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ゲーミングパパ

作者: 大間九郎



 止まらない止められない、息子まっしぐらなチャーハンを炒めながら考える。この頃息子の右肩が左肩より下がっていることが気になる。まっすぐ立たせると、確実に右肩のほうが低い。うん、あれは側弯症だろう、背骨がねじれるやつ、病院に連れてかなくてはならん、めんどいが、背骨がぐんにゃりしていたらモテるものもモテないだろう、高二のモテないは死にたくなるから、ここは休みを取り病院に連れて行こうとか考えながらチャーハンを皿にもる。


「明日整形外科に行きます」


「そんなに曲がってる僕?」


「うん、ぐにゃぐにゃ」


「そっかー、それじゃ明日お願いします」


「うん、朝一でいこう」


「はい」


 二人並んでチャーハンを食べながら、スマホでググると側弯症が得意な整形外科は東京に三件あるらしく、どれも胡散臭いので、近所の整形外科に行くことにした。


 明日の予定も決まったので、俺はPCの前に座りPUBGを起動、息子はソファーに寝ころびswitchに電源を入れる。シューターゲームは四十になってから始めた、もう二年になる。前のMacbookが死んだとき、もうカッコつけるのはやめようと思った。文字を書く仕事を、ドブを攫うように探して書いて、口に糊している。小説家になりたかったのだ。でも才能がないらしく、小説家にはなれなかった。でもあきらめきれないで、書いているうちに、生きているうちに、他の仕事に就くことができる適正年齢を大きく超えてしまったので、色々書いて生きている。肩書としてはフリーのライターとなるのだろうが、要するにドブ攫いだ。本物のフリーライターには顔向けできない。まぁ相手も俺の顔なんて見たくもないだろうが。PCにofficeを入れるのは、小説家を目指すものとして最低限のたしなみとして、今までぶっこんできたが、もうやめた。横書きでもいいじゃない、そもそも文字書くだけならメモでいいのだ、それよりもFPSを1つでも上げたいからGPUに金を回したのだ。見得を捨てたら、キルレが上がった。捨てたのは見得だけではなく、矜持とかも含まれているのかもしれないが、そこはそこ、底は居心地がいいのだ。




◇◇◇◇





 整形外科の待合室は、花見会場かってくらいバイブスアゲアゲだった。「いやあ、おっれは膝がさ! ガッタガタ!」「あたいの圧迫骨折は天下一ィィィ!」「息子はだめだ! やはり娘だ! でも娘は二日に一回金をせがむ!」意訳ではあるが、こんな感じだ。息子は若いからめっちゃ婆たちに話しかけられている。干物か腐ったチャーシューみたいな、生きたんだか死んでんだか分からない物体に質問されて、笑顔で返答している息子、マジイケメン、側弯症の話に婆たち号泣、手を握って「元気に生きるんだよ」とか言ってるけど、お前より息子のほうが元気だわ。


「大間さん~」


 ナースに呼ばれ親子で診察室に入る。医者は柔道王かってくらい巨漢だ。息子の体をベッタベタ触りまくり、「うん、レントゲンとろうか」とレントゲン室に息子を促す。そして俺とナースの二人きり。


ナースの名札を見ると『毒島』、すごいインパクトに慄く。


「息子さん、いい男ですね」


「通報しますよBBA」


「34です~、まだまだ現役です~」


「通報しますよBBA」


「チッ、キモイんだよジジイ」


「うるせえよブス」


「き~!!」


 なんてやり取りをしていたら、息子と柔道王が帰ってきて側弯症と正式に病名がついた。軽度ではないが、重度ではない普通の側弯症。成長期が終わるまでコルセットをしてこれ以上曲がるのを防ぐらしい。なるほど治らないが、進行を止めるパティーンな。


「それじゃ、コルセットの測定しましょうね~」


「おいまてBBA、ガチで通報するぞ」


「パパ、そんな言い方失礼だよ」


「いや、毒島君はBBAとはいえ、すごい腰使いでそこは認めてほしい」


「先生セクハラ~」


「確実に肉体関係あるだろ、この二人?」


「パパ、好奇心は猫だって殺すんだよ」


 毒島看護師との押し問答の末、息子は別室に連れていかれ、俺と柔道王が診察室に残った。柔道王がじっと俺を見る、なんだ? 毒島看護師だけじゃ満足できず、俺のことまで……。


