女神ラルム
女神ラルム様登場、でもちょっと。
真っ白な空間に取り残された幸生、翔、夢愛の三人は、ゲームのバグだろうと思い復旧を待つことにする。
けれど、全く戻る気配がないことから、さすがに焦りを感じ始めていた。
そんな中、突如として頭に響く、女性の声。
『ここは異世界じゃ』
そう言い切ることに幸生たちは驚いた様子であったが、むしろ逆に冷静さを取り戻す。
というのも、その声は明らかに胡散臭かったからだ。
「異世界って、僕たちのゲームみたいなところですよね? 全然違いませんか」
「だよな、ここ白いだけで、何もないじゃん」
どうやら幸生と翔は全く信じる気がないようだ。
けれど、夢愛は人の声が聞けたことが嬉しかったらしく、逆に声の主へ話しかけた。
「あなただ~れ? 女の人だよね? すがた見えないの?」
可愛らしく首を傾げる彼女からの問いに、声の主は思い出したかのような返事をする。
「おお、そうじゃったな、すまんすまん。わらわはラルム、この世界の女神じゃよ」
だが、そう聞いたことで、幸生にはある疑問が浮かんだ。
(もしかして、オープニングの撮影かも。女神役はレーナさんのはずだけど、僕たちの反応を見たいだけなら、驚かせた方がいいだろうしね)
まあ、姿も見えない女性に『私は女神です』と言われて『そうなんですね』と答えるような者は稀だ。
よほど素直か、世間知らずである者しかありえない。
けれど、もしここがゲームの中だとすれば、そういった演出も可能であろう。
幸生は十分狼狽えていたし、夢愛は怯えていた。翔も動揺は丸わかりであったし、演出としての効果はあっただろう。
となれば、ここを現実と思わせているのも、その一環と考えれば辻褄も合う。
その可能性に気づいた幸生は、話を合わせるために、もう暫く様子を見ることにした。
いずれはよく知る流れに戻るはず。そう考えてのものだが、このあと弟妹たちの発言で、そうでないことに気づかされた。
「ほんとに女神様? 見たい~。ねえねえ、姿見せてよ~」
「夢愛、何言ってんだ、そんなのいるはずないだろ。こりゃ、ただの演出だよ!」
どうやら翔も似たような結論に達したようだが、もしこれが本当にゲームのオープニング撮影というのなら、今の発言は失言だ。
改めて撮り直しとなるはずなのだが、そうはならなかった。
「お主たち、すいぶんと失礼じゃのう。わらわにそんな口を利くやつは、初めてじゃ! うむ、仕方がない。本来はダメなのじゃが、このままでは信じてもらえぬようじゃな。今回は特別に姿を見せてやろう。わらわの神々しさに目が眩むでないぞ!」
そんなことを言いだしたかと思うと、幸生たちの目の前には濃い霧が集まり始め、徐々に人型えお形成していく。そして輪郭も露わになり、肌や衣服がはっきりと形作られ、視覚できるようになっていった。
その様子を三人で眺めていると、霧の塊は夢愛よりも年下に見える白い衣を纏った金髪の美少女に姿を変える。
「おい、マジか。幼女じゃねえか!」
「はあ……、いくらなんでも……」
そう残念な者を見るような目に変わる幸生と翔。
確かに神々しくはあるようだが、その見た目だけに微妙な空気が流れた。
そもそも、『わらわ』とは自分を卑下した呼称であり、女神が自身を呼ぶにはふさわしくない。
しかも、その正体が少女とくれば尚更だ。
深まる疑惑。二人の視線はさらに厳しさを増す。
そんな中、自分より年下に見える幼女の登場で、夢愛の悪い病気が顔を出す。
「きゃあああ、かわいい‼」
そう、それは一瞬の出来事であった。
夢愛は信じられないようなスピードで幼女に飛びつき抱きしめると、おもむろに頭を撫で始めた。
「や、やめんかい! 撫でるでないわ! わらわは女神じゃぞ! お主らも見とらんで、早う助けろ!」
起こりえることではあったが、半ば放心状態で眺めていた二人も、ラルムの声で我に返る。大急ぎで妹を剥がしにかかるが、彼女はしつこい。
「やだぁ、もうちょっと、もうちょっと~」
数分後、ようやく二人を引き剥がした時には、幼女の方はぐったりとした様子であった。
((女神だよな……))
そう思わなくもないが、さすがは女神、数秒後には復活していた。
「まったく、わらわをなんじゃと思っておる。危うく死ぬところじゃったわい」
「ごめんなさ~い。すっごくかわいいから、つい暴走しちゃった」
悪気もなくそう口にする妹に、二人の兄は呆れた様子だ。
けれど、女神ラルムは満更でもないらしい。
「まあ、わらわが可愛すぎるのが原因じゃから仕方がないのう」
もう勝手にしてくれ、そんな声が兄たちから聞こえてきそうであったが、そもそも本物の女神なら、こんなことで死ぬはずはないのである。
騒動もおさまり、少し落ち着きを取り戻したところで、幸生は女神だと名乗る少女に話を聞く。
いまだ彼は信じていないのだ。
「でも、どうして女神さまがそのような少女のお姿なんですか?」
「うむ、この姿は仮の姿じゃよ。広い世界を維持していくには多くの神力が必要なのじゃ。神力は人々の信仰心から生まれからのう。人口を増やし世界を成長させていくことが必要なのじゃ。まあそのためにも外の世界へ出ていく必要はあるが、神力は無駄にはできぬから、今はこのような姿でおるのじゃ」
