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唯の思い

 翔と唯が一時的に意識を失うというトラブルはあったものの、再び目的地であるシダ村へ向けて馬車を進める幸生たち。場合によってはサカオ町まで戻るという案も検討されたが、記憶は別として2人の回復が早く意識もはっきりしていたため、そのまま進んだのである。


 そして到着したのがシダ村まで残り3キロほどとなる山の中だ。街道から少し外れ、広くなった草地に馬車を止める。周りをゴツゴツした岩に囲まれ見通しが悪く、魔物などが隠れていても不思議でない場所だ。


「幸生様、ご命令通りに馬車を止めましたが、これからいかがいたしますか?」


「そうだね、まずは腹ごしらえかな。僕たちはまだお昼を食べていないからね。ここで休憩にしよう」


 本来であれば、もう少し早く到着する予定であった。しかし、なんだかんだと時間が過ぎ、今は2時である。幸生は少し遅いが昼食をとることに決めた。


「かしこまりました。すぐに準備をいたします。ですが、ここは少し危険地帯でもありますので……。レーナさん、見回りをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、任せて。じゃあ、ちょっと行ってくるわね」


 さすがに魔物が潜んでいるような場所でのんびり寛ぐことは難しい。今はシンノスケもおらず索敵ができないため、レーナが辺りの様子を見に行った。そして残ったメンバーで昼食の準備を始める。


 今日のメニューはカレー。翔の大好物だ。

 唯の持つ無限収納スキルは時間経過による劣化がない。要は時間が止まった状態を維持できるスキルで、彼女は出来上がった鍋ごと収納していた。


 幸生が用意したテーブルにテーブルクロスをひき、真っ白なお更にライスとカレーを盛り付ける。翔の分は大盛りにする配慮が彼女らしい。


「ありがとう、唯。体はもう大丈夫なのかい」


 いつものように慣れた様子で準備を進める彼女に、幸生はそれとなくお礼を言う。先ほど倒れたばかりであり、体調を気遣ってのものだ。


「えっ、はい、大丈夫です。心配をおかけしまして、申し訳ありません」


 使用人である彼女にとって、主に心配されるなど良しとはできない。すぐさま畏まった返事をしたのだが、そこを翔に突っ込まれた。


「あれ、唯さんどうしたの? 普段はもっと砕けた感じだよね」


「いえ、そんな失礼なことは……」


 普段と違う、そう言われても彼女の記憶ではこのままであるはずだ。どういう意味なのだろうか……。そう思いはするものの、次の幸生の行動でその意識は吹っ飛んでしまう。


「ああ、そうだね。僕もそう思うよ。熱でもあるのかな」


 幸生は心配な様子で彼女の額に手を当てる。彼にとってはごく自然な所作であり、問題ないと思われた。しかし……。


「う~ん、熱はないみたいだな。……あれ、ずいぶん顔が赤いけど、どうかしたの?」


「い、いえ……」


 困った様子でそう答える彼女の顔は、熱でもあるかのように真っ赤に染まっていた。なんてことのない幸生の優しさではあるが、彼女には大事(おおごと)であったようだ。


(どうしましょう、幸生様の手が私の……)


 嬉しいような、恥ずかしいような、そんな複雑な思いが彼女の脳裏を駆け巡る。密かに思いを寄せる相手であるだけに、その感情は激しく高まっていた。


 もともと持っていた潜在意識の奥深くに眠るほのかな思い。それは一生かかっても表に出てくることのない小さな種火であった。しかし、この未知なる体験が彼女の心に火を灯す。

 現代社会においては、まだ保護されるべき少年たち。本来であれば、一番年上であり大人でもある彼女が彼らを守らなければならない立場であった。だが、彼女自身その力がないことは十分理解しており、むしろ誰かに助けて貰いたい。大人とはいえ、まだ20歳(ハタチ)の彼女である。その重圧に耐えられなかったとしても、仕方のないことだ。