「いや、僕でも、もちょっと選びますよ。汚いおっさんなら、七十二になる実母を抱きます。それより、息子さんの両手のことです」


 あーね、あれに気がついちゃったか。いや気がつくか、あのハイヤーの運転手みたいな白手袋付けてる高二なんて気になってしょうがないわな。息子は一日に二百回くらい手を洗う。いやもっと洗うかも。何かを触れば洗う、何も触らなくても洗う、妖怪お手々洗いかってくらい洗う。なので両手はボロボロで、いつも血がにじみ、クリームベッタベタで素手じゃいられないから白手袋を常時つけているわけだが、うん、手を洗うなとか言えないでしょー、だってチビのころから「手を洗いなさい」ってしつこく言ってきたのに、ここにきて「手を洗うな」とか言えば、息子は「なんで?」って感じだわ。


「側弯症は重度でなければ、怖い病気ではありません。でも、見た目が変わることは、すごいストレスになるのですよ、特に思春期では。そのストレスが、色々な症状として出ることがあります」


「あの限界突破ハンドウォシュは側弯症のストレスが原因だと?」


「限界突破ハンドウォシュって、息子で遊びが過ぎる」


「いや楽しくないと、二人きりの家庭が真っ暗になるんで」


「明るくするにも、ほどがあるでしょ」


「てへへ」


「きんも」


 なんて会話をしているうちに、コルセットの測定が終わった息子とやけにツヤツヤした毒島看護師が診察室に帰ってきた。


「えがった……」


「BBA、警察いこう? 自首すれば、少しは罪が軽くなるよ?」


「パパ、別に何もされてないよ。背中が荒れてたから、クリーム塗ってもらったただけ」


「毒島君、僕も夜のプレイ、優しくしてほしい」


「ほんとは激しいのがいいくせに~、せんせはⅯだから~」


 なんてどうでもいい会話ののち、コルセットは再来週出来上がるからその時取りに来るよう言われ、最後に柔道王から小児精神科の紹介状を渡された。


 うん、そうだよな、やっぱ精神科だよな、でもそこはソフトタッチで心療内科とかにしてほしかった。


 


◇◇◇◇




 息子のコルセットはギチギチでカチカチだ。最初は一人でつけられず手伝っていたが、慣れて、ぎゅるんと体に巻き付けるように一人でつけれるようになり、お役御免となった。一日20時間以上体にコルセットを巻き付けていなくちゃいけないらしく、「それ辛くないの?」ときいたら、「辛くないはずないじゃん」とはにかむように笑う息子の、辛いことでも必要ならやるっていう、真っ当な精神に感服しきりだ。俺なら無理だろう、俺なら絶対20時間どころか一日1時間も巻かずぐにゃぐにゃ背骨になって医者を本気で攻め立て、責任とれとか、医療ミスだとか喚き散らしていただろう。息子すごい。


 PCの前に座り売れてんだか売れてないんだか分からないソシャゲのツンデレお嬢様にあてるセリフを書く。「あなたのことなんて、好きじゃないんだからね! (効果音・きゅるん)」なかなか良い出来ではないか、さすがツンデレ使いの大間と言われているだけのことはある。下請け仕事のその下請け、孫請け仕事だ。一体いくらピンハネされているか分からないが、そこはツンデレ使いの大間、ツンデレには手を抜けん。


 はたと視線が気になり、振り向くと、ソファーに寝転がる息子が俺を凝視していた。「なんだ! 四十超えた中年がツンデレお嬢様書いて悪いか! 父親がツンデレお嬢様書いて恥ずかしいか! 俺だって恥ずかしいよ! マジもう無理! 無理! 助けて!」息子に泣きながら抱き着くと、やさしく頭をなでてくれた。マジ息子天使。「パパが稼いだお金で僕は生きてる、感謝してるし、恥ずかしくなんてないよ、誇りに思っているよ」すげえな息子、こんな賛美の言葉、俺のボキャブラリーから絶対出てこない。


