村人たち
幸生たち、そしてこの村を守ろうとする木こりたちの活躍で、村は守られた。
彼らの戦いぶりに子供たちは歓喜し、大人たちは感謝する。そんな時を過ごした村人たちであったが、今は落ち着いた様子だ。
村を救った英雄たちを労おうと、人々の足は自然と広場へ向かう。
気の早い者たちはすでに準備を始めており、広場を囲うように松明が焚かれ、食器や食料などを運び込んでいる。
一時は、村を捨てようとまでしていた彼らだが、生きてこの地にいられる幸せを噛みしめているようだ。
もし、彼らの到着が1日でも遅れていたら、自分たちは生きていない。それを理解しているだけに、皆1人でいることが躊躇われた。
1人、また1人と人が集まり、いつの間にか殆どの村人たちがこの場に集まっていた。
そして、英雄たちが戻ってくるのを待っているのである。
今日、この村を襲ったアヴィドボア率いる魔物の群の魔物脅威度は、Bランクに相当する。そんなものが押し寄せるという恐ろしい状況ではあったが、幸いにも死者は出ておらず、戦いに参加した木こりたちの中にも命にかかわるような酷いケガを負った者はいなかった。
それでも、無傷というわけでも無く、今は村の治療院で治療師の女性の手当てを受けているところだ。
中でも、クリスは苦戦をしいられたため、腕を骨折するという大ケガまで負っていた。以前より強くなったとはいえ、まだファングボアを単独で倒すまでには至らなかったようで、突進をまともにくらい危機一髪のところを、駆け付けたレーナの援護で難を逃れたのである。
その後、彼女のサポートもあり無事に倒すことが出来たのだが、戦い終えた彼の表情は晴れ晴れとしたものだった。
前回は全くいいところがなく、今度こそと意気込んでいたため、彼にとってこの成果は上々だったのだろう。まだ興奮覚めやらぬといった様子で、薬を塗ってくれている治療師の女性に身振り手振りを混じえて戦いの話をするものだから、手当てが出来なく困っている様子だ。
仲間たちのケガの具合を心配で見に来ていたバランも『おまえ、本当に骨折しているのか?』と、呆れ果てていた。
結局、最後には彼がクリスを羽交い絞めにすることで、手当てを無事に終えることが出来たようだ。
一方、村長の家には、この村の顔役たちが集まっていた。
彼らは皆、先祖代々続く土地の所有者で、この世界が創られた当時からこの村に住む一族だ。
この村での取り決めは、すべて彼らの判断に委ねられ、この危機的状況に際しても、村長と共に村人たちを誘導し人々を逃がそうとしていたのである。
そんな彼らの勇気ある行動は、ベンの目にも留まっていた。
(どうやら信用できそうですね)
そう思うくらいの信頼を得ていたのである。
村長の家の会議室。
それぞれが決められた席に座り、目的であった話が始まるのを待っていた。
議長席に座る村長のセトは「揃ったようですね」と皆の顔を見て頷くと、まず感謝の意を述べる。
「お疲れさまでした。このような事態であったにもかかわらず、皆さんが無事で何よりです。
誰1人欠けることなく、また皆で会えた。この奇跡を起こしてくれた冒険者の方々へは、感謝の念に堪えません。
我々は、この御恩に報いるために何をしたらよいのでしょう」
元々はファングボア3頭の討伐として出した依頼である。それが実際にはアヴィドボア率いる群れがこの村を襲った。Dランク相当と思われた依頼がBランクにまで跳ね上がったのだ。普通であれば村は崩壊し、人々は皆殺しであったとても不思議ではない。
それが、誰一人死なずに済んだ。これ以上の奇跡は無いはずである。
だが、それと同時にある問題が浮上する。
「ええ、それは皆、同じ気持ちです。ただ……。
村長、今の我々に差し出せるようなものは、一切ありませんぞ」
命は助かった。しかし、Bランクの依頼ともなれば、その報酬は莫大な額となる。それこそ小さな村で払えるような金額ではない。
通常なら領主に奏上し、騎士、または冒険者が派遣され討伐することになるのだが、今回はそれをすべてすっ飛ばしてしまっている。
これでは、報酬の支払いを自分たちでするしかなく、彼らの頭の中もその事が気がかりとなっていた。
「今の状況でかき集めたとしても、精々1万リナ程度だろうぜ。Bランクだったら10万リナは払わなくちゃならない」
「そんなの、被害がなくても無理だ!」
農民である彼らにそんな貯えがあるはずもなく、ましてや今は被害を被った状態である。
お金を捻出するなど不可能であった。
とはいえ、もちろん幸生たちが彼らから無理やり報酬をねだるなんてことはない。
そもそも、この依頼は冒険者ギルドのギルドマスターであるグランから直接受けているため、彼らが報酬を支払う必要はなく、感謝の意を伝えるだけで十分なのである。
だが、そのことを知らない顔役たちは、どうしていいか分からず困っていた。
その様子をじっくり観察していた村長のセトは、ニヤリと悪い笑顔を浮かべると、ここである提案をする。
「そこで私から1つ考えがあるんだが……。まずは、彼の話を聞いてみて欲しい」
そう言って話を振った相手は、部屋の外に控えていたベンである。
村への補給物資を持ってきたことは知られており、戦闘にも参加していたため、彼を知らない者はいない。
「あなたはイヌヤマ子爵家の……」
部屋に入ってきたベンに、皆が注目する。子爵家に仕える彼が出てきたことで、なんとなく村長の企みが分かったようだ。
今回ベンがこの村に訪れた理由は視察のためと言っていた。それならば、この現状を理解し、子爵様にとりなしてもらうことも出来るのではないか。そう考えたのである。
しかし、彼から伝えられた話は、全く別のことであった。
「今回の報酬についての話し合いとのことですが、それでしたらこの村で作られる味噌の生産量を増やしていただけないでしょうか?」
「味噌、ですか……」
「はい、彼らはこの村の味噌をたいそう気に入りまして、普段でも食したいと申しております。
出来れば、定期的にイヌヤマ子爵邸に卸していただけないかと思いまして……」
村で作られる秘伝の味噌、それが報酬になるというのなら、村人たちにとって願ってもない話だ。
とはいえ、1つ問題がある。
「ええ、それは構いませんが……。ただ、材料となるコメと塩がこの村では採れないもので……」
この村にも川は流れているが、水量が少ない。そのため、稲作には適しておらず、豆やイモの栽培を中心に行っているわけだが、味噌づくりにはコメ、大豆、塩、そして麹が必要となる。
コメと塩は商人から買っているのだが、大量に仕入れることは難しいため、味噌づくりに回す余裕がない。
だが、その問題もあっさり解決する。
「そちらに関しては問題ありません。私どもと取引のあるアシューリ商会に運ばせますので」
「ええ、それでしたら私どもは……。ですが、本当によろしいのですか……」
そう、その条件は村人たちにとって都合のいいものであった。
しかし、これこそが村長とベンの考えた取引なのである。
ベンは幸生たちが望む味噌の安定供給を実現したい。そしてシダ村は、イヌヤマ子爵家とアシューリ商会という大きな後ろ盾を得ることになるのだ。
結局、満場一致で話は纏まった。
将来的には、アシューリ商会を中心とした味噌の流通を確立したい。そう思うベンの計画通りに事が進んだのである。
「いやあ、いい視察になりました」
それが彼の本心であった。




