。

 だが、いつまで経っても衝撃波はこない。

 恐る恐る目を開けると、俺の前にはジルベールが立っていた。


「ふっ、何度も支援魔法を貰っておきながら、いつまでも地べたに這いつくばっているわけにはいかないのでな」


 いや、何もかけてはいないのだが。

 さっきのは純粋な悲鳴である。


「あらあら、私に一撃でやられたワンコロにこれ以上何が出来るっていうのさ!」

「我に汚名を返上させる機会を与えてくれた主の為にも、負けるわけにはいかん!」

「ふぅん、さっきの悲鳴みたいなのが支援魔法だったワケね? 詠唱に聴こえない程の高速詠唱、流石は大賢者と言ったところかしら。いいわ。かかってきなさいな」

「言われずとも!」


 なんか二人とも勘違いしているが……とはいえ頑張れジルベール。

 俺の身の安全はお前にかかっている。


「グルルルオオオーーー!」


 咆哮を上げ飛びかかっていくジルベール。

 それをカミーラは黒い霧を纏わせた右腕で受けた。


「バカね! 眷属たちよ、その犬コロの血を全て吸い尽くしてしまいなさい!」


 カミーラの号令で霧、蚊の群れがジルベールを襲う。

 うげっ、あんな数の蚊に襲われたら、痒いというか命が危険だぞ。

 カラカラのミイラになってしまうんじゃ……しかしジルベールは黒い霧の中で確かに笑った。


「くっくっ、心配は無用だ。主よ」


 ぼうっ、と炎がジルベールを取り囲んでいたデビルモスキートの群れが燃え始めた。


「ファイアウォールだ。主ほどではないが、我も魔法を使えるのでな。こうして炎を纏えば羽虫の群れなど恐るるに足りん」


 おおっ! なるほど、魔法ってやつか。

 虫種族に対して火属性の魔法は特攻が取れる。

 特にHPが低いデビルモスキートの群れなど一撃であろう。


「燃え尽きるがいい!」


 ジルベールは周囲に炎を浮かべると、それを黒い霧へとぶつける。

 それはあっという間に燃え上がり、霧は一気に晴れてカミーラは丸裸にされていく。

 ナイスだジルベール、これならカミーラも倒せるかも知らないぞ。


「……ふふ」


 しかし、カミーラはそれを見て不敵な笑みを浮かべる。


「何がおかしい?」

「いいえ、単純なワンコロだと思ってね。もう役目を終えた眷属たちを倒して、得意げになっているんだもの」


 メキ、と軋むような音が聞こえる。

 それは徐々に大きくなっていき、それと共にカミーラの身体が大きくなっていく。

 細身だった身体は大きく隆起し、ムキムキのマッチョボディのように膨れ上がっていた。


「ふぅぅぅ……眷属たちがこの地の生物から集めた血を私が吸収した。今の私は――無敵よ」

「ほざけ!」


 しかしジルベールは怯むことなく、炎を纏った体当たりを繰り出す。

 それを一瞥すると、カミーラの姿が消えた。

 何という高速移動、全く見えなかった。

 それはジルベールも同じだったのだろう。

 カーミラは攻撃を躱され驚きに目を見開くジルベールの背後に出現すると、蚊でも振り払うかのように隆起した右腕を軽く振るった。


「ぬ、ぐぅっ!?」


 その一撃でジルベールは弾き飛ばされ、地面に転がる。


「ジルベール! おい、大丈夫かよ!」


 声をかけるが、ジルベールはピクリとも動かない。


「しっかりしろ! 起き上がれジルベール! お前神獣じゃなかったのかよ!」


 何度声をかけてもダメだ。

 微動だにしないジルベールを見下ろし、カミーラが愉しげに笑う。


「あはははは! 支援魔法をかけてなお、私の方が圧倒的に強かったようね!」


 いわゆるボスエネミ―というやつはHPが減ると大幅にパワーアップする。

 カミーラのあの姿がそうだ。

 ゲームでは死にかけの時にしか変身しないからゴリ押しで何とかなるが、こいつはほぼ満タンだぞ。

 しかもあの速度である。俺のSTRがバグっているとはいえ、到底当てられる気がしない。

 ヤバい、マジでヤバい。


「さぁて、次はアナタが死ぬ番よ!」


 高速で迫りくるカミーラ。

 万事休す、俺が諦めかけたその時である。


「……あれ? 痛くない?」


 恐る恐る目を開けると、そこには先刻倒れ伏したはずのジルベールが立っていた。

 無傷で、笑みすら浮かべながら。


「な……アンタ、倒れて起き上がらないはずじゃなかったの!?」

「倒れる? くっくっ、何を見たのだ? 羽虫女よ」

「ッ!? い、いない……!?」


 カミーラが視線を送ると、倒れたはずのジルベールの姿は既にない。

 陽炎のように消えていくのが俺には見えた。


「――幻視だ。あの程度の動きで我を捉えたなどと、思い上がりも甚だしいぞ」


 幻視ってのは相手に幻を見せる魔法だ。

 分身のように使って相手を惑わすのが本来の遣い方だが……こんなタイミングで使うとは中々魅せてくれるじゃないかよ。


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