始まり
きれいに並んだソラマメの畑。枝も大きく育ち、サヤもよく膨らんでいる。すでに垂れ始めているものも多く、収穫間近であろうことが伺えた。
これらの畑はまだ被害を受けておらず、その生育ぶりから今日にも狙われるのでは、というのが村人たちの予想だ。
そこに幸生たちは潜んでいた。
予定では、そろそろ魔物たちが現れるはずである。
今日は月夜であるため明るさは十分にあった。だが逆に、姿は丸見えだ。それでは魔物たちを警戒させるだけである。
そのため隠れる場所が必要だったが、ソラマメの枝は1メートルにもなるため、身を隠すには丁度よかった。少し屈んでさえいれば、魔物たちに見つかる事は無い。
実際は椅子を出し優雅に紅茶を啜っているのだが、今夜は長丁場だ。魔物たちが決まった時間に現れるわけではないため、ずっと気を張っているわけにもいかない。適度に寛ぐことが重要なのである。
村の畑は広い平野部にあるので森からは遠く、カルムボアたちが姿を見せてから動き出したとしても、十分間に合う。その際気を付けるべき点もあるのだが、風下に陣取っているので問題はない。
ボア系の魔物は元が猪とあって、鼻が利くのだ。匂いだけが、注意するべき点であった。
討伐に参加するのは時の絆のメンバーたち。ベンは村に残り、万が一に備えている。
幸生たちが身を潜めている場所に魔物が現れると決まっているわけではないので、この分断は仕方がないのだろう。
村には丸太と木の板を組み合わせた柵が設けられているが、敵は巨大な猪。その程度の柵などひとたまりもない。腕の立つ者が1人は必要だった。
とはいえ、その状況に奮起した者たちがいる。それは、前回の戦いで大ケガした木こりたちだ。
せめて村だけは自分たちが守ると息巻いている。というのも、彼らは翔との稽古で何かを掴みかけていた。
上位者との戦闘経験は、その身を大きく成長させる。元がゲーム仕様の世界であるため、経験イコール能力の上昇となるのだ。
彼らはすでに以前とは違っていた。
こうして準備万端で待っていたのだが、魔物たちは一向に姿を見せない。
魔物たちは深夜から明け方までの間に現れるという話なので、今日は遅いのだろうと思われた。
「遅っせいなぁ……」
そろそろ翔が焦れてきたようだ。
手持ち無沙汰に聖剣を抜き、意識を集中させる。それは聖剣との会話を試みようとする行いだ。
しかし、うまくいかなかったのか「おっかしいなぁ、さっきは出来た気がしたんだけど……」と首を傾げていた。
一方、レーナと唯は雑談を始めていた。
その内容は、カナについてである。
「あの~、カナさんて、もしかして……」
「ええ、そうよ。ずっと連絡が取れなくなっていたけど、戻ってきたみたいね」
レーナはカナがいなくなった経緯を簡単に説明する。彼女は妹のアオイを探すために旅立っていったのだ。
「では、妹さんが見つかったってことですか?」
「そうね。でも、話を聞いた限りでは、まだ安心はできないみたいね。世界樹に匿われているって話だから、今の状況はかなり危険じゃないかしら」
レーナは夢愛を通してカナと話をしていた。そして現在の状況を正確に把握しているのである。
「でも、それじゃ……」
彼女の言わんとしていることはよくわかる。だが、それを決めるのは幸生であって、レーナではない。
「大丈夫、幸生さんが助けてくれるわ。それに夢愛ちゃんもいるでしょう」
大切な妹が向かった戦場に幸生が行かないはずもなく、レーナは安心して彼の指揮に身を任せていた。
そして幸生は、夢愛からメールが届いた時のことを考えていた。
破壊の魔人アウル率いる魔物の軍勢が幻影の森へ侵攻した、という情報を夢愛から受けた彼は、悩みはしたが目の前の戦いに集中すると決めた。
エルフの里の状況は気になるが、今の彼は依頼を受けた冒険者である。直に冒険者ギルドから指名され受けた依頼であるため、こちらを放り出して救援に向かうわけにはいかないのだ。
幸いにも魔物の討伐は、今夜中に片がつく。幻影の森まではここからさほど遠くはないため、1時間ほど馬車を走らせれば森の入口までたどり着けるだろう。魔物の活動が活発化する夜中に馬車を出すわけにはいかないが、明日の朝でも十分間に合うはずだ。そう考えていた。
だが、幸生には1つだけ懸念する材料があった。それは魔物たちのリーダーがアウルであった点だ。