「それで、何見てたの?」


「パパ見てた」


「だから、パパの何見てたの?」


「ん~、パパの全体、かな?」


 おっさんを凝視する息子、マジ狂ってる。これはさすがに例のアレだ、アレを使う時が来た。


「行こうか、小児精神科」


「やっぱり、行くべきだよね」


「まぁ、お前の手、ウォーキングデッド並みにアンデッドだからね」


「うん、知ってた」


 小児精神科がある病院に電話し、予約をとる。来週の月曜日、週明け最初の仕事は精神科に決まった。






◇◇◇◇






 小児精神科は大学病院の中にあり、大学病院へはバスで十五分ほどなのでアクセス最高で最高だ。待合室には三組の親子、エントリーナンバー一番・俺と息子、ごく普通に俺がスマホでYouTubeを見ようとし、息子にやんわり「病院内では電源を切ろうねパパ」と窘められている。エントリーナンバー二番・げそげそに痩せたJKとげそげそに痩せたママさん、二人に会話はない、だが両者同じ虚空の一点を見つめていて、そこは親子だな、愛だなと感じさせる仕上がりだ。エントリーナンバー三番・ここもJKと母親、JK金髪、制服の着崩し方がギャルAVみたいでマジJK、すごいへらへら笑っている、俺に向かいピース、俺もすかさず返礼の横ピース、母親はずっと自分の膝に頭埋めるくらいの感じで体を丸め微動だに動いていない、不動の構え、よく分からないが、とにかくすごい気合いだ、あっ金髪JKが口をOの字にし、ほっぺをぱちぱち叩き出した。ぱちぱち、ポコポコ、ぱちポコ、ぱちポコ、すげえ人間ビートボックス、ソウルのほとばしりを感じるぜピース。


「受付番号1番のかた、6番よりお入りください」


 アナウンスがなったので、立ち上がり、六番診察室に入る。パソコンに向かっていた医者が俺と息子に向かい顔を向ける。銀縁眼鏡の医者だ、本当に医者には銀縁眼鏡が似合うな、なんて思いながら「よろしくお願いします」と声をかけ、椅子に座ろうとしたら、「お父様は、ロビーでお待ち下さい」と言われ、追い出された。ロビーには虚空見つめ親子と、金髪JKがいて、金髪JKの母親はいなくなっていた、どうした? 不動の構えは逃走への序章だったのか、と、戦慄が走るが、「ママトイレいったし、しゃべろうよおじさん」と金髪JKに話しかけられ、ほっと胸を撫で下ろす。


「おじさんブコウスキーに似てるね、セックスアピール高いよ」


「ウッス、マジ卍ッス」


「卍の時代は2年前に終わったよ」


「マジ卍?」


「マジ卍」


 なんてハートウォーミングな会話をしていると、金髪JKが制服のスカートをやおらめくり、太ももを俺に見せつけ「ここ、シャブ、打つ」と完全に知性がクロマニョン原人の片言で話しかけてきたので「カッケェッス、マジ卍ッス」と答えておいた。アルプス一万尺を二人で軽快にかましていると金髪JKの母親が帰ってきたので、席を交代し、一人別の長椅子に座り、ヒカキンはなぜあんな高いパソコンを買うのか、それはきっとセイキンなんて存在せず、全てヒカキンが作る仮想現実内の産物なのだ、だからCG処理にあんなに高いパソコンが必要なのだ、と世界の真理について気がついたら、六番診察室が開き、看護師さんが俺に向かい手招きをする。手招きされるまま六番診察室に入ると、息子と銀縁眼鏡が並んで俺に向かい座っていた。


「お、おう」


 慄く俺を無視し、銀縁眼鏡がさっと丸椅子を手で刺し座るように強要、怖いので素直に座ると、銀縁眼鏡が銀縁眼鏡を左手の中指でクイッとあげて、


「お父さん、シューターゲームをやめてください」


 と、のたまった。


「先生、先生、先生さんよ! 俺はあの阿婆擦れが出てってから息子を一人で育ててきた、仕事だってやめたさ、金は悪くても家でできる仕事に変えてよ、それでなんとか! 本当になんとか二人で生きてきたんだ! 酒だって! タバコだってこいつのためにやめたんだぜ!」


