Dランク
眠っている翔を背負い、幸生と唯は村へ戻ってきた。
村の入口で3人を出迎えたのは、レーナとラブだ。
彼女たちは無事に戻ってきた幸生に駆け寄ると、労いの言葉を掛ける。
「お帰りなさい、幸生さん」
「お疲れですワン!」
幸生も彼女たちの元気な姿を見て、安心した様子だ。
「レーナさん、それにラブもお疲れ様。こっちも問題なかったみたいだね。君たちがいてくれて助かったよ」
互いに言葉を掛け合い、無事であったことに喜びをかみしめる。
だが、彼の背で眠る翔に気が付くと、彼女たちの様子が一変する。
「翔! 幸生様、どうかなさったんですか?」
「大変だワン!」
驚いて目を見張るレーナと、慌てたように飛び跳ねるラブ。
翔を心配してのものだが、幸生としては眠っている弟を起こしたくはない。
「シー」と口に人差し指をあて、落ち着くように促した。
「あ……、すみません」
「お口をチャックですワン」
眠っているだけなのではと察し、慌てて口を塞ぐ。さすがにあれだけの大物相手では、翔も疲れたのだろう。そう思ったようだ。
2人は兄の背で気持ちよさそうに眠る翔を、温かい目で見守っていた。
「ところで、ベンは一緒じゃないみたいだけど、どうかしたのかい?」
幸生は村の守りを任せていたベンがこの場にいないことを不思議に思い、そう尋ねた。
彼にはカルムボアの相手をさせてしまっていたため、それを労いたい。そう思っていたのだ。
しかし、レーナからは予想外の答えが返ってくる。
「ベンなら村長の家に村の重鎮たちを集めて、会議を開いているわ。何でも、今回の報酬について話し合っているみたい」
「報酬?」
「ええ、いい機会だって言っていたわ」
「何だろ……、今回は指名依頼だから、村から報酬を貰わなくてもいいのに……」
この依頼はギルマスから直々に受けているため、ギルドからは十分な報酬が支払われる。それにストレージに入っているアヴィドボアやファングボアの素材を売れば、相当な額になるはずだ。
彼らにしてみれば十分すぎる稼ぎであり、村からの報酬なんて受け取れない。そう考えていたのだが……。
「そうね……。でも、私たちが遠慮したところで、村人たちが何かしらお返しをしょうって話になるでしょう。だから、そこをうまく纏めるつもりなんじゃないかな」
幸生の思いとは違い、レーナは現状をよく理解していた。
村人たちが恩を返そうとするなら、こちらの都合でそれを決めてしまおう。そう言うのだ。
「そうだね。もし僕が助けられた立場なら、やっぱりそうするかな」
彼女の意見を聞き、(自分でも同じことをするだろう)そう思い直した幸生は、むしろ払わせないための会議なのではないか、と判断した。
ただ実際には、味噌の増産計画を実行しているだけなのだが、彼がそれに気づくのはまだ先の話である。
そうしてベンが村長たちを引き留めているのだが、理由は他にもあるようだ。
「あとね、幸生さんが村に入ったタイミングで冒険者ランクが上がる可能性があるみたいなの。だから、仲間たちだけの方がいいって言ってたわ」
「……ランクアップ? でも、それって依頼達成の報告をした段階なんじゃないのかい?」
「そうね。私もそう思っていたけど、指名依頼はその脅威が去った時点で判断されるんだって。だから今回は、リーダーの幸生さんが村に入った時みたいよ!」
「……そうなんだ。魔物を倒した時でもないんだね……」
よく分からない話ではあるが、ギルドのランクアップシステムには女神が直接かかわっているため、詳細に不明な点が多い。今までの経験からこういうものだと判断してはいるが、正確なところは分かっていないのである。
とはいえ、それを疑問に思っても仕方がない。せっかく上がるのだから、素直に受けるべきであろう。
「よし、じゃあ、入るよ」
「「はい、お願いします!」」
3人は並んで村の入口を通過する。それと同時に、彼らの頭の中に、無機質で機械音のような音声が聞こえてきた。
『冒険者ランクがDに昇格しました。特典としてスキル【鉱石の知識】を習得します』
幸生と唯、そして眠っている翔にも、同じアナウンスが流れていることだろう。
だが、レーナだけは別である。彼女は今回の昇格でCランクに達したのだ。
「幸生さん……。私、Cランクになったみたいです。でも……」
驚きのあまり困惑するレーナ。それもそのはず、彼女の得た特典がヤバかった。
『冒険者ランクがCに昇格しました。一定の水準に達しましたので、特典が授けられます。
大盾ランクF、槍ランクE、これに伴い操馬スキルが馬槍術ランクFへと進化しました。
続きまして、女神ラルム様より祝福として聖属性を授かりました。
これにより水の適性が一定水準に達し、新たに水属性を習得しました』
最後までアナウンスを聞き終えたレーナは、その内容について考えを巡らせる。
(新たに得た大盾スキルは練習の成果だとしても、一度も経験のない槍スキルがいきなりEランクって。……たぶん、これが特典ね。それから馬槍術か……。騎士でもない私にできるのかしら。でも、まずは槍を手にいれなきゃね……。
あと、問題なのは、やっぱりこれかな。聖属性って、リナーテ様は私に何を求めているのかしら……)
寝耳に水、そう言ってもいいだろう。女神ラルム、そしてリナーテとの繋がりをもつ彼女でさえも、全く聞かされていなかったのである。
彼女の得たスキル。それは騎士職たちの栄誉とされる称号【パラディン】を得るために必要な要素であった。
☆ ☆ ☆
神域の湖畔にたたずむ白亜の城。
ここでは今、女神ラルム、そして女神リナーテがお茶会を開いていた。側に控えるのはメイド姿の下級神たちである。
この場に二柱の女神が顔をそろえていることもあり、彼女たちの表情は硬い。それぞれ緊張した面持ちで、不敬が無いようにと気を張っていた。
しかし、女神たちは話に夢中で、それを気にする様子は無い。女神にとって下級神とはその程度の存在であり、重要な案件を話している今は、特にどうでもいいようだ。
そして、その案件というのが、レーナであった。
「のう、リナーテや。おぬしが言うように、レーナへの祝福は聖属性にしたぞ」
「ありがとうございます。助かりましたわ」
「うむ、この程度のことなんてことはないのじゃ。まあそれよりも、おぬしは何を考えておるのじゃ」
「あら、何のことかしら?」
「とぼけても無駄じゃ。翔に聖剣を渡し、レーナにも聖なる武器を持たすつもりなのじゃろう。それにハヤトもじゃったか。皆、幸生の配下ではないか」
「うふふ、そうみたいね。でも、彼は勇者じゃないわよ」
「ムムム……。では、勇者は誰なのじゃ……」
いまだに誰が勇者なのか教えてもらえない女神ラルム。
だが、実はそれを楽しんでいる風でもあり、リナーテの打つ次の一手に期待してもいた。
「では、質問を変えるぞ。おぬしはレーナをどうするつもりなのじゃ。勇者の従者にでもするつもりなのか?」
「それは無いわ。だって、あの子はそれを望んでいないもの。でも、きっと役に立ってくれるわ」
「役に立つ? なんじゃ、何をさせるのじゃ」
「そうね……。あの子には幸生を守る壁になってもらうわ」
「壁じゃと。それはつまり……」
「違うわよ。幸生に寄り付く女たちから守るための壁よ」
「…………」
こうして女神ラルムと女神リナーテの不毛な会話は続いていくのである。