破壊の魔人、この設定を作ったのは幸生自身なのである。
アウルに与えられた使命は、定期的に町や村を破壊すること。勿論、最終的には冒険者に倒されてしまう役目だが、そこはゲームである。壊れたものは修復されるし、死んでしまった人々も復活する。それはアウル自身もそうだ。
「ガハハ、幸生様から直接受けた命である以上、このアウル、必ずや遣り遂げてみせましょうぞ」
そう言って汚れ役にも関らず、笑顔で承諾した。
これ以降、アウルの名は恐怖の対象となっていく。
偶然居合わせたランクの低いプレイヤーは、運が悪かった。そういうイベントなのである。追い込まれた状況からも無事生き延びる、それが重要なのであった。
とはいえ、それが現実であったならば話は変わる。死んでしまったものは、そこで終わり。生き返ることなどできないのだ。
自分の作り出した設定で多くの人々が死ぬ。それを許容できるものではない。
もちろん幸生が悪いわけではないが、彼はアウルを良く知っていた。ある意味真面目で実直、自分に与えられた使命は確実に遂行する。
そんなタイプのAIであった。
もし彼が、この世界に来てまで使命を果たそうとしているのであれば、それを止めることが出来るのは幸生しかいない。
(アウルに会わなければ)
そう決意するのであった。
幸生は夢愛と何度かメールのやり取りをし、少しずつ計画を詰めていく。
救援組はもうすぐ出発し、夜のうちにエルフ族の里へ着くつもりのようだ。状況によっては即参戦となるため、幸生は彼女に無理をしないようにと伝えた。
自分がいれば守ることもできるのだが、今はただ無事を祈るのみである。
そんなことを考えていると、にわかに空気が重くなるのを感じた。
それと共に聞こえてくるのはドドドという地響きだ。その数20は超えている。
「な、何にが起きているんだ!」
状況が呑み込めないのは他のメンバーも同じである。
「おい、なんだよこれ。変じゃねえか?」
「20、いや30ほどでしょうか? どうやら異常事態のようですね」
そう冷静に分析するレーナであったが、手は小刻みに震えている。
それは武者震いなどではなく、恐怖からくるものだ。
明らかに異質な存在。それを感じ取っていた。
そして唯はそっと幸生の後ろに隠れた。ほとんど戦闘経験の無い彼女でも感じ取れるほど、その空気は異常だったのだ。
とはいえ、何が起きているか分からない以上、彼らは動くことが出来ない。ジッと様子を見守るだけである。
ただ、何が起きても対処できる準備だけはしていた。
いつでも戦いに飛び出して行けるよう、戦闘態勢に入っていた。
それぞれが覚悟を決め待っていると、ついにその時は訪れる。
地響きは次第に激しさを増し、ドゴォォォンと木々のなぎ倒される音まで響いてきた。
西の森まではかなりの距離があるが、それを感じさせないほどの凄まじい音だ。
次の瞬間、すさまじい勢いで森から抜け出してきた者がいた。そのまま真っすぐこちらに向けて走ってくる
「オオカミ? いや犬か!」
その姿は巨大な犬。犬種にしてラブラドールレトリバーである。
その背に何か乗せていたが、幸生にはまだ見えていない。
「あれってまさか……」
レーナは何かに気づいたように、そう叫ぶ。まだハッキリ見えないが、その姿といい、大きさといい、夢愛の契約していた精霊に似ているのだ。
とはいえ、今はそれどころではない。
「おい! あれって大丈夫なのかよ」
そう叫ぶ翔の視線の先には新たな魔物の姿があった。
次に森から駆け出てきたのは3頭の大きな猪だ。
「イノシシ! カルムボアか、いや待て、アイツラも追われてるぞ」
幸生の予想通り、カルムボアと2頭のファングボアが猛スピードで、こちらに向かってくる。
だが、それは犬を追いかけているというより逃げている、といった様子だ。
「ヤバい。あいつらもこっちに来るぞ!」
「幸生さん、あの犬を助けましょう!」
結果はどうあれ追われていることに違いはない。カルムボアを村に近づけるわけにもいかないので、助けることは必然であった。
だが、事態はまだ終わりでない。まだまだ地響きは聞こえてくるのだ。
そして、とうとうその元凶が姿を現した。生えそろった木々をなぎ倒し大きな土煙と共に飛び出てきたのは、ひと際大きな猪である。
「まさか、アヴィドボア……。どうしてここに……」
すみません、遅れました。
次回はいつも通り投稿する予定です。




