新しい力
一方、シダ村へファングボアの討伐に向かった幸生たちはというと、ちょっとしたトラブルはあったものの、無事目的地にたどり着いていた。治安のいいロブソン伯爵領の街道であるため盗賊や魔物と遭遇したわけではないが、順調にいかないのが彼らである。ちょっとした凡ミス、それが大事になってしまったようだ。
話を彼らの出発前まで戻そう。
今回、幸生たちが用意した馬車は2頭引きで大型の幌馬車である。荷運び用の馬車で、その主な利用方法は物資の運搬だ。戦時中であれば食料や水、武器などの補給物資を運ぶことになるのだが、通常は貴族たちの荷運び用に使われるくらいである。貴族たちは衣装などの無駄な荷物が多く、普段使用する豪奢な馬車だけでは運びきれない。そのため、幌馬車は必須であった。
とはいえ、幌馬車を利用するのは貴族に限ったことではない。1頭引きの幌馬車を使い、旅商人たちが街や村を渡り歩き、大商人たちは大型の馬車を仕入れに使う。乗合馬車は街から街へと移動し人々を運び、鉱山からは採掘された鉱石を領地へと送り届ける。
このように様々な用途で使用される幌馬車だが、貴族と平民の馬車では決定的な違いが存在する。それが貴族家の紋章だ。パッと見、区別のつかない幌馬車だが、幸生たちの馬車には伯爵家の紋章――貴族のみ掲げることを許されている――が掲げられているため、一目でこの馬車の持ち主が貴族であるとわかるのだ。
そのため、幸生たちの馬車を襲ってくる盗賊はまずいない。もちろん絶対にないとは言い切れないが、よほどのことがない限り貴族を敵に回す盗賊はいないはずだ。というのも、そんなことをすれば、すぐに手配され捕まってしまう。この仕事を最後にであればまだしも、そこを拠点としている盗賊であれば、足の付きにくい旅人を襲う方が安全なのである。
では、なぜ幸生が幌馬車を選択したのかというと、それは商人の護衛という名目を作るためだ。今まで通りのチート馬車でもよかったが、今回は夢愛がいないため馬が必要で、イヌヤマ子爵家の御者ベンに同行してもらうことになった。普段であれば早めに馬車をストレージにしまい歩いて村に入るのだが、そうすると馬の存在が不自然に見えかねない。それならばということで、シダ村の先にあるエルフの村へ向かいたい商人と、ファングボアの討伐が目的の幸生たちとで利害が一致し、護衛を引き受けた。そういう偽装をしたのである。
こうしてジョワラルムを出発した幸生たちであったが、シダ村までは馬車で3時間ほどかかる。ベンから御者を教わっているレーナは別として、残る3人は特にすることがない。
幸生はさすがに暇だと思い、新しく作り出した魔法アイテムの実験を始めた。先日、サカオ町で素材となる宝石や武器を仕入れてきていたため、昨日のうちに作っていたようだ。
まず、彼が最初に取り出したのは、銀製のブレスレット。細かな宝石が散りばめられた逸品で、高価なものだとわかる。
「おっ、それって、銀色の宝石じゃん」
見知った装備品に反応したのは翔だ。
銀色の宝石とはゲーム内で装備できるブレスレットで、ルビー、サファイヤ、エメラルド、トパーズ、オパールと5種類の宝石が埋め込まれており、それぞれが火、水、地、光、風属性の触媒として対応していた。
「そんなの持ってたのか。で、どうすんだ、それ」
「ああ、これか。唯に装備させようと思ってね」
翔は銀色の宝石が唯のためのアイテムだと知って、少しガッカリしたようだ。
「ちぇっ、そうなのか。それなら俺も欲しいのに……」
「何言ってんだ、お前の主武器は剣だろう。まずはそっちを頑張れよ!」
すでに聖剣までも所持している翔であるが、幸生からしてみれば、まだまだ甘い。魔法の触媒などにうつつを抜かしていないで、もっと己を磨いてほしい。そう思っているのだが、彼は諦めきれないようである。
「でもさ、魔法と組み合わせた方が攻撃の幅も広がるし、意表も突けるだろ!」
「そうだな。でも、魔法の威力が上がると、今までとはタイミングが変わるから慣れるまで時間がかかるぞ」
銀色の宝石の効果は魔法の威力をあげるものであるが、自身の能力を底上げするブーストと比べ、アイテム経由であるため感覚が分かりにくいのだ。
「マジかあ……。それはちょっと困るな。しゃあない、それは唯さんでいいや」
魔法の威力をあげたことで、バランスを崩してしまっては意味がない。そう理解した翔は、あっさりと諦めた。まあ、慣れてしまえば大きな戦力アップとなるのだが、そこまで固執してはいないようだ。
「それじゃあ、唯。このブレスレットをつけてみてくれ」
「はい、わかりました。それで、利き手の方がいいのですよね」
2人の会話を聞いていた彼女は、その効果を十分に理解していた。魔法の威力をあげるのであれば、杖を持つ右手首の方がいいだろうと思っていたようだ。
「うん、そうだね。それで今度はこの杖なんだけど……」