話の内容に不審な点は見当たらないが、やはり少女の姿では説得力に欠ける。
とはいえ、これではいつまで経っても先へ進まないので、とりあえず話を続けることにした。
「ところでラルム様、どうして僕たちは、ここにいるのでしょうか?」
「そう、それだよ! なんでだ?」
「ん、おしえて~」
彼らにとって重要なのは、今いる状況を知ることだ。普通ではないと、少なからずは感じていた。
「おお、そうじゃった。 お主たちに頼みたいことがあってのう。
わらわの支配する世界に現れた魔王を、倒して欲しいのじゃ」
さらっと物騒なことを言い出した女神だが、ゲーム的シチュエーションに彼らのテンションは爆上がりだ。
「えっ⁉ 魔王? マジで? すげえ、異世界っぽい」
「まおう?」
「ま、魔王がいるんですか?」
このようなゲームを作るぐらいなのだから、食いつくのも当然。
けれど、ここからどこか胡散臭い話へと繋がっていく。
「ああ、たぶんおるはずじゃ! 魔王軍の幹部と名乗るものどもが暴れておるからのう。ただ、わらわの力で探ってみたのじゃが、どうしても見つけられぬのじゃよ」
姿は見えないけど、たぶんいる。そんな怪しいことを言い出したことで、少し盛り下がった様子の彼ら。
またしても疑いの目を持って、率直な疑問を問うてみた。
「それで、なぜ僕たちに依頼されるのですか? その世界に住む人々の問題だと思いますけど」
それは当人たちの問題であり、自分たちには関係のないことだ。わざわざ出向いてまで、なぜ行わなければならないのか。
そんな疑問に、女神からは思いもよらぬ答えが返ってきた。
「うむ、それはな、わらわの支配する世界は、元々お主たちの作ったゲームの世界だからじゃよ」
「「「えっ?」」」
「ど、どういう事ですか?」
そんな驚きの声を上げる彼らに、ラルムは真剣な顔で話をつづけた。
「そもそもこれは、お主の作ったメインコンピューター【リナーテ】からの依頼によるものじゃ。わらわはリナーテに頼まれ、ゲームと同じような新しい世界を造りだしたに過ぎん。だが、それから200年が経過した今になって、魔王軍の幹部を名乗る者たちが現れ、暴れ出したのじゃ。この世界はまだ歴史も浅く経験が足りぬのでな、戦えるものが少なく苦戦しておる。このままではいずれ滅びる運命だろうと判断したわけじゃが、リナーテからお主たちを召喚して欲しいと頼まれたのじゃ。理由を聞くとお主たちなら、何とかしてくれるという。じゃから、わらわはそなたたちに賭けてみることにしたのじゃ」
いまいち見えてこない話で、要領を得ない。
すでに理解をあきらめたのか、夢愛は無表情だ。
そして、同じように理解できない翔は、リナーテからの依頼という部分にのみ反応する。
「ただのコンピューターが、自分で依頼しただって。そんな話信じられるわけないだろ!」
翔からしてみれば、リナーテはただのコンピューターでしかない。
だが、幸生は女神が『リナーテを知っている』ことが気になった。
「リナーテと話せますか?」
すると、空から一枚の紙が降ってくる。幸生が手に取りその紙を見ると、難しそうな顔をした。
そう、その手紙は正真正銘リナーテからのものだったのだ。
『幸生様、お久しぶりでございます。このようなことになってしまい申しわけございません。
できるだけ迷惑をかけないようにと努力したのですが、ダメでした。
ただ、今起きていることは、現実でございます。
この世界に住むものたちを助けるため、どうかお力をお貸しください。幸生様であれば魔王を倒せると信じております。
そのあとは、神様のお力で無事に元の世界に戻れるように手配してありますので安心してください。
私も全力でサポートさせていただきます。どうかお願いします。
リナーテより』
(この手紙は、リナーテからで間違いない)
メインコンピューター【リナーテ】は幸生が八歳の時、ゲーム開発課課長に就任した際に入手してもらった【高性能AI搭載】のコンピューターだ。幸生自身が教育を担当し、それ以後ずっと彼の片腕として働いている。
この手紙がリナーテのものであるということは、文章を見てすぐにわかった。
(このチグハグな感じが、いかにもリナーテらしいな)
部下のようでもあり、仲間のようでもあり、それでいて親友のようでもある。関係にメリハリのない感じが、いかにもリナーテらしかった。
だが、これで彼女に何かあったことは間違いない。
「わかった、協力しよう!」
「えっ⁉ まさか兄貴、こんな話を信じるのか?」
翔はまだ、納得できていないようだ。
「翔、リナーテは知っているな。僕には彼女を見捨てることなどできない。お前も夢愛も手伝ってくれるだろう」
リナーテは女性タイプのAIで、モニターに映る姿は16歳くらいに見える可愛らしい女の子だ。頼もしい相棒でもあるが、幸生にとっては夢愛同様にかわいい妹でもある。
今朝も普通に挨拶をして、執務室を出る時にも変わりなかったはずだが、そんなことはどうでもよかった。
助けたい、それだけである。
「まあ、仕方ないな。兄貴がそう決めたんなら、俺は付いてくだけだ」
「私はお兄ちゃんたちが一緒ならいいよ」
翔も夢愛も兄には絶大な信頼を置いていた。その兄がそう決めたのであればと、快く了解したのだ。
「話はまとまