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シダ村

 シダ村は30世帯ほどが暮らす普通の農村である。主力となる作物はジャガイモや玉ねぎなどの根菜類と、枝豆やエンドウといった豆類。

 これらの作物の一部を年貢として納め、残りを村へ訪れた商人たちに買い取ってもらうことで生計を立てていた。

 

 この村の南にはエルフ族の住む村リベルタがあり、そこでは彼らの作る丸みを帯びた意匠の家具や、竹編みで作られた珍しい工芸品などが売られている。森の民と呼ばれるエルフ族だけあって木彫り細工などは秀逸で、王都では高値で取引されていた。


 そのため、王国南部の辺境の村であっても、行商人たちがよく訪れる。彼らの目的地はリベルタなのだが、この村で採れた野菜をエルフたちが買ってくれるのだ。行商人は手前の村で仕入れた商品を、次で卸すことが出来き、村でも売りに行く手間が省ける。お互いにウィンウィンの関係が成立していたのである。

 

 しかし、村である異変が起きた。栽培された作物に目を付けた魔物、ファングボアが畑を荒らしたのだ。ターゲットとなったのは3月に作付けしたばかりの種イモや、これから収穫時期を迎える玉ねぎやソラマメといった旬の野菜である。一旦魔物に狙われた村は、そいつを退治しない限り、幾度となく襲われる。ここを餌場だと認定しているためであり、この日を境に魔物たちは毎日のように現れるようになった。


 村に訪れた突然の危機。当然放置できるものではなく、村人たちは退治を試みる。立ち上がったのは村で木こりを生業としている者たちだ。彼らは日頃から斧を振るい腕っぷしには自信があった。

 仕事柄、戦闘系スキル斧も身に付いているため、十分に期待が持てる。普段から山に入り作業をする傍ら、鹿や猪などの動物や一角兎(ホーンラビット)などを仕留めていたのである。


 だが、結果は悲惨なものだった。彼らは皆、大けがをして戻ってきたのだ。部位欠損者はいないものの、体全体に多くの骨折箇所がみられ、当分は仕事に復帰できそうにない。


 想定外だったのは、ファングボアが1頭ではなく3頭いたことだった。しかも、1頭が食事をしている間、残りの2頭は見張りをしていたようだ。十分に警戒しているあたり、知性の高さが伺われる。生きて帰れただけ儲けもの、そう考えるべきであった。




 村の畑を襲った3頭のファングボアによる被害は甚大であった。今期におけるジャガイモの収穫は絶望的なものとなっており、それ以外にも春先の主食となるソラマメを根こそぎ食われ、匂いを嫌がると思われた玉ねぎ畑までもが荒らされている。


 収益が見込めないうえに食糧難と、村人たちの状況は最悪だ。しかも、まだ魔物たちは健在で、今日も畑を荒らしに来ることは確実なのである。

 ギルドに依頼を出してはいるものの、冒険者たちが受けてくれるかどうかは微妙。村人たちから集められたお金は1500リナしかなく、儲けの薄い仕事と言わざるを得ない。とはいえ、蓄えもなく、今後の収益の見通しもたたない以上、これは仕方のないことであった。

 それでもターゲットがファングボアであることに、少しは希望が持てていた。


 ファングボアは猪の魔物であり、魔石だけでなく爪、皮、牙、そして肉と、丸々一頭が素材になる。体長2メートルにも及ぶ巨漢で素材の状態にもよるが、高ければ1頭につき8千リナにもなるため、十分に採算がとれる計算だ。仲間に収納スキル持ちがいるという条件は付くが、受けてもらえる可能性はあった。


 


 幸生たちが村に着いたのは、そんな時である。

 

 行商人というよりかは普通の商人が使うような大型の馬車で訪れた幸生たちを、村人たちは丁重に出迎えた。その中心となるのが、この村を治める村長であった。


「ようこそ、遠路はるばる起こしいただき、ありがとうございます。

 私が村長のセトでございます。

 皆様方には一度、我が家の方でお話しさせていただけたらと思いますが、よろしいでしょうか?」


 幸生たちの自己紹介も待たず早速そう申し入れたのは、このチャンスを逃すわけにはいかないという、彼の焦りからだ。勿論、幸生たちの目的はファングボアの討伐であるため、断る理由はない。

 

「申し遅れました。僕たちはEランク冒険者パーティ【時の絆】です。お言葉に甘え、お邪魔させていただきます」


 幸生も話をするなら村の入口より家の中の方が落ち着くだろうと考え、そのまま村長の家に向かった。



 村長の家と言っても、山奥の村である。特別大きな家というわけではない。それでも村人たちが会合を開く程度には大きな部屋が用意されていて、幸生たちもそこへ案内された。

 すでに彼の妻が準備を進めていたらしく、テーブルには飲み物とおつまみのようなものが用意されている。


「へえ~」


 と、翔は興味深そうに、それを見ていた。

 おつまみと言えば、やっぱり豆である。しかし、それは枝豆ではなくソラマメだった。


「ソラマメのボイルですか?」

 

 ついうっかり幸生が口を挟んでしまった。まだ席についてもいないのに、そこにあるものについて尋ねることは、マナー的にどうかと思われる。

 しかし、村長はそんなことを気にもしていなかった。


「すみません。こんなところですので、これくらいしか用意できないものですから」


「ごめんなさい。そんなつもりじゃあ……」


 幸生らしからぬミスではあったが、唯も同じように興味を持ってみていた。というのも、次に奥さんが持ってきた物が興味を引いたからだ。


「もしかして、味噌、ですか?」


「はい、私どもは昔から蒸かしたソラマメに味噌をつけて食べるのよ。これがまた美味しいのよ」


 唯の質問に今度は奥さんが答えてくれる。

 だが、彼女の興味はそこではなかった。


「味噌は造っているんですか?」


「ええ、私どもの村では豆を中心に栽培してますからね。大豆もありますから、毎年造りますよ」


「じゃあ、豆腐や納豆、餡子とかは?」


「えっ、それは、どういったものなのかねえ……」


「味噌はあるのに、豆腐や餡子がないって、不思議……」


 味噌を見て変なスイッチが入ってしまった彼女は、豆から作られる加工品を思い描いていた。うまくいけば豆腐の味噌汁が作れるかもしれないと、和食への夢を抱いているのである。

 この世界は日本で栽培されている野菜や果物が生産されているのだが、なぜか和食ではなく洋食が中心だ。彼女の和食への思いは日増しに募るばかり。若い幸生たちはどちらかというと洋食が好みなのだが、唯は断然に和食派であった。


 とはいえ、今はそんな会話に花を咲かせている場合ではない。まずは目的の話を進めなければならない。


「すまないが、ユイ、話はその辺にしておいてくれ。まずは本題に入ろうか」


 豆腐の話はひとまず置いておくことにし、ようやく話が始まったのである。

 

 

 


 





 


 


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