表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/241

迷い猫リリィの捜索①

 アシューリ商会の会頭であるロイドが幼い少女の前に跪くという状況は、周りにいる店員たちを動揺させた。互いに顔を見合わせながら、『あの少女は何者なのだ』と囁き合っている。それでも彼が呟いた伯爵家という言葉を聞き取った者たちは『確かに』と、納得の表情だ。夢愛の着ているパーカーはこの世界に無く、マリアの着るメイド服も黄緑色という斬新な色合いをしていた。見る者が見れば、あれは誰がデザインした衣装なんだと、疑問に思うはずである。


 そんな雰囲気に戸惑いを見せる夢愛は、居心地悪そうにしていた。彼女はまだ地位などに興味がなく、楽しく過ごしたいだけなのだ。兄やメイドたちから可愛がられるのは嬉しいのだが、見知らぬ相手から敬われるのは、嫌なのである。そんな彼女の気持ちを察したロイドは、申し訳なさそうに立ち上がった。彼もまた商人であるため、相手の顔色を窺うことに長けているのだ。


「これは失礼いたしました。少々浮かれてしまいましたね」


 そう言って、にこやかな笑みを浮かべるロイドに夢愛も気を良くしたらしく「よろしくお願いします、ロイドさん」と、少女らしい笑顔を見せていた。



 商会を訪れた可愛らしい少女の正体が伯爵家の御令嬢であったとわかり、更にその対応をロイド自らが務めると知った店員たちは、一安心といった様子でそれぞれの職場へ戻って行った。たとえ少女であったとしても、平民である彼女たちに貴族の御令嬢相手は荷が重い。一歩間違えば不敬罪などに問われかねないからだ。とはいえ、少女とメイドの仲睦まじいやり取りを見ていた者の中には「あの子となら仲良くできるかも」と思うものもいた。のちに、それが現実のものとなるのだが、彼女たちがそれを知る由もなかった。




 ロイドの提案で彼の執務室へと場所を移した夢愛は、さっそくリリィが行方不明になった経緯(いきさつ)を尋ねることにした。


「えっと、リリィちゃんがいなくなった時の状況を聞きたいんだけど」


 まずはリリィの目的が分からなければ探しようがない。家から出て行ったのであれば探し出してもまた逃げ出すだろうし、うっかり放してしまっただけであれば、すぐに戻ってくるはずだ。それが帰ってこないということは、何か目的があったと考える方が自然である。


「では、状況を説明させていただきます」


 そう前置きしたうえで、ロイドが詳細を話し始めた。


「先日、私とラナがリリィを連れて出かけた時のことでした。いくつか商会をめぐり、最後に『喫茶ヤマガール』を訪れたのですが、馬車のドアを開けた一瞬の隙にリリィが外へ出てしまったのです。私たちは慌てて後を追いかけたのですが、彼女を見つけることはできませんでした。その後も店員たちに協力してもらい街の捜索を行ったのですが、一向に足取りがつかめていないのが現状です」


 そう締めくくったロイドは、はあ……と、ため息を吐く。街の捜索といってもジョワラルムは広い。到底、商会の店員たちだけで探せる広さではない。


「私がいけないの。美味しそうな匂いに誘われて、手が緩んでしまったの……ぐすん……」


 ロイドの説明の後、そう続けたラナはそのまま泣き出してしまった。


 そんな少女の寂しい気持ちは夢愛にもよくわかる。彼女もまた契約していた精霊たちと離れ離れになり、寂しい思いをしていたからだ。可愛がっていた精霊たちとの突然の分かれは、彼女に深い傷を残した。嫌われてしまったのではないかと、本気で悩んでいたのだ。実際は、この世界へ転移したことで契約が切れてしまったことが原因なのだが、シンノスケだけが残っていたことで、より一層、そう思うようになっていたのである。だが、3日前にドリューと再会し再契約を交わしたことで、少し気持ちに余裕が出始めていた。みんなを探し出して、また契約したい。そう思うことが出来たのである。


「ラナちゃん、安心して。私が絶対に見つけ出してあげるから」


 それは自身に言い聞かせる言葉でもあった。


「うん、お姉ちゃん、ありがとう」


 夢愛の心強い言葉に、ラナも自然と笑みを浮かべる。溜まった涙を指先でぬぐうと、ショルダーバックから衣服のようなものを取り出した。


「これ、リリィの着てた服です。何かの役に立ちませんか?」


 少女の小さな手のひらに納まっていたのは、ネコ用のピンク色をした衣装である。女の子らしくフリルの付いたドレスは見た目こそ可愛いが、移動には適していないように見えた。

 とはいえ、もともとリリィの匂いが付いた何かを借りるつもりだったため、着ていた服というのは最適であった。


「うん、これなら大丈夫だよ」


 夢愛は自信ありげに頷くと、大事そうにその衣装を受け取りパーカーのポケットにしまった。


 その後、リリィの特徴や癖などを詳しく聞いた夢愛とマリナは、意気揚々とアシューリ商会を後にしたのである。

 

 遠ざかる2人の後ろ姿をロイドとともに見送っていたラナは「お姉ちゃんたちなら無事にリリィを見つけてくれるよね?」と、小さく呟いた。その声を拾ったロイドも「あの御方なら間違いないじゃろう。マリナ様もついておるし、たぶんあの方も……」


 そう言って、意味ありげな微笑みを浮かべていた。




 アシューリ商会を出た夢愛とマリナは、街のシンボルともなっている巨大な時計塔の前に来ていた。この場所はリリィがいなくなった『喫茶ヤマガール』に近いため、まずはここから探し始めることにしたのである。


「ねえ、マリナちゃんの探索(サーチ)でリリィちゃんの居場所が分かったりする?」


「そうですね……。私の探索(サーチ)できる範囲は500メートルほどですので、見つけることは可能かと思います。ただ、探索ではリリィを特定することが難しいので……」

 

 マリナの正体はカンビオエルフという妖精であるため、種族的な能力として探索が使える。しかし、この能力は猫を探すことはできても、リリィだけを特定して探しだすことはできないようだ。というのも、彼女はまだリリィを認識していないため、分からないのである。


「そっか~」


「申し訳ありません」


「あっ、いいの、いいの。もともとシンちゃんに任せるつもりだったしね」


 最初からシンノスケありきで受けた依頼である。マリナが探せなかったとしても、問題はない。


「はい、お探しするのであれば、私もシンノスケ様にお任せするのが一番かと思います。ただ、ドリュー様もお呼びになった方がよろしいかと……」


「えっ? ドリューちゃんも……」


 マリナの提案に夢愛は驚いた様子だ。全く意味が分からないと、首を傾げている。しかし、マリナは自信ありげに、こう続けた。


「ええ、万が一リリィ様がお逃げになった場合、ドリュー様の蔓で捕獲していただくことが出来ます」


 彼女の提案はリリィを捕獲するためのものであった。


「えっと、それ、大丈夫なの……」


 夢愛の脳内イメージでは、足に蔓が絡まったリリィやグルグルに縛り上げられたリリィが想像され、不安そうな顔をする。どうにもいいイメージが沸かないようだ。しかしマリナは、心配いらないと大きく首を縦に振る。


「はい、ドリュー様であれば、きっとうまくやってくれることでしょう」


 と、なんの説得力もないことを、堂々と宣言していた。


 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