シダ村の戦い⑥
聖剣から発する光に包まれた翔が、再びアヴィドボアと対峙する。
先程までとは違い余裕さえ感じさせる彼の姿は、目的だった聖剣との対話を成功させたかのように見えた。
しかし、幸生にはそれが失敗していると分かっていた。
確かに翔は幸生のことを兄貴と呼んだ。しかし、その声こそ彼のものではあるが、纏う雰囲気は似ているようで少し違う。そして、幸生はその人物に心当たりがあった。
「バカな、ありえない……」
ふと沸いて出たその考えに、頭を振る。
彼女がこの世界に存在しているなど、無いはずだ。
それでも頭を過るのはその可能性。システム的には問題なく、データも保存されているはず。それならば……。
「まさか、ありえるのか……」
幸生はそう考え、身を震わせた。それと同時にリナーテが翔に聖剣を託した意味も理解する。
「そうか、だからリナーテは……」
それが答えであった。
アヴィドボアは、全く気配を変えた相手に恐怖心を抱いていた。
(こんなはずじゃあ)
それは心の声とでもいうべきか、ハッキリと表情に見て取れる。
浮かべる苦渋の表情は、自身の未来が見えないからだ。
さっきまでは普通の剣でしかなかった武器。それが実は聖剣だったなんて笑えない。
剣から発せられる聖なる光は魔物にとって脅威でしかなく、自分の体などアッサリ切り刻まれることだろう。
分が悪い。それが分かっているだけに、動けなかった。
しかし、まだ希望はある。
それを悟られず実行に移すためにも、今はジックリ相手を観察するだけであった。
「さあ、続きを始めようぜ!」
そう煽ってみたものの、アヴィドボアに動きはない。先ほどからずっと対峙したままだ。
いつまでたっても動きを見せない相手に、翔は苛立ち始めていた。
この体はすでに限界であり、時間も限られている。それにもかかわらず敵が動いてこないのであれば、自分が動くしかない。あまり負荷を掛けたくはないのだが、一撃で終わらせれば問題ないだろう。そう判断し動きを見せた、その時だった。
翔の様子を窺っていたアヴィドボアが一瞬の隙を突いて向きを変え、一目散に走りだしたのだ。
逃走するアヴィドボアに残された策は、進化することだけであった。
自身の進化が近い、そう感じていたのだ。
魔物が進化するには、いくつかのパターンが存在する。
強力な個体の持つ魔力に影響されて、新たな進化に目覚める者。
敵を倒すことで経験値を積み重ね、進化にたどり着く者。
そして、自身の体内にある魔石に、他者の魔石を取り込むことで進化する者。
もちろん、このような進化は『Sラン』に存在していないが、世界が現実となったことで、そのような要素が生まれた。
とはいえ、魔物たちには同種族内における共存共栄という潜在意識が植え付けられており、種族内で争う場合は縄張りによるものがほとんどだ。しかし、中には例外もいる。このアヴィドボアが正しくそうであった。
カルムボアを取り込めれば、最終形態であるワイルドボアへと進化するのでは、そう考えていたのだ。
そして、それが執拗にカルムボアを狙い続けた理由である。
ワイルドボアへと進化に至れば、その体は8メートルにもなり、スピードは別としても、パワーはもちろん、その圧力も大きく増す。
体のデカさはそれだけで武器であり、近寄るだけで圧倒できることだろう。小さな人間など踏みつぶしてしまえばいいのだ。
とはいえ、カルムボアを取り込むことは、すでに不可能となっていた。
さすがに村の近くまで逃がしてもらえるとは思えず、そちらに向かった仲間たちも苦戦している。追いつかれるのも時間の問題であり、逃げ切ることは難しい。
しかし、アヴィドボアの狙いは別にあった。カルムボアの代わりとなるものが近くにたくさん転がっているのだ。
(殺された仲間たちの遺体を吸収できれば……)
それが狙いであった。
反対方向へ駆けだしたアヴィドボアに、翔は少し思案する。逃げ切ることなど不可能であり、その目的が何なのか分からない。だが、向かう先を見れば、そこには兄たちに殺されたファングボアの遺体があった。
「進化、か……」
彼はすぐにその目的を理解し、進化などされては面倒だと追撃を開始する。
もし翔がどこかの星の戦闘民族などであったなら、敢えて進化を許したかもしれないが、わざわざそんな面倒なことをする奴はいないだろう。ましてや、今は限界に達した状態なのである。
「チッ、させるか! 【神速】」
スキル『神速』は、『瞬速』の上位互換ともいうべきの能力だ。一度に進める距離とスピードが大幅にアップする。
翔は一瞬でアヴィドボアの背後に迫ると、スキルを放つ。
「聖剣ジョワグラム、今ここにその力を示せ【グラビティ】」
グラビティとは重力。その恐ろしいまでの力がアヴィドボアを襲う。
「ギギギグッゴ」
よくわからない声を発し、膝をつくアヴィドボア。グラビティによって2倍に増した自身の体重を支えきれないのだ。
それでも何とか逃れようと足掻き始める。気合で立ち上がり、一歩また一歩と足を進めていく。
そんなアヴィドボアの正面に回った翔は、そこで衝撃の言葉を言い放った。
それは止めを刺すために放った言葉なのだが、問題なのはその前文である。
「フッ、ずいぶんと私の可愛い弟子を痛めつけてくれたものだ。それが許されるのは、私だけだというのに……。
お前の罪は万死に値する、その罪、地獄で悔い改めよ!【重破斬】」
すでに隠す気もないのか、堂々と言い放った彼女の言葉に、幸生の疑惑は確信に変わる。
「やはり……」
そう思いはするものの、今はただこの戦いを見守るだけであった。
翔は空中に飛び上がり、聖剣ジョワグラムを振り下ろす。アヴィドボアの体に触れることなく振るわれたその剣の効果は、恐ろしいものだった。
アヴィドボアの体に圧し掛かるのは、更に増した重力。その体は巨大な脂肪の塊であったため、体内の臓器、そして骨格はその圧力に耐えねばならない。
しかし、解けることなくかかり続ける圧力に骨は砕け、臓器は潰れ、そして……。
「ギィエエエエエエッ!」
その断末魔とともに、アヴィドボアの体は地に伏した。
グラビティとは対象とした地点の重力を自在に操ることが出来るスキルであり、重破斬はその重力を利用し、強い圧力をかけることで体内を破壊する技だ。
この力であれば、アヴィドボアが進化したところで、意味はなかった。むしろ今以上に苦しむ結果になっていたことだろう。
こうして、翔とアヴィドボアの戦いは終わったのである。
アヴィドボアとの戦いを終えた翔は、疲れ切った様子でその場に崩れ落ちた。
彼に纏わりついていた青白い光は消えており、手に持った聖剣ジョワグラムだけがボンヤリとした光を放っている。
幸生は膝をつき座り込む弟のもとへ駆けつけた。
「翔! 大丈夫か?」
そう問いかけるも、返事はない。どうやら意識はないようだ。
一緒にいた唯も駆け付け、翔の体を確認する。その姿はボロボロで、ところどころに大きな傷を負っているのが分かる。
「幸生様、翔様がケガを!」
「ああ、大丈夫だ。僕がすぐに治す。
聖なる光よ、弟を癒せ!【キュアヒール】」
水の青と、光の黄色。それらが混ざりあったような光が翔を包み込み、彼の受けた傷を塞いでいく。
同時に失った体力も回復したらしく、今は穏やかな寝息をたてていた。
「ふう、これで良しと。じきに目覚めるだろう」
「はい、眠っているみたいですね。安心しました」
唯は翔の状態を確認し、ただ眠っているだけであるとわかると、ホッと胸を撫で下ろす。仲間がケガをするような戦いを経験していなかったこともあり、少しショックを受けていたようだ。
翔の治療も終わり、幸生はジョワグラムへと視線を移す。
先程発した言葉『私の可愛い弟子』、それを言えるものなど1人しか心当たりがなかった。
「ありがとうございます。あなたが守ってくれていたんですね」
幸生のその言葉に応えるかのように、ジョワグラムは一度だけ瞬いて、静かに光を消した。
聖剣ジョワグラムに宿っているのは、翔の師匠である理恵だ。
とはいえ、もちろん本人ということではない。現実世界に存在する彼女が聖剣となってここにいるなど、ありえない。
では、どういうことなのかというと、その正体は彼女のアバターである。
メインコンピューター『リナーテ』には彼女の膨大なデータが保存されていたのだ。
もともと『Sラン』のテストプレイヤーとして参加していた理恵は、その中でも最強の名を欲しいままにしていた。現実でも実力のある剣士の彼女は、ゲームの中でもその力を存分に発揮できていたのだ。
そんな反則級の強さを誇る彼女に幸生はある依頼をする。
それはギルドマスターや騎士団長など戦いを強いられる職業を持つNPCたちへの、戦闘訓練をすることだ。配信が始まってしまったら、傍若無人に振舞うようなプレイヤーも出てくることだろう。そういった者たちを押さえるためにも、戦闘職のNPCは強くなければならない。
彼女に鍛えられたNPCたちの成長は目覚ましく、短期間のうちに一流の剣士へと育っていった。
そうして集められた彼女のデータを、専用に作り出したAIにすべて学習させたのである。
要は、彼女のコピーを作った。そういうことであった。
これにより、理恵が仕事でこれない時にも、NPCたちを鍛えられる。そういう状況を作り出していた。
その彼女が、今は聖剣へと姿を変え、翔を守っているのである。
突然の理恵登場ですが、もうちょっと布石を打つべきだったと反省しています。




