理恵の真実
幸生は眠っている弟を唯に任せると、アヴィドボアとファングボアの回収に向かう。
全部で21頭と数は多いが、ストレージであれば問題ない。アッサリ回収を済ませ、2人のもとへ戻ってきた。
「まだ目を覚まさないのか?」
「はい、良く眠っておられます」
魔法で回復させたといっても、あくまでも表面上だけだ。流れた血液や精神的な疲労などは、休まなければ回復しない。本当の意味で元に戻るには、食事をとり眠るしかないのである。
とはいえ、村の様子も気になるため、いつまでも弟の目覚めを待っているわけにはいかない。
「……そうか。仕方ない、僕が背負っていくよ」
幸生は唯の手を借り、翔を自分の背中に乗せた。1つ違いの兄弟とはいえ、身長差は8センチもある。鉄の鎧などを着こんでいるわけでもないため、それほど苦にならないようだ。
「何か、こういうのも久しぶりだなぁ」
弟を背中に乗せて歩くなど、幼かったころにしか記憶にない。それぞれに専属のメイドが付くようになってからは、そういったことは皆無であった。
「そうなんですね。……そういえば、翔様はよく理恵さんに背負われてたような……」
「ははは、こいつはいつもコテンパンにされてたからな。まあ、彼女もアレで面倒見がいいから……」
幸生は昔を懐かしむかのように笑う。
修行という名目で翔を連れまわす理恵ではあったが、相手は大企業の社長令息ということもあり、その辺りはよく心得ていた。ムチャをさせているようで、その実、絶対にケガを負わないように細心の注意を払っていたのだ。
飴と鞭、それを上手に使い分け、手懐けていたのである。
「そうですね。あの方は翔様を実の弟のように可愛がっておられましたから」
「ああ、こいつも、なんだかんだで懐いていたからな」
稽古が厳しくて、いつも泣きべそをかいていた翔。それでも師匠と慕う理恵の後を追いかけ続けていた。
彼にとって理恵は、本当に姉のような存在であったのかもしれない。
「あっ、そう言えば。先程の翔様、どこか理恵さんに似ていましたよね」
彼女の言う先程とは、翔の様子が変わった後のことである。
山野家に仕えるメイドの仲間であり、大先輩でもある理恵は、彼女にとっても大切な存在だ。
若干14歳という若さでメイドのバイトを始めた彼女を、特に可愛がってくれていたのが理恵である。
中学に通う唯と大学に通う理恵。
学業と仕事を両立させることの難しさを理解できる相手であったことも大きく、同じ悩みを持つ2人だけに、通じ合うものがあったのだろう。
翔同様、彼女にとっても、いいお姉さんであったようだ。
「そうか……、気づいていたみたいだね。キミはさっきの翔をどう思う?」
「翔様ですか? そうですねぇ……、いつもとは違った気がします」
いつもとは違う、そう答えた唯に、幸生は真実をを告げるべきか悩んでいた。
理恵を敬愛する彼女には辛い内容であるだけに、躊躇っていたのだ。
しかし、これからも一緒に行動するのであれば、また同じようなことが起きるかもしれない。それなら、今のうちに伝えるべきだろう。そう思い直した。
「そうか……。
すまないが、今からキミに大切なことを伝えようと思う。だから、驚かないで聞いて欲しい」
「大切なこと、ですか? はい、わかりました。大丈夫です」
何のことかは分からないが、その内容が翔に関することは間違いない。そう思い返事をしたのだが、彼から語られた内容は、驚くべきことだった。
「さっきの翔のことなんだけど……。あれは多分、理恵さんだと思う」
「……理恵さん、ですか? えっと、それはどうして……」
翔が理恵であると言われても、全く意味が分からない。
確かに彼女っぽくはあったが、目の前にいたのは翔である。
イマイチ分からない説明に、唯は「う~ん」と首をひねっていた。
だが、彼の話はここからが本題である。
「これはあくまでも僕の推測なんだが……」
そう前置きしたうえで、続きを話し始めた。