 そんな彼女の思いに応えるかのように、頼もしく仲間たちを導いていく存在。日本有数の大企業の社長令息であり、この場においてもその力を遺憾なく発揮する男。それが幸生である。

 彼女の小さな種火が燃え上がるまで、一瞬であったことだろう。しかし、それと同時に自分は山野家のメイドであり、立場をわきまえなければならないという自覚も芽生えてくる。


「ゆ、幸生様。あの、もう、いいですから、手を放していただけたらと……」


 まだ頬は紅色に染まっているものの、彼女は思い切って額に置かれた手に触れる。


「おっと、ごめんね。でも……。うん、どうやら大丈夫そうだね」


 まだ顔色は少し赤いが、血色がいいことは悪いことではない。そう判断した幸生は「さあ、食べようか」とみんなに促した。


 丁度そのタイミングでレーナも戻ってきたため、皆で席に着く。唯も本来の調子に戻り、せっせと自分のすべきことを行っている。


 そんな2人の様子を温かく見守っていたベンは「ふう、まだまだですね」と、何か悟った様子だ。翔にいたっては「なんだ、兄貴も隅におけねえな」なんて言っており、十分理解していた。


 まあ、鈍いのは幸生だけなのだが、彼がそれを察することなど無いのだろう。とはいえ、彼を慕う女性陣は多い。レーナにマリナ、少し意味合いは違うが夢愛もお兄ちゃんが大好きなのである。そしてどういうわけか翔は対象外であった。頼れる兄と、精神的に幼い弟。女性たちがどちらを選ぶかは明白で、たった1歳の違いではあるが、兄と弟では大きな差があるようだ。


 


 みんなで食事を済ませた幸生たちは、軽い休憩の後、次の作業へと取り掛かる。

 彼らは商人の護衛をしながらシダ村まで来たという設定であるため、少しだけ準備が必要なのだ。

 

 馬車に掲げられた貴族の証となる山野家の紋章を外し、ストレージから村で販売する予定の商品――ジョワラルムで仕入れてきた――を取り出し、すぐに陳列できるように整える。畑が荒らされたという話なので、主に食料と野菜類の苗を用意し、更に鍬や鋤簾(じょれん)、スコップなどの農具も仕入れてきていた。村では古びた道具を使用しているため、必要なのではないかと考えたからだ。もちろんそれだけでは不十分なので、普通の商品も仕入れている。


「御者はベンに変わって貰い、レーナさんと翔は山を越えたら残りは歩きで頼む。唯は……、そうだな、今回は馬車の中で待機だ」


「はい、お任せを」


「ふう、やっと体を動かせるよ」


「私も何かお手伝いがしたいです」


 3人には役割があるのに、自分には何もない。それを少し寂しく感じ、彼女は幸生に申し出た。


「う~ん、と言ってもねえ……」


 これはあくまでも村へ着くまでの処置であり、到着すれば新たな役割もできる。とはいえ、彼女の気持ちを無にするのも忍びなかった。


「それなら、ベンの横に座っていて貰おうかな。今回は僕たちのメイドではなく、ベンの使用人ってことにしようか。もちろん戦闘には参加してもらうよ」


 わざわざファングボア程度の魔物退治に、メイドを連れてくるバカ貴族の冒険者ではイメージが悪い。なら一層のこと、使用人という立場ではどうか。そう考えたのだ。


「はい、わかりました」


 そんな幸生の思惑など関係なく、役目を与えられた唯は嬉しそうにベンの隣に移動する。もっと役に立ちたい。それが彼女の思いであった。


 こうして再び馬車を進め、午後3時に幸生たちはシダ村へ着いたのである。

 


 

お盆の季節ということもあり、1週お休みさせていただきます。申し訳ありませんが、ご了承ください。

今回まで散々寄り道をしてきましたが、次回以降は真っすぐ進んでいく予定です。少しハードな展開となりますので、お気を悪くされる方もいるかと思います。読むかどうかはご本様の判断にお任せします。

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