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世界樹

 緑生い茂る豊かな大地、そして透き通るほどの澄んだ泉。小鳥たちは歌を唄い、リスたちは木の実をカリカリと齧る。ウサギたちは野山を駆け回り、シカたちは優雅に新芽を喰む。

 まるで絵に描いたかのような穏やかな風景が、そこには広がっていた。


 魔物の脅威を感じることのない世界。それは地球上においては自然なことであった。しかし、魔物たちが跋扈するこの世界では、あまり自然とはいえない。

 食物連鎖と言ってしまえばそれまでだが、力を持たぬ小動物たちには天敵が多すぎるのだ。


 そんな小動物たちがのんびりと暮らせる地、それが幻影の森だった。

 森の中心部に聳え立つ大樹、およそ東京タワーほどの巨大なその木からは浄化の光が溢れ、森全体を覆っていた。

 これにより魔力の多い魔物は森への進入をさけ、小動物たちは怯えることなく自然な生活を営むことが出来たのだ。

 そんな自然豊かな大地を温かく見守る存在、それが世界樹であった。


 ファンタジー世界において、もはや定番と言っても過言ではない世界樹はユグドラシルと呼ばれることも多く、万能薬や蘇生アイテムの素材として登場したり、または汚染され悪に染まっていたりと、その姿は千差万別だ。

 しかし、どのような役割が与えられていようとも、その本質が変わることはなく、神聖なる大樹、それこそが世界樹の本当の姿なのである。


 けれど、この豊かな自然が今、壊されようとしていた。

 きっかけは、エルフ族が外の世界と交流を持つために作り出した村リベルタが、魔物の群れに襲われたことから始まる。

 いままで森に侵入することのなかった魔物たちが、次々と入り込んできたのだ。

 木々を薙ぎ倒し、自然の恵みを食い散らす。草花は踏み荒らされ、小動物たちは逃げ惑う。

 阿鼻叫喚とはこのことを言うのだろう。

 小動物たちにとっては、それほどの惨劇となった。


 では、なぜ今まで魔物たちが侵入してこなかったのだろうか。その理由は、力が削がれることを嫌ったからだと考えられる。

 浄化の光は魔物の力を弱体化させるため、弱肉強食である魔物たちにとって、それは危険を伴うことであったのだ。

 そのため、()()()()()でその中に踏み込もうとしなかった。


 それが、今は違う。


 魔王軍幹部が一人、アウルの指揮下へ強制的に入らされた魔物たちは、その意思に関係なく命令を遂行する。もともと強力な敵など存在しない森であるため、力が弱体化していようとも、魔物たちを阻む敵はいなかったのだ。


 無残にも森を破壊しながら侵攻する魔物たち。だが、それも仕方のないことだった。

 街道など存在しない森の中を大群が移動するには、木々を倒していくしかないのだ。

 

