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異世界転移

 レーナの登場とともに、幸生たちを囲う深い霧が晴れていく。次第に周りの景色がはっきりと見え始め、そこが彼らにとって見慣れた場所であったことに気づいた。


「転生ルーム?」


 幸生はそう呟いた。


 この場所は転生ルームと呼ばれ、本来ならレーナが女神役として待機している部屋だ。

 彼らは昨日この部屋を訪れているのだが、明らかに異なる点が存在する。

 それは部屋の中央に描かれた大きな魔法陣。

 ニつあったはずの魔法陣が、今は一つしか描かれていないのだ。


「あれ? ここって、転生ルームじゃん」


 (カケル)もここがどこか気づいたらしく、キョロキョロと辺りを確認すると。


「なんだよ、全然異世界じゃねえじゃん。やっぱりオープニングの撮影なのかよ!」


 と、見慣れた景色にホッとしたような、それでいて少し残念そうな表情でそう呟いた……が、レーナはそれを否定する。


「いえ、そうではありません。みなさんはリナーテ様のお力で別の空間に隔離されていたのです。ラルム様がお帰りになられたため、この場所に移動させましたが、ログアウトは出来ません。この魔法陣の行先は、一か所だけなのです」


 そう語るレーナであるが、そもそも幸生が返事をしたことで、彼らに帰るという選択肢はなかった。


 レーナは、リナーテに起きた事、そして今の状況を簡単に説明するが、その間、夢愛はまだレーナに抱きかかえられたままだった。

 兄たちと一緒とはいえ、彼女はまだ12歳の少女である。やはり心細かったのだろう。大好きなレーナに会えたことで安心し、少し甘えていた。


「レーナお姉ちゃん あったか~い」


 幸生はこの言葉に違和感を覚えた。ゲームであれば体温を感じることはないはずだ。


「レーナさん? ですよね。 ほんとうに?」


「はい! そうですよ、幸生さん。私は本物のレーナです」


 彼女は笑顔でそう答える。

 今までの話の流れから、すでにレーナが人であるということは理解しているつもりであったが、どうしても受け入れることができなかった。しかし、夢愛を抱いている姿があまりにも自然すぎて、幸生は戸惑っていたのだ。


 そんな兄への援護射撃というわけではないのだろうが、翔は無頓着にこう言い放った。


「何言ってんだよ兄貴! どう見たってレーナさんじゃんねえか」


 兄の複雑な感情など理解せず、ましてやその重要性など全く分かっていない翔は、普段と変わらぬレーナの姿をそのままに見ることができたのだ。


 とはいえ、そんな翔もレーナに抱えられた妹の姿に、驚きの声を上げる。


「ああああああっ⁉ ゆ、夢愛。そ、その恰好は……」


 目を見開き見つめるその視線の先は、彼女のパーカーに描かれているデザインだ。


 今の夢愛の服装はアバターと同じ赤いパーカーではあるのだが、背中には今にも飛び立とうと翼を広げたペガサスが描かれ、そして胸元には可愛くデフォルメされたペガサスのワッペンが付けられていた。

 これは夢愛がデザインしたユアイブランドのパーカーで幻獣シリーズと呼ばれるものだが、これと同様に幸生もユアイブランドの白衣に似せたトレンチコートを着ている。あまり服装を気にしない幸生を思い、亜衣が特別にデザインしたもので、今では彼のお気に入りとなっていた。

 そして翔も革ジャンではあるのだが、唯デザインのライダースジャケットであった。


「兄貴も……って、それ普段着じゃん。

 ……ん、ええーっ⁉ マジか、俺も、アバターじゃない……」


 今の今まで気づいていなかったのかと、幸生も夢愛も呆れた様子だ。


「なんだおまえ、今頃気がついたのか? まあ、僕も直ぐというわけではないが、夢愛は最初から分かっていたみたいだぞ!」


「えーっ、だって翔お兄ちゃんモフモフじゃないんだもん! モフモフしたかったのに……」


 そう、夢愛が兄のケモミミ、ケモシッポを見てモフらないわけがないのだ。

 最初は気が動転して、というわけではなかった。


「うわー マジかぁ。知ってたんなら教えてくれよ!  

 ……あ、夢愛はモフモフ禁止な!」


 もちろん禁止といわれてやめるような彼女ではないのだが、ちょっと拗ねたようにレーナにしがみつく。そんな夢愛をレーナは愛おしそうに抱きしめていた。


 その様子を眺めていた幸生は、ようやく気持ちの整理がついたようだ。


「レーナさんは、もう人間になったんですね」


 まるで自分自身に言い聞かせるかのように、そう呟く。


「はい! 私もようやくこの姿になることができました。 本当に幸せです!」


 他の仲間たちが次々に人の姿となっていく、それが羨ましかったのだろう。そして、自分はいつまでたってもそのままの姿であったことが、寂しかったに違いない。

 しかし、結果的に幸生たちと楽しい時間を過ごせていた、というのも事実なのである。


 とはいえ、いつまでもこうしてはいられない。


「幸生さん、翔、夢愛ちゃん よろしくお願いします。今から、始まりの街ジョワラルムに移ります。その後のことは、あちらにあるお屋敷についてから話しましょう」


「お屋敷⁉ 良かったあ、いきなり野宿とかじゃないんですね」


 異世界転移の定番と言ったら森の中ではあるが、そうではないらしい。


「はい、イヌヤマ子爵邸でお世話になる予定ですので、安心してください。では、皆さん、参りましょう」


「お願いします!」


「よし! じゃあ、行こうぜ!」


「でも異世界だよ~ 楽しそうだよね~」


 そんなことをいう夢愛は、いつもの調子に戻っていた。今度はレーナと手をつなぎ嬉しそうだ。


「移動しますので魔法陣の上にお願いします」


 レーナは全員が魔法陣に入ったのを確認すると、何事か呟いた。すると、魔法陣が青く光り、輝き始める。魔法陣が青い光にすっぽりと包まれると、徐々に周りの景色がゆがみだし、更に激しい光に包まれ一瞬の浮遊感ののち静かに光は消える。

 そこには誰一人残っている者などなく、何事もなかったかのような静寂に満ちていた。


 その数秒後、幸生たちは見知らぬ部屋にいるのだった。



____________________________



 ここは始まりの街ジョワラルムにあるイヌヤマ子爵邸。

 今この屋敷では、幸生たちを迎える準備が急ピッチで進められていた。


「よう、タカシ! 遅かったな。今着いたのか?」


「ハヤトさん、お久しぶりです。何とか間に合いましたよ」


「うふふ、ハヤトさんも相変わらずお元気そうですね」


「おう、ミホ。あんたも元気そうでなによりだ」


 タカシと呼ばれた青年はリョウイチ・イヌヤマ子爵の長男で、ミホはその妻である。

 ジョワラルムをおさめているのはカウラス・ロブソン伯爵なのだが、リョウイチは自身の領地を息子のタカシに任せ、派閥の長であるロブソン伯爵に仕えていた。


 イヌヤマ子爵領はロブソン伯爵領の隣で、ジョワラルムから馬車で1日ほどと距離も近い。

 東の海岸線に向かい、そこから少し南下したところにある港町メモーリナを領都と定め、他は村が2つに魚村が2つと、おおよそ子爵領と呼べるような規模ではないが、特産品の塩と新鮮な魚介類をジョワラルに卸すことで潤っているのである。


 2人は、今朝早くにイヌヤマ子爵領を出て、たった今ジョワラルムに着いたところだ。


「おや、リンがいないようだが、どうかしたのか?」


「あ、はい。領内で怪しげな魔物の目撃情報がありまして、念のためリンには残ってもらいました」


「あの子には可哀想なことをしてしまいましたわ。せっかく楽しみにしていたのに……」


 リンというのはタカシの妹で、年齢(とし)はまだ13歳と若い。

 それでいて、怪しげな魔物の目撃情報があったから任せてきたとは、余程信頼されているのだろう。


「おいおい、怪しげな魔物って、あいつ1人で大丈夫なのか?」


「騎士団も成長していますし、いざとなったらリナーテ様に結界を張って貰うといっていましたので大丈夫でしょう」


「私たちの誰かが残っていないと、リナーテ様に連絡を取れませんものね」


 彼らの会話から、どうやら女神となったリナーテに連絡を取る手段を持っているようだ。


「そうか……、 嬢ちゃん悲しむな!」


「そうですね、カナもおりませんし」


「いやいや、あいつはここに入れんだろ!」


「アハハ、そうですね。だったら、幸生さんたちには子爵領まで来ていただきましょうか? それならカナとマモルも……」


 と、そこで言葉を詰まらせた。どうやら何か困ったことが起きているようだ。


「なんだ? カナとマモルは、まだ連絡が付かないのか?」


「はい、もう半年になります。何事もなければいいのですが……」


「なぁに、あいつらは強えぇからな、大丈夫だろ!  そのうちひょっこり帰って来るさ!」


「そうだといいのですが……」


 と、ハヤトの言葉に頷いてはいるが、タカシの表情は冴えないままだった。



♢♢♢


 一方、メイド達はというと、これから迎えるお客様のことで雑談を繰り広げていた。


「幸生様ってどんな方なんですかねぇ。 優しい方だといいな」


「翔様も気になりますわね。ご兄弟ってことですし」


「夢愛様は、とっても可愛らしいそうよ!」


 これから自分たちがお世話をすることになる幸生たちへの興味が尽きないようだ。


「ねえ、あなたは知ってるんでしょ。教えてよ! 幸生様たちご兄弟は、どのような方なの?」


「そうですねぇ、 幸生様はとっても頭が良くて優しくて、でも時々ドジですごく可愛いです」


「なんだかよくわかりませんわ。たぶん、もやしっ子ですわね」


 彼女の説明ではまとまりがなく、イメージがわかないようだ。結果、残念な感じになっている。


「じゃあ翔様は?」


「翔様はですね、とっても運動神経がよくて、どんなスポーツも軽くこなしてしまうんです。でも私には、師匠の理恵さんにいつも泣かされているイメージしかないんですよね……」


「あら、ちょっと情けないわね」


 彼女の印象では、翔は泣き虫な少年といった感じらしい。


「じゃあじゃあ、夢愛様は?」


「夢愛様はとっても可愛いですよ! 愛らしいと言ったらいいのでしょうか、それはもうずっと見てられます」


「なんかよくわからないけど、とんでもなく可愛いということだけは伝わってきたわ」


「はいはい、おしゃべりはそこまでにして手を動かしなさい。間に合わなくなりますよ」


「「「はーい!」」」


 そんな話をしていた。


♢♢♢


 イヌヤマ子爵邸の執務室。

 この部屋にいるのは、当家の主人リョウイチ・イヌヤマ子爵と、その妻ミユキ、そして執事のオルトの3人である。

 部屋の中央には大きな魔法陣が描かれていて、彼らは幸生たちの到着を待っているのである。


「いよいよですな」


「そうですねぇ でも幸生様は、私の事わかるのかしら?」


「いえ、ミユキはずいぶん見た目が変わってしまっておりますから、さすがに難しいでしょう」


「あら、あなたこそ、だいぶ優しそうなお顔になってしまわれているので、わからないと思いますわ」


「いやいや、 お二人ともずいぶん変わっていらっしゃるので、気づいてもらえないでしょう。その点、私は何も変わってませんので」


 彼らの正体はレーナ同様、最後までゲームの中に残っていた自我に目覚めたAIである。

 もともと将棋ゲームの棋士をしていた者たちなのだが、新しいゲームのNPCになる際、必要に応じて姿を変えたのだ。

 彼らは自身の本当の姿を幸生に気づいてもらえるのか、心配していた。


「オルトは見た感じ変化はありませんけど、その筋肉は変ですわ。幸生様はそういった変化に弱いのよ」


「いえいえ、ちょっと目覚めてしまいましたが、御二人に比べたらこのくらい問題ない範疇でしょう。強面だったリョウジがそんな優しそうな男前になってしまっているし、ミユキさんなんて若返り過ぎて、もう20代にしか見えませんよ」


「あら? オミト、それは褒めてくれているのかしら」


「ミユキさん、私はオルトですよ。間違えないでくださいね」


「それを言ったら、あなたも主人のことをリョウジと呼んでいましたわ」


 そんな会話をしていると、魔法陣が黄色く光り出した。その光は更に激しさを増していく。


「「いよいよですな!」」


「いよいよですわ!」


 そして、黄色い光に包まれた魔法陣の中に、4人の人影が現れるのだった。












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