「キミは理恵さんがテストプレイヤーとして『Sラン』に参加していたのは知っているよね。
その時のデータを基に再現されたAI、それが彼女みたいなんだ」
「AI、ですか……」
「そうだね。理恵さんのコピーといった方が分かりやすいかな。
それで、彼女の性格や行動パターン、考え方まで正確に再現しているんだと思う」
彼の話す内容では、理恵のデータをそのまま移したAIが存在するというものだ。
とはいえ、彼女の目の前には翔がいるだけで、その女性の姿はない。
それが疑問に拍車をかける。
「でも、それと翔様がどう結びつくんですか?」
「いいかい、リナーテによって作られた彼女は、人間ではなくプログラムなんだ。
だから、聖剣にそのすべてを記憶させる、なんてことも可能になる」
「…………」
さすがに理解の範疇を超えたらしく、「う~ん」と唸る唯。
幸生の説明では、まだ大事なことが述べられておらず、ピースが結びつかないようだ。
「じゃあ、ここからが本題。
これは本当に推測なんだけど……。
聖剣に意識を移した理恵の分身を解放することが、翔に与えられた使命だと思うんだよね」
「それじゃあ、翔様が対話を試みていた相手って、理恵さんなんですか?」
「そう。そして彼女は、翔の成長を待っているんだと思う。まあ、危険になったら手助けしてくれてるみたいだけどね」
「そっかー、それなら安心ですね。
でも、羨ましいなぁ。私も彼女と話しがしたいです」
理恵の経歴は、素人である唯ですらわかるほど、異常なものだ。そんな彼女が守っているのなら安心だろう。
そう思うのだが、それと同時に羨ましくもある。
姉のように慕う理恵との対話、それを彼女が願っても不思議ではない。
この世界に連れてこられて20日も経ち、すでに山野家で働く仲間たちが恋しくなり始めている。
そんな時に、仲の良い理恵と同じような存在がいると聞けば、会いたくなるのも当然であった。
とはいえ、ここからが一番の問題だ。
これを知れば、彼女は寂しい思いをすることになる。それが分かっているだけに、告げることが躊躇われた。
だが、それでも幸生は重い口を開く。
「そのことだけど……。
もし聖剣が覚醒し理恵との対話が可能になったとしても、たぶん彼女はキミのことを知らない……」
「えっ……、そんな、どうして……」
「さっきも言った通り、彼女はゲーム内のデータを基にして作られている。
だから、そこに存在しないキミのことは入力されていないと思う。そして、一緒に行動していない夢愛のことも……」
フルダイブによる体感型RPGとはいえ、やはりゲームである。そのすべてはデータ処理されているため、その中に存在しないものを入力することは不可能であった。
「私を覚えていない理恵さんなんて……」
唯は寂しそうに、そう呟いた。
姉のように慕っていた相手が、私を覚えていない。そんな切ないことがあるのだろうか。
そんな彼女を元気づけようと、幸生がらしくない言葉を伝える。
「心配いらないよ。元の世界に戻れば、本物の彼女に会える。だって、理恵さんはそこにいるんだから」
あまりにも似合わない臭いセリフに、唯も少し落ち着いた様子だ。
「ふふふ、大丈夫ですよ、分かってますから。でも、ありがとうございます」
そう言って、ニッコリと笑う。
その笑顔が、幸生には救いであった。
例え理恵とは会えなくても、彼女にはまだ自分が仕えるべき幸生たちがいる。
たった1人でこのような世界に放り出されたのであれば、耐えられなかっただろうが、彼らと一緒なら。そう思っているのだ。
その彼女の姿に、幸生もホッと胸を撫で下ろす。
専属メイドである彼女たちは亜衣も含めて仲がいい。その相手に自分の記憶がないと知れば、どれだけショックを受けることかと心配していた。
だが、彼女は幸生の想像以上に大人であった。現実との違いをしっかり受け止め、前を向く。そんな強さを内に秘めていたのだ。