「パパ、お酒とタバコやめてないよね、全然やめてないよね」


「それはそういう世界線もあるって話だ」


「パラレルね、分かった」


「それで生きてきて、やっと出会った生きがいなんだよシューターゲームは!! なんで!? どんな権限があって俺から生きがいを奪うんだよ!! ふざけるなよ!!」


「お父さん、息子さんの治療の第一歩として、必要なことです」


「いやだ~! 絶対にいやだ~!」


 床に転がり手足を高速でバタバタさせまくる。このままローリングだ、横回転だけじゃないぞ! 縦回転だって見せちゃうぞ! どうだ! と、銀縁眼鏡の顔を見ると真顔で床に転がる俺を見つめていた。


「お父さん、必要なことです」


 まるで正論を吐くように、俺を確固たる意志で説得するかのように、力強く、それでいて静かな声を降らす。


「い~や~だ~!」


ぺっぺっ転がりながら銀縁眼鏡のピカピカに光った革靴に唾を吐きかけると、息子が立ち上がり、俺の前に跪き、俺の目を真っ直ぐ見つめて、


「パパ、やめてほしいんだ、シューターゲーム」


 と、言った。


 息子が言うなら、そこで終わりだ。俺は立ちあがり丸椅子に座り、宣言する。


「先生、俺、シューターゲームやめます」


 銀縁眼鏡は俺の手を、両手で握りしめ、うんうんと二回頷いた。






◇◇◇◇






 PC前に座り、31,5インチ、リフレッシュレート144のモニターでZOCのPVを見ている。無論YouTubeなのでタダだ。ダンスでスカートの裾が揺れるたび、スカートって、マジ優雅さ以外意味不明な洋服だよな~なんて考えながらぽけーとしていると、息子が「パパ誰がオシ?」ときいてくるので「カレンちゃん」と答える。


「どうして?」


「昔、実家で飼っていた犬ににてる」


「それって失礼じゃない?」


「バカ、めっちゃ可愛かったんだぞボブは」


「名前オスじゃん」


 息子がPVの歌を口ずさみながらポッキーを箱から出し、小袋を開けて、一本口に咥え、ソファーに座る。


 その手から白手袋は消えていた。


 シューターゲームをやめたら、本当に息子のスプラッシュ手洗いが収まった。こんなことある? ドッキリにでもはめられたみたいな気持ちになる。俺がやるシューターゲームが、そこまで息子のストレスになっていたかと思うとそりゃ申し訳なくなるが、そこまでストレスになるか!? マジか!? って未だに半信半疑でもある。


 銃で撃ちはじけ飛ぶ血しぶきが嫌だったのだろう?


 マズルフラッシュの規則的閃光が脳に負荷を与えていたのだろうか?


 目まぐるしく変わる一人称視点が三半規管をバグらせていたのだろうか?


 マジで分からん、謎だ。


 謎は謎で、どうでもいいこととして、結果が出ているのでソコはソコ、シューターゲームのない世界線を生きることになるのはしょうがない。一日少なくても四時間、多い日は十時間以上シューターゲームをしてきたので、腑抜けだ、今の俺は、びっくりするぐらいふにゃふにゃになってしまった。


「パパ、メディアアートってどう思う?」


「ライゾマ、チームラボ、落合陽一って感じ」


「好き?」


「息子よ、三千世界は糞でできている」


「嫌いなのね」


 息子はそういうと持っていたスマホを俺に差し出してきた。液晶に映るは『東京芸術大学先端芸術表現科』の文字。


「大学はここに進もうかと思うんだ」


 息子はそういい、スマホを食い入るように見る俺にポッキーを差し出した。


「二年目から上野ではないけど、いいの?」


「うん、頑張って独り暮らししてみるよ」


「そう? そこがクリアーなら、頑張って、よく分からないけど、きっと専門の予備校とか通わなくちゃだろうし、デッサンとか? するんでしょデッサン?」






「パパは反対とかしないの?」


「しないでしょ普通」 




 息子は、「そう」といってまたソファーに座りこんだ。それよりも美大、息子のスマホをスクロールし、学費を見るとマジヤバマザファックなので、今住んでる親父とお袋が死んで相続した家畜小屋のような家を売ると賄えるのか頭をフル回転させて考える。まぁイケるだろ、俺のその先の人生も逝きそうだがそれはそれ、ネカフェにでも住めばいい、あそこにはPCもあるし、思う存分シューターゲームができそうだ。


