シダ村の戦い③
ラブを追いかけていたカルムボアは幸生たちを避け、村へと進路を変えた。
アヴィドボアへの生贄とするため、人の多く見える場所を選んで突破する、そう考えたのである。
腕の立つ者が村にいないのは、先日の戦いで確認済みだ。一応、木でできた簡易な柵も設けているようだが、その程度では自分たちの足止めにもならない。
確実に逃げ切るためにも多くの人間を犠牲にし、アヴィドボアからの注意を逸らす。
そういう計画であった。
しかし、それは7人の男たちによって阻止される。
カルムボアたちの前に立ち塞がるのは、ベンと6人の木こりたち。それぞれが武器を手に持ち、待ち構えている。彼らの顔に悲壮感はなく、むしろ待ち遠しい、といった様子だ。
「私がカルムボアを引き受けます。みなさんはファングボアをお願いしますね」
「「「「「「おう!!」」」」」」
木こりたちはベンの指示にそう叫ぶと、2手に分かれた。バラン率いる斧部隊、そしてクリスのいる剣部隊だ。それぞれ左右に分かれたファングボアに狙いを定め、突撃の合図を待っている。
ベンはどこからともなく取り出した2本の剣を両手に持ち、カルムボアと対峙する。
彼の武器は湾曲した双剣。一般的な叩き切る剣と違い、斬ることに特化した武器だ。イノシシの魔物であるカルムボアの皮下脂肪は厚いが、その肉は柔らかく、刃も入りやすい。
「どうやら盛大な焼肉パーティーが開けそうですね」
そう言った彼の表情は、少し綻んでいるようにも見える。
それに対し、カルムボアはどこか引きつった表情だ。強者はいない、そう判断していたにも関わらず、目の前にいる男からは嫌な気配を感じる。
しかし、今更引き返すことなどできるはずもなく、計画通りここを突破する道を選んだ。
そうして始まったベンとカルムボアの戦いであったが、その決着は早かった。
突撃してくるカルムボアを軽くかわし、ベンは双剣を振るう。その動きは、まるでダンスでも踊るかのような優雅さで、見事な足さばきを披露する。交錯するたびに血しぶきが舞い、徐々にカルムボアの体に傷が刻まれていく。
猪突猛進という言葉があるように、その攻撃パターンは限られていた。頑丈な牙を武器とした突進、体を上下左右に振る大暴れ、そして厄介なダイビングプレス。
大暴れは密集した場所では脅威だが、こんな何もない場所では意味がないし、ダイビングプレス――ジャンプして体当たりをしてくること――も同様で、予備動作も大きく、警戒していれば避けることも難しくない。
まだ進化後それほど経っていないこともあり、動きが雑で、経験の浅さを露呈していた。
「そろそろ終わりにしましょうか」
そう言ったベンは、剣を持ったままの両手に魔力を流す。右手に黄色い光、左手は白い光が現れ、双剣ごと包み込む。
「秘儀【双竜連撃】」
技名と共にカルムボアめがけて剣を投げつけるベン。そのさなか、刃に纏わりついた黄色と白の光が竜の頭部へと変化する。双頭の竜となった2本の剣は、怖気づいたカルムボアの体に食らいつくと、そのまま貫いた。
「ズドオオーーン」
と、大きな音を立て、カルムボアの体が沈む。
「どうやら大技を使いすぎましたか。……素材が傷んでしまったようですね……」
ベンは傷だらけとなった獲物を見ながら、ポリポリと頬を搔いていた。
一方、木こりたちもベンとカルムボアの戦闘開始を合図に、動き出していた。
バランは大きめの戦斧を持ち、魔物の前に立ち塞がる。
ファングボアの突進力は脅威だが他に攻撃手段はなく、動きさえつかめていれば問題ない相手だ。
両の牙を低く構え突き上げを狙ってくるファングボアの突進を難なくかわし、隙を伺う。
仲間の木こりたち2名は待機策だ。頭領の邪魔をしないように、様子を見ている。
何度目かの突進をかわしたバランは、そのスピードに慣れたようで、タイミングを計り斧を振るう。
交錯するたびに響き渡るのはガキーーンといった斧と牙の衝突音だ。狙い定め、正確に同じ場所を叩くその技術は、日々の仕事で培われたものなのであろう。
やがて疲労に耐えかねたファングボアの牙がバキッと折れ、その衝撃で立ち止まる。
それを待っていたかのように飛び出してきた2人の木こりが斧を振るい、ファングボアは息だえた。
もう1頭のファングボアへは、残りの木こりたちが向かう。先陣を切るのはクリスだ。若さというのもあり、彼の身のこなしは軽い。持ち前の機動力を生かし、素早い動きでファングボアへ襲い掛かる。
彼の持つ武器は鉄製の長剣。一般的に量産されているもので特別な能力は無いが、彼の筋力では戦斧よりも軽い剣の方があっているのだろう。
ひとまず先制攻撃を与え、立ち止まらせることに成功したクリスは一旦引いた。
メインで戦うのは先輩の木こりたち2人である。
「クリス! 止めはお前が刺すんだぞ!」
そう言われて、今は様子見に徹している。
2人の先輩たちが持つ武器も、クリスと同じ長剣である。2人はファングボアを挟み込むような位置取りで切っ先を向け、強力な突進を許さない。その連携は素晴らしいもので、完全に動きを封じていた。
ジリジリと歩み寄る2人の男に、ファングボアも痺れを切らす。そこで発動されたのが大暴れだ。縦横斜め、縦横無尽に飛び跳ねる。
だが、こうなれば後は止まるのを待てばいい。大暴れとは興奮状態のことで、散々暴れた後はフリーズ状態となる。大技でもあるため、硬直時間が長いのだ。
そうして訪れた静寂の時。フリーズして動けないファングボアに、クリスの剣が振り下ろされた。
「グオォォォ」と奇声を発し、ファングボアは崩れ落ちる。
こうして、戦いは終わった。
それぞれの戦いを終えた木こりたちがベンのもとに集まってくる。
「いや~、カケルさんの動きに比べたら大したことありませんね」
「そうだな。所詮ファングボアだしな。あんなもんじゃないか」
と、強気な発言をする木こりたち。だが、それは慢心からではなく、翔との実践的な稽古を積んだことによる自信からくるものだ。
「皆さんお疲れ様です。よく頑張りましたね。ですが、次の戦いがすぐに始まります。今度は1人1殺でいきましょうか」
ベンはこの流れを利用し、木こりたちに新たな課題を与えた。彼らの実力が十分に備わっていると判断したためである。
これから迎えるのは10頭のファングボア。ベン1人で対応するには難しく、彼らの力が必要であった。
「任せてくだせい。おい、お前ら! 俺たちで村を守るぞ!」
「「「「「おう!!」」」」」
木こりたちは気合を入れなおし、新たな戦いへと踏み出していった。




