特訓
怪我を負った村人たちを回復させた幸生は、翔に彼らの稽古を任せた。
ほんの1、2時間程度ではあるが、普段から仕事で鍛えている木こりたちなら多少なりとも成果はあるだろう。そう考えたのである。
村の広場へ意気軒昂にやってくる木こりたち。それもそのはず、複雑骨折など重体であった彼らをあっさり治療した幸生が、稽古をつけてくれると言うのだ。ファングボアにコテンパンにやられ、自信を失っていた彼らには朗報であった。
((((このチャンスに力をつけ、今度こそ村を俺たちが守る))))
皆、その思いを胸に集まってきたのである。
しかし、現場はというと、彼らの予想とはだいぶ違っていた。
「カケルさん、もう勘弁してくだせい。これじゃあ、魔物と戦う前にボロボロですや」
そう愚痴をこぼすのは木こりたちの頭領であるバランだ。赤茶けた髪色にブルーの瞳で、厳つい顔つきをした30代前半くらいの男性である。
クリスの案内で真っ先に治療された彼は、先に来て特訓を始めていたのだが、その姿は無残なものであった。
「心配すんな! 手加減してっから死にゃしないよ」
「いやいや、そう言うことじゃなくてですね。……せっかく治してもらったのに、またケガをしてちゃあ意味がないでしょう」
すでに満身創痍となったバランは、稽古から逃れようと必死に言い訳を始める。だが、勿論そんな理由で止めるはずがない。
「……ん、何言ってんだ? そんなの兄貴にまた治してもらえばいいじゃねぇか。
ほら、そんなことより再開するぞ!」
そもそも幸生がいる時点でその言い訳は通用しない。むしろ、どんどん行くぞと気合を入れた様子だ。
「そんなんじゃ、一瞬で死んじまうぞ。目をそらすな! ジックリ見てりゃ、いずれ見えるようになるさ」
そう発破をかけながら、リズムよく追い込んでいく。そこに隙があるのだが、バランは全く気付いていない。それどころか、翔の振る木刀を必死で捌くだけで精一杯な様子である。
だが、それがいつまでも続くものでもない。なんとかギリギリ凌いでいたが、ちょっとした隙を突かれ「バシッ」と手の甲を叩かれた。
「痛ッテエェェェェッ!」
「おっと、すまない。うっかり小手打ちしちまった」
あまりの痛みに木刀を落とすバラン。そのまま打たれた右手の甲をギュッと押さえうずくまる。
「まずいな。すぐ兄貴に治療してもらってくれ」
骨折してるかもと思った翔は、すぐに兄のもとへ向かうようバランに指示を出した。
剣を持てなくしてしまっては練習にならない。これは明らかに彼のミスであった。
長年、剣道に打ち込んできた翔にとって、面、胴、小手、突は癖のようなものである。毎日のように竹刀を振るい染み付いた軌道は無意識下であっても間違える事は無い。
彼の師匠である理恵は少年だった翔にみっちり基本を叩き込んでいた。いざという時に役立つのは、やはり基本であるため、それこそ何度も何度も繰り返させる。まだ10歳にも満たない翔少年には過酷な練習であったが、彼は全く音をあげず、嬉々として取り組んでいた。
それこそが彼の才能であり、天才と言われた本当の理由だ。派手さを喜ぶ年頃ではあったが基本を疎かにしない姿勢、それがどんなスポーツにおいても重要だと理解していた。
だからこそ、うっかり打ってしまったのだが、翔に後悔はない。彼のミスではあったが、結局は打たれる方が悪いのである。
「じゃあ、次は誰だ」
と、すでに切り替えていた。
そんなやり取りを見ていた木こりたちは、先ほどまでの威勢が、すっかり無くなっていた。
「なんか聞いていた話と違わねえか?」
それが皆の本音である。
彼らが期待していたのは指導であり、こんな問答無用の戦いではない。
「どうするよ」
と、戸惑った様子だ。
治療を受けた木こりは6人。先ほどバランが退場したため、残るは5人だ。皆、痛い思いはしたくないらしく、しり込みしていた。
だが、ここで1人の勇敢な男が立ち上がる。木刀をギュッと握りしめ、翔の前に歩み出る。
「次は俺だな。カケル君、お手柔らかにね」
「クリスさんか。お手並み拝見ですね。お願いします」
普段は雑な口調の翔も、こと試合となれば礼儀正しい。ましてや、見た目が日本人っぽいクリスである。ここは丁寧な挨拶をと心がけ、きちんと頭を下げた。
そして始まった稽古という名の公開リンチ。まあ、翔にそんなつもりはないが、彼らにはそう見えていたであろう。そして……。
「ちょ、ちょっと待て。ヒッ、ヒィ……バコッ!」
「クリスさんはビビり過ぎだよ。もっと冷静に相手を見ないと……。それに、ハッタリも大事だよ」
そうアドバイスをする翔だが、頭を強く打たれ、しゃがみ込んでいるクリスには聞こえていないようだ。
「バ、バケモンか……。こんなの俺たちが敵うわけないよ」
よほど怖かったのか、すっかり怯えてしまった彼は仲間に運ばれていった。
それからも、次々に相手を変えながら稽古をつける翔。
木こりたちはケガをするたびに幸生へ向かい、すぐに回復して戻ってくる。
そんなことを何度か繰り返していると、いつの間にか村人たちが大勢集まり、彼らの戦いぶりを観戦し始めていた。
広場で屈強な男たちが15歳くらいの少年にボコボコにされていると、噂になっていたのだ。小さな村であるため、話の伝達は速い。
「バラン! 情けねぇぞ! いつもの勢いはどこへいった!」
そんな掛け声まで聞こえてくる。
だが、人が集まれば問題も起きるものだ。
彼らの奮闘に触発された子供たちが「僕も戦う」と言い出した。
もちろん木こりたちは、いい大人で、奥さんもいれば子供もいる。
きっかけは、その子たちだった。打ちのめされた父の敵討ちとばかりに、戦いを挑もうとしているのだ。
当然それは実現しない。
しかし、話を聞きつけた幸生が、ある提案をする。
「じゃあ、子供たちはこっちのお姉さんと遊ぼうか?」
彼はレーナに子供たちを任せることにしたのだ。
そうして始まったのはレーナによる剣の指導。自由に動き回る子供たちをうまく誘導し、基本的な動作を丁寧に教えていく。
短い時間ではあるが、子供たちにとって有意義なひと時となった。
一方、村長の家に残ったベンと唯は、運んできた荷物を馬車から降ろしていた。
村で販売する予定であったが支援に変わったため、すべて村長の家で保管することになったのだ。
食料や野菜の苗、新品の鍬や鎌、塩などの調味料も用意している。さすがに擬装用の陶器類はそのままにしておいたが、残りはすべて降ろした。
「これですべてです。後のことはお任せしますね」
「ありがとうございます。これで村は救われる。あとは、魔物さえなんとかなれば……」
そう、まだ支援物資が届いただけで、魔物は健在なのである。状況は変わっていないのだ。
「心配ですかね」
「ええ、見る限り若い子たちばかりですから、不安はあります……」
戦いに向かうのは、成人したかどうかの子供たち。彼らより力のありそうな木こりたちでも大ケガをして戻ってきたのだから、心配になるのも頷ける。
「安心してください。彼らに任せておけば大丈夫ですよ。実力は子爵家が保証します」
「わかりました。皆に宴の準備をさせましょう」
幸生たちの本当の実力を知らない村長は、それでも不安があったようだ。
しかし、子爵家が認めているというのであれば信じてみよう。そういう気持ちになっていたのである。
翔にレーナ、唯とベン、それぞれが仕事をする中、幸生はというと、今夜の作戦を練っていた。
だが、先ほど『今日は来ない』と夢愛からメールが届き、計画の変更を余儀なくされる。
とはいえ、今夜の敵は雑魚であるため、彼女がいなくても支障はない。
しかし、明日行われる強欲な猪の捜索には、索敵を行えるシンノスケとマリナが必須であった。広い森の中での捜索を自力で行うには無理がある。そのため、どうしても必要であったのだが、事態は思わぬ方向へ移行していく。
夢愛から2度目のメールが届いたのは、仲間たちが戻り、村長の家で夕食をいただいている時であった。
味噌田楽に具沢山味噌汁と懐かしい味を堪能していた彼らだったが、そのメールの内容に驚愕する。
『お兄ちゃん、大変!!
幻影の森ってとこのエルフ族の村が、魔物に襲われてるんだって!
なんかアウルって魔人が魔物を1000体くらい率いて攻めてきているみたいで、すっごいまずい状態なんだって!
私も救援を頼まれたから、明日は無理みたい。
あ、でも早く終わったらそっちに行くかも。
それから、ハヤトさんとカナちゃんも一緒だよ』
文章だけ見れば、まるでお買い物にでも行くような文面ではあるが、内容は最悪であった。
幻影の森はシダ村から、そう遠くはない。だとすれば、今の事態もその影響によるものなのではないかと想像つくのだ。
「まさか強欲な猪もエルフの里へ向かったのでは……」
幸生の予想は十分に考えられることであった。
破壊の魔人アウル、彼の記憶では魔物を招集し従える能力を持っていた。であれば、可能性は十分ある。
「兄貴、どうするよ」
「幸生さん、私たちも向かった方が……」
「そうですね。事態は急を要します。明け方には出発しましょう」
それぞれが自分の意見を述べる。だが……。
「ああ、そうだな。……でも、まずは今夜だ」
焦ったところで何も変わらない。今は目の前の戦闘に集中すべきだ。
幸生はそう判断し、仲間たちに今後の方針を伝えた。