 そう、シューターゲーム、何もゲームはシューターゲームだけじゃない、そうだ! ゲームだ! こんな時はゲームをしよう! 昔買って、全然やりこんでいなかったマイクラをPCで起動、FPSつよつよにするため奮発したGPUも、マイクラなら役に立つはず。あれでしょ? レイトレーシングでしょ? なんか世界がきれいに見えちゃうんでしょ? ウキウキしながらマイクラ世界にログインするとそこはやっぱり四角い世界で、きれい……、か?


 とりあえず木を伐採だ、作業台を置いて、木の斧と木のツルハシだ、石炭と木の棒で松明を大量に作るぞ、これをもって近くの集落にいこう、NPCはすぐにゾンビに殺されるから助けてやらないと。素手で木をバチボコ殴る。いつも思うがマイクラの中の俺、剛拳過ぎるだろ、素手で大木倒すとかカッコよすぎる。現実の俺は斧や鋸があっても木なんて絶対倒せないのにこのマイクラボディーは超人だ。すぐ夜になる、穴を掘る、自分から穴に飛び込み天井を土でふさぐ。忍法土遁の術、これで夜に溢れるモンスターどもをやり過ごす、真っ暗な中、土の壁を睨み一晩を過ごす、本当にこの俺は忍耐強く、無口で渋くカッコいい。




「パパはさ、シューターゲームやめてくれたでしょ」


 息子に話しかけられ、モニターの中の闇を見つめながら、


「そうだな」


 と、空返事、この闇の向こうに必ずゾンビがいる! 一瞬の油断が命取りだ!


「ありがとう」


「気にすんな」


「パパは、僕の側弯症、かわいそうだと思う?」


「ん? お前はどう思ってんの?」


「ん~、まぁーこんなことも生きてればあるかな、って感じ」


「んじゃ、俺もそんな感じ」


「そう?」


「お前が悲しんでたら俺もかわいそうだって思うよ、お前が悲しんでないのに、なんで俺が悲しまなきゃいけないんだよ」


「だよね」


「だ」


 もういいだろうか? もうこの穴の外は朝を迎えているのだろうか? 朝だと思って今出たら、外は真っ暗で雨月物語のようにバリバリ食べられたりしそうで怖い。


 いや、十二分に時間はたった、外は朝のはず、ここは勇気だ九郎! 勇気を出せ九郎! やれるぜ九郎! 穴の出入り口をふさいでいる土を素手で殴り崩壊させ外に出る。漆黒の闇、まだ夜だった。蜘蛛とゾンビと骸骨がなだれ込むように俺を巻き込み穴に落ちていく。デッドエンド。


「クソが!」


 ダン!


 台パンかますと、


「パパ落ち着いて」


 と、息子が俺の座っているゲーミングチェアを一回転、ソファーに座っている息子とご対面。


「なに!?」


「少し、大切な話があるんだ」


「それは、マイクラより大切!?」


「僕にとっては」


 息子がそういうので、ゲーミングチェアのひじ掛けをガシガシ拳で殴りながら黙っていると、


「僕、異性愛者じゃないと思うんだ」


 そう、彼は言葉を発した。


「僕のこと、どう思う?」


 と。




「お前はどう思ってるの? 悲しいの?」


「いや、どうだろう、よく分からないよ」


「それじゃ俺もよく分からん」


「でも、異常、なのかな、とは少し、思うよ」


「それじゃ異常なんじゃないの? 少し」


「パパ、まじめな話をしたいんだ、僕は」


 