次に幸生が取り出したのは1本の杖である。30センチほどの短いタイプで、持ち手には紫の魔石が埋め込まれ、先端にはトルマリン石が付けられていた。
「また杖じゃんか。たまには俺に会う武器も作ってくれよ」
今度もまた魔術師系の武器が出てきたことで、翔は不満そうにしている。だが、彼には聖剣ジョワグラムがあり、名刀麗光まで所持しているのだ。わざわざ新しい武器を仕入れるより、まずは己の腕を磨け、と幸生は言いたいのだが……。
「ハハハ、聖剣以上の武器なんて作れないよ」
「いや、それはそうだけど……」
確かに聖剣は持っているが剣士である以上、変わった武器も使ってみたい。翔にとって武器は趣味と言ってもいいのである。しかし幸生にしてみれば、まずは聖剣からだろうと言いたいところだ。
「それよりも、ハヤトさんが言っていた聖剣との対話はできたのか?」
「いや、まだだけど……」
「じゃあ、それができたら何か作ってやるよ」
「ほんと? マジ……。 おっし、すぐに出来るようになってやるぜ!」
兄から告げられた甘い餌、それにまんまと引っかかった翔は、ストレージから聖剣を取り出し対話を始めた。
「聖剣ジョワグラム、お前の声を聞かせてくれ」
真剣に聖剣の声を聞こうとする翔は、傍から見て残念な様子でもあるのだが、この素直さこそが彼の美徳であるともとれるのだ。
翔が自分の世界に入り解放された幸生は、ようやく本題に進むことが出来た。
「それで、唯。この杖なんだけど、付与されている魔法は電気だよ。まあ、静電気みたいなものなんだけどね」
「えっ? それって、もしかして……」
「前にさ、電気が作れないかって言ってただろう。この前、サカオ町で偶然トルマリン石を見つけてね。これならって思って試してみたんだ」
以前、唯は電子レンジを使いたいために、幸生に電気を起こせないかと相談したことがあった。その時は、発電機を持っているが燃料となるガソリンがないため動かせないと返事をしていたのだが、その代わりとなるものをずっと探していたのだ。そして、サカオ町で鉱石や武器の店を回って、いろいろな素材を集めていた時、トルマリン石を見つけたのである。
トルマリン石とは和名を電気石と呼び、圧力をかけることで電気を発するという変わった石だ。静電気程度ではあるが、それを増幅させれば電気になるのではと考えた。そうして実験を繰り返しているうちに、どうやら幸生は魔法で電気を作り出すことに成功したようだ。
「では、私はこの杖を使って練習したらいいのですね」
「そうだね。どこまで出るかわからないけど、100ボルトに調整できたら電化製品が使えるかもしれないね」
「はい、頑張ります!」
自分の努力しだいで念願の電子レンジが使えるかもしれない。そう思った唯は、俄然やる気になっていた。元々は一歩引いたところがあるタイプであったが、今の彼女は気合に満ちている。
ただ、実際は幸生が直接行った方が早いというのも事実だ。魔力の扱いに長けている彼の方が、微調整はしやすいはずである。では、なぜこんな回りくどいことをするのかというと、それは彼女に魔力操作を覚えさせるためであった。幸生と同等以上の魔力を持つ唯ではあるが、大きすぎる魔力を持て余し、うまく使えていないようなのだ。
幸生は馬車後部の幌を開き、杖を地面に向けて練習するようにと指示をする。魔法の種類が電気なので地面に逃がせば済むためである。
「この紫の魔石ですね。 ……むらさき?」
そう、魔石は紫だ。5大属性のどれにも当てはまらない色である。正確には闇属性もあるのだが、人族では使えないため除外されている。ちなみに魔石の色は黒だ。
「ああ、それはね。電気の発生原理に関係あるんだよ。まあ、雷って言った方が分かりやすいかな?」
「雷ですか……」
「そう、わかりやすく説明すると、空中に作り出したか氷の粒に適度な風を送ると、ぶつかり合って摩擦が起き静電気になるんだ。その規模が大きくなったのが雷ってわけ」
実際には太陽光で温められた海水が水蒸気となり上空に上がっていくのだが、結局は氷のぶつかり合いで起きた静電気が貯蓄されたものであることには違いはない。
「それでは電気を作るために水と風の適性が必要というわけですか?」
「そうだね。でも僕には風の適性がなかった。それでトルマリン石で作り出した静電気を魔力に取り込んでみたら、風魔法が生えてたんだ」
「そんなことあるんですか? 凄いです!」
「うん、僕もびっくりしたよ。まあ、それで電気が作れたんだけどね」
幸生は静電気を自身に取り込むという荒業を行ったのだが、本来それで風魔法が生えるなどありえないことである。スキルは後発的に発生するものなので、もともとその素養があった、ということなのであろう。
ちなみに、今の幸生の魔法ランクは、このようになっている。
火魔法・D
水魔法・C
光魔法・D
風魔法・F
治癒魔法・E
そして、翔の風魔法はD、唯はEである。レーナの光魔法はCであった。




