指名依頼
幸生たちがサカオ町から戻ってきて、二日が過ぎた。
厳しかったジャスティスとの戦いは彼らに大きな変化を与え、それぞれが新たな目的をもって、鍛錬を始める。
幸生は新たな魔法武具の開発、翔は速さだけに頼らない戦術、そして夢愛は新たな契約精霊となったドリューとの戦術議論である。
そんな中、翔はハヤトとの模擬戦中に重要なアドバイスを受けた。
「翔、お前は聖剣と一体になれていない。これからは常に行動を共にし、剣の声を聞け」
『剣の声』と言われても、彼にはまだ難しく理解できていないようだ。しかし、メイン武器を疾風剣から聖剣に変えることで、理解しようと努めている。
そうした変化に合わせ、ハヤトは幸生へもアドバイスを行った。
「幸生、お前は過保護すぎる。どんなトラブルが起きようと、お前なら解決できるはずだ。なぜ、そうまでして危険を避けようとする。あいつらを自由にさせて、何か起きた時に手を差し伸べてやるんだ。お前が足枷になってどうする」
幸生に対する絶対的な信頼。ハヤトは、彼が全く本気を出していないことに気づいていた。
周りを自身の支配下に置き、成長までをもコントロールしようとしていると感じていたのだ。
しかしそれは、ここがゲームではなく現実の世界であったからだともいえる。皆を護る、それは彼に与えられた使命なのだから。死が身近にあるこの世界だからこそ、慎重になってしまうのだ。
とはいえ、それではいけないということも、幸生には分かっていた。一番大切なことは仲間たちを信頼し、必要な時に手助けをすること。そのためには自重しすぎず、適切な判断力が重要であった。
(ある程度は解放していくか)
幸生はそう決めたのである。
こうして新たな思いを胸に抱き、冒険を再開したはずの『時の絆』であったが、ギルドの依頼ボードを眺める幸生、翔、マリナの3人は、いつになく渋い顔をしていた。
「なさそうですねぇ……」
「……そうみたいだね」
ボードを見ながらではあるが、2人は同じことを考えていた。そして翔は「当然だな」と、すでに諦めた様子だ。
彼らが探しているのは、今から受ける依頼である。しかし、貼り出されていた依頼は少し物足りないものばかりであった。
『迷い猫の捜索 アシューリ商会会頭の孫娘が可愛がっていた猫のリリィ(茶トラ)が行方不明になりました。捜索願います。報酬10000リナ』
『排水路の清掃 3か月に1度の清掃日が近づいてきました。ご希望の方は受付まで。 報酬1000リナ』
『護衛依頼 木こりたちの護衛です。明日の朝8時から16時まで、場所はFランクの狩場です。定員5名 報酬500リナ』
『薬草採取 ルチーナ草30本の納品をお願いします。薬師ギルドより。 報酬2000リナ』
『討伐依頼 ファングボア3頭 場所、シダ村 ファングボアに畑を荒らされて困っています。至急討伐願います。 報酬1500リナ』
Eランクの冒険者が受ける依頼としては適切かもしれないが、幸生たちには簡単すぎる依頼ばかり。ネコ探しであればシンノスケに任せればすぐに見つかるだろうし、排水路の清掃は幸生の洗浄魔法を使えば一瞬で終わる。木こりの護衛依頼などは今更で、ルチーナ草はストレージに入っていた。そしてファングボア程度なら瞬殺である。
「なあ、どうするよ」
「そうだなぁ。でも、僕たちが受けないと、この依頼は明日に残っちゃうんだよね」
「そうですねぇ。リリィちゃんは探してあげないと、かわいそうですよね」
幸生やマリナが心配するのも無理はない。時刻はすでに10時を回り、ギルドに残っているのは彼らだけなのだ。割りのいい依頼は朝早く訪れた冒険者が受けてしまい、残りはみんなが受けなかった面倒な依頼や儲けの少ない依頼ばかりである。今日中に片づけなければならないわけではないが、ネコ探しや討伐依頼は早い方がいいだろう。
三人がどうしようかと相談していると、入口の扉がカランと鳴った。
「おっはよー」
いつものように元気いっぱいの掛け声で入ってきたのは、幸生と翔の妹、夢愛だ。その後に唯、そしてレーナが続く。
「おはようございます」
「おはよう!」
いつも通り唯は控えめに、レーナは明るく挨拶をした。
よく見る光景の一つであるが、今日はいささか遅すぎる時間である。
「おはようございます。みなさん、今日はずいぶん遅いのですね」
そう返したのは、受付嬢のホルンだ。彼女の担当は時の絆であるため、いまだ受付カウンターに残っていた。高ランクの依頼など滅多になく、本来ならもう引っ込んでいてもいいはずなのにだ。
「うん、とっても美味しかったよ」
ニコニコと満面の笑顔を浮かべる彼女は、実に楽しそに見える。そんな彼女を眺めるホルンも、なぜかホッコリとした表情を浮かべていた。
「あら、また行かれたのですか。羨ましいわ」
どうやらその美しいフォルムを思い浮かべたらしく、頬を赤く染める。
夢愛たちがこんな時間に来る理由など、考えるべくもないのだ。
そう、彼女たちはまたしても朝から『喫茶ヤマガール』へ行き、ケーキを食べてきた。
現代的な感覚では、朝からケーキなんてと思われるかもしれないが、この世界の朝は早い。日の出とともに仕事が始まり、日の入りに合わせて仕事を終える。そのため、喫茶ヤマガールも朝早くから店を開けているのだ。ケーキがメインと言っても、ここは喫茶店である。当然、サンドイッチにパスタなど軽食も取り扱っているため、朝から仕事に向かう若い女性で賑わっていた。
「今度一緒に行こうね」
その言葉を夢愛から聞いたホルンは嬉しそうに「はい!」と返事をする。すでに、かなり彼女に毒されているようで、全く迷いが無かった。
そんな夢愛たちに幸生たちも合流し、本格的な話し合いが始まった。テーマは今日をどうするかで、それぞれが意見を出し合った結果、マリナの考えが採用された。
「夢愛と唯、それとマリナはシンノスケと一緒にネコ探しを頼む。翔とレーナさんは僕とファングボアを退治に行こう。あと、唯はルチーナ草も出してあげて」
「「「「「は~い」」」」」
今日は二手に分かれて依頼をこなすことにした。幸生にしては大きな決断である。
しかし、出かけようとしたその矢先、部屋の奥から声がかけられた。
「おっ、全員そろっているな。お前たちに頼みがある。まずはこちらに来てくれ」
ギルドマスターのグランが奥から顔を出し、そう伝えたのだ。
二度目の執務室に案内された時の絆は、前回同様に幸生、翔、夢愛の3人が椅子に座り、残り3人は立って対応する。貴族としては当然であるため、グランが何か言うことは無い。
彼らが落ち着いたところで、グランは要件を話し始めた。
「これから出るところだったんだろう、すまないな。少し問題があって、お前たちを呼び止めたんだ」
そう切り出したグランであるが、どこか様子がおかしい。何か言いずらそうな雰囲気さえ醸し出していた。
「問題ですか? えっと、僕たち何かしましたか?」
疑問を抱く幸生の問いかけに、彼は慌てて否定する。
「そうじゃないんだ。ただ、お前たちが受けようとしているシダ村の依頼なんだが、ちょいと追加情報が入ってな」
「「「追加情報?」」」
そこには幸生と翔、レーナが向かう予定のため、戦力的にも問題はなく、わざわざ執務室に呼び出す案件でもないはずである。
それが必要となった理由とは、果たしてどんな問題が巻き起こったというのだろう。
「ああ、ファングボアは3体どころじゃないらしい。ひときわ大きな個体を見かけたという情報があってな、依頼ランクを引き上げることにしたんだ」
「えっ、それじゃあ、僕たちは受けられないんですか?」
彼らはまだEランクの冒険者のため、依頼はDランクまでと決まっていた。もし、それがファングボアの群れというのであればCランク以上が確定となり、依頼は受けられない。
しかし、彼の言いたいことは、そうではなかった。
「まあ、そうなんだがな。俺はその個体を強欲な猪だとみているんだ」
「そんな、まさかBランク……」
強欲な猪は個体であればCランクの魔物である。しかし、必ず群れを成しているため、依頼としてはBランクとなるのだ。多ければ50体以上の群れとなるため、もしそれが事実であれば、シダ村は跡形もなく消えてしまうことだろう。
「そこでだ。お前たち、俺からの『指名依頼』を受ける気はないか」
「「「指名依頼?」」」
「ああ、Bランクともなると、うちの連中じゃ少し心許ない。それに比べ、お前たちなら安心して送り出せるんだが、どうだ?」
「でも、Bランクなんて、僕たちが受けていいんですか?」
「だからこその指名依頼さ。俺がその実力を認めたからこそ与えられるんだが、さすがにEランクのお前たちに任せて失敗したとあっちゃ、俺のクビが飛ぶけどな」
自らの首をかけてまでの依頼。そもそもEランクの冒険者にBランクの依頼を受けさせるなんて、前代未聞なことだ。もし成功したとしても、問題になることは間違いなかった。
だが、それでも幸生たちに受けさせたい理由が彼にはあった。
「疑問に思うかもしれないが、お前たちみたいなやつらが、いつまでもEランクにいられても宝の持ち腐れにしかならないんだよ。まあ、ランクを決めているのが女神とあっちゃ、文句も言えないがな。それでも、こうして女神さまにお伺いを立てることで、ランクアップにつながることがよくあるんだ」
冒険者のランクは戦闘能力だけでは決まらない。素材の知識や現場における状況判断、そして戦う力と、それぞれ経験を積み鍛え上げられていくものである。そのため、ランクアップにはある程度の依頼を達成しなければならないのだ。この世界に来て10日程の彼らには、そこが足りていなかった。
「少し相談してもいいですか?」
「ああ、かまわんよ。じっくり考えてくれ。まだFランクの嬢ちゃんもいるし、出来たら受けて欲しいが、強要するものでもないしな」
グランはそう言っているが、幸生に断る気はない。彼らが集まって相談しているのは、リリィの捜索の件であった。
「どうします? リリィちゃんを探すには夢愛お嬢様が適任なんですけど」
「うん、でも夢愛の範囲攻撃は必須だと思うんだよね」
「じゃあ、シンノスケを置いてけばいいんじゃないか?」
「ダメ! シンちゃんだけを置いてけないよ」
ネコのリリィを探すにはシンノスケの存在は必須である。ネコの精霊である彼がいれば、仲間たちに話を聞くことが出来るのだ。そのためにも、夢愛を残さなければならないのだが、彼女の広範囲にわたる攻撃魔法も必須であった。そんな中、マリナが突拍子もないことを言い出した。
「では、リリィちゃんの件が片付いたら、私がお嬢様をお連れしますよ」
「お連れするって、どうやって」
翔がそう尋ねると、マリナがブワッと羽を広げてみせた。
「ま、まさか……」
そう、そのまさかである。
「飛んでくるのかよ」
「ほんと! 空を飛べるの。やったー」
マリナが羽を広げた意味を理解した夢愛は、興奮して大騒ぎするのであった。
こうして、夢愛とマリナがネコ探しを行い、残りのメンバーでシダ村へ向かうことが決定したのである。