 息子が少しムッとするように顔をそむけた。




「なぁ息子よ、俺の息子よ、お前にこの世の真理教えてやる、三千世界は糞でできている。


 俺も、お前も、誰もが、糞だ。


 糞に異常も正常もなく全部糞だ。


 俺を見ろ、人の形の皮袋に頭から尻尾までミチミチ人糞詰まったクソ袋だ。


 レペゼン糞だ。


 糞の息子が異常とか正常とか小難しいこと考えてるんじゃねーよクソが!」


 息子の腹めがけてトゥキックをかますと、プラでできたカッチカチのコルセットに阻まれガイーンと音がし、つま先がめちゃ痛くなった。


「痛い!」


「そりゃ痛いよね」


「死ぬ!」


「うん、死なないと思うけど病院行こうか、足の指、ドイツソーセージみたいにパンパンだし」


 俺は息子に連れられ柔道王がやっている整形外科に行くと、右足示指中指骨折で全治六週間との診断が下りた。






◇◇◇◇






 PCデスクを買い替えた、横幅240㎝、三枚のモニターは24インチ、24インチ、31、5インチ、キーボードが二枚とマウスが二つ。


 ゲーミングチェアが二脚並んでいる。


 とりあえずPCぐらい必要だろう先端芸術にはと思い、今まで俺が使っていたつよつよPCを息子にやった、俺は一世代前のRyzenと中古のradeon570でとりあえず動くPCを組んで使っている。マイクラくらいなら動く、ほかは知らん。


 息子と並んでマイクラをする、ガラス板や色コンクリで超近代建築の豪邸を作り住んでいる息子。その周りに白樺を植え、骨粉をかけ、森を作る嫌がらせを続ける俺。無論俺の家は土建築だ。




 なぜ俺がシューターゲームをやめたら、息子の無限ハンドウォッシュが止まったのか? 少し考えたら簡単なことで、俺はシューターゲームに特攻を求める。敵にとっこんで、殺されるまでに二人殺せばキルレ2だ。俺の中でシューターゲームとはそうやってできている。


 仲間でも敵でも、芋ってる奴には罵声を浴びせ続けてきた。


「アナルがばがばのクソ漏らしが!」


「このおかま野郎が!」


「玉無しが!」


「金玉ついてんのかよホモ野郎が!」


「IDおぼえたからな! 次あったらケツの穴にお前が大好きな銃弾中出ししてやる! 直で銃口突っ込んで! ヒーヒーさせてやる! 死ねこのホモ虫が!」


「今、何でもするって言ったよね」  


 などなど、多彩な七色の罵声を浴びせてきたわけだが、息子はこの言葉に傷ついていたようだ。


 どんだけ繊細なんだよ息子、そんなんじゃこの令和戦国時代を生き抜いていけないぞ、とも思うが、二人しかいない家族で、一人しかいない同居人が、自分の性指向をバチボコけなしてたらそりゃストレスマックスなので、そこは正直すまんと思っている。


 息子に「スカートはきたい?」ときいたら、「パパははきたいのスカート?」と聞き返されたので、自宅の中でロングスカートで過ごしていたら、息子に虫を見るような目で見られた。なるほど、女装したおっさんは嫌いらしい、息子のすべてを知りたいわけじゃないが、地雷くらい知っておかないと今回の無限ハンドウォッシュがいつ再開されるか分からないので、いつも少し強めのアタックを心掛け、笛が鳴るか鳴らないかの限界を常に探っている。


 スカートはもうはいていない、あの衣服は優雅さ以外まるで機能的ではない。


 


「パパ、ゲーミングってつくと、なんでみんな光るの?」


「カッコいいから」


「カッコ、いいの、これ?」


「カッコいいだろうが!!」


「それじゃパパはゲーミングパパだね」


「え、俺禿げてきてる? マジで? どこ? どの辺?」


「ピカピカに光ってる」


「どこ? マジで?」




 この頃よく金髪JKとシャドバで対戦したりティックトックのおすすめバカ動画などを交換している。あいつもシャブさえ抜ければ真っ当に生きていくだろう。シャブさえ抜ければ。


 息子はデッサンが下手だった。マジウケるくらい下手だった。


 猫を飼うことにした。


 ツンデレは今も俺の生命線で、いつも食わせてくれる。俺はツンデレのヒモだ。




 俺と息子はまだ二人で暮らしている。 




                         END












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[良い点] また作品を読む事ができ感無量です。 疾走感のある文体とストーリーライン、 新たな時代の到来と、メッセージを感じます。 もっと気楽に楽しく生きよう! [気になる点] 主人公の友人の詳細(面…
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