 とはいえ、このような事態となってはエルフたちも黙っていない。

 アウルは強敵だが、それ以外の魔物とは勝負になるはずと考え、戦える者たちは武器を手に、魔物たちへと挑んだ。

 そもそもここが幻影の森と呼ばれる所以は、エルフたちにある。

 彼らが得意とする能力(スキル)幻影創造(ミラージュクリエイト)は蜃気楼のように幻を作り出し、敵を惑わせる能力だ。

 何もないところに岩山が現れ行き止まりとしたり、木々を増やすことで同じような景色を造り出し迷路とする。

 更には、魔物が最も恐れる存在、(ドラゴン)を創造し魔物たちを恐怖に陥れたりと、そうして出来た隙をつき、エルフたちは次々と魔物を狩っていったのだ。


 その結果、魔物たちの進行を一時的に抑えることに成功し、さすがのアウル軍も慎重を期し歩みを止めざるをえなくなった。


 森という場所は、エルフ族にとって有利な地形であり、地の利を生かした奇襲は彼らの最も得意とする戦法なのである。


 こうしてエルフたちと魔物との戦いは苛烈を極めていくが、この戦いは本来起こるべきではなかった。

 というのも、本当の理由は別にあり、『仮面』それがアウルの求める物だったのだ。




 世界樹の根本に建てられた神聖なる祭壇。


 本来であればこの世界の女神、ラルムを祭るべきものだが、世界樹に直接影響を与えている存在は女神リナーテである。

 そのため、ここには彼女の肖像画が飾られており、その前にはお供え物でもするかのように、仮面が一つ置かれている。


 馬の顔を模し、額には一本の角が生えている仮面。

 これは幻獣ユニコーンの仮面であるが、問題となる点が一つあった。それは体毛が白ではなく黒だということだ。

 ユニコーンといえば白馬、それはこの世界においても変わらないが、明らかに不自然なその仮面には浄化の光が吸い込まれていき、そのたびに淡い光を放っていた。


 その仮面を祭壇の前で、ジッと見つめる姿があった。

 真っ白な馬体に美しい羽の生えたペガサス。


 この者こそが仮面を持ち込んだ張本人であり、争いを生み出すこととなった要因なのだが、そんなペガサスのもとへ一人のエルフが近づき声をかけた。


「カナ様……」


 彼女の正体はリョウイチやレーナ同様、元AI将棋の一期生であったカナ。

 半年前、この世界に転移した彼女は妹を探しに行くと領を出た後、行方が分からなくなっていたが、実際はイヌヤマ子爵領からほど近い、この地にいたのである。


「ラクト、どうかいたしましたか?」


 彼の口調から異変を感じ取った彼女は、そう問い返す。

 ラクトと呼ばれたエルフの男性は、里の大長老であった。長命種族であるエルフは1000年程度は楽に生きる。彼はまだ500歳くらいであり青年であるはずだったが、悲しみに暮れるその顔はずいぶん年老いて見える。


「せがれが殺されました……」


 ようやく絞り出した声は、小刻みに震えていた。

 そして、それを聞いたカナも……。


「そんな……。私がここに来たせいで……」


 そう言って俯く彼女は、こうなることを予期していた。

 けれど、ラクトがそれを認めることはない。


「そうではありません。倅が弱かっただけでございます。我々はこの住みよい環境に慣れてしまい、腑抜けておりました。己を磨くことを怠っていたのだと思います」


 エルフたちは争いを避け、安住の地であるここから外へは出ようとしなかった。そのため世間に疎く、また魔物などとの衝突もほとんどなかったのである。


 とはいえ、カナがここに来なければ、起こらなかった事件であることに違いはない。


「ごめんなさい……」


 震える身体で、彼女はそう口にする。

 目的のためとはいえ、エルフ族を巻き込むことは本意ではなかったのだ。


 暫くの沈黙の後、落ち着いたカナは現在の状況説明を受けた。

 リベルタが襲われ多くのエルフたちが殺されたこと、今は森に入り込んできた魔物たちと交戦中であること、そしてビクトを殺した存在がアウルであること。


「アウル⁉ まさか、破壊の魔人アウル。でも、なぜ彼がここに……」


「わかりません。ですが、物見の報告では魔王軍幹部が1人アウル、そう名乗っていたと申しておりました」


「そんな、ありえないわ。彼がこの世界にいるはずないもの」


 破壊の魔人アウル、それは『Sラン』においての名だ。時々現れては破壊を行う魔人、ゲーム内ではそういう役どころであった。

 まだ開発中のため実装されていないが、いずれはイベントクエストとして討伐依頼が出される予定だ。


「やはり、そうでございますか。あやつは確かエアル様が管理なされていたはずでございます。自我に目覚めたAIはリナーテ様の管理下にあった者だけと聞いておりましたので、不思議に思うておりました」


「そうね、それは間違いないわ……。ごめんなさいラクト、あなたたちの命、私に預けて。リナーテ様への報告とイヌヤマ子爵領へ戻って援軍を連れてくるから、それまでこの地を死守して欲しいの」


 それは彼らを更なる戦いへと向かわせることとなる。

 ラクトが彼女に会いに来た本当の理由、それは戦えない者たちを連れて逃げて欲しいというものだった。

 イヌヤマ子爵領で匿ってもらえれば一族は生き残る。それまで自分たちが魔物たちを足止めし、頃合いをもって撤退すれば生き残れる者もいるだろう。

 そう考えてのものであったが、彼はそれをぐっと飲み込んだ。


「わかりました、全力を尽くします。カナ様がお戻りになるまで、この地を護ると誓いましょう」


 かくして、戦いはさらなる激しさを迎えるのであった。


 

 

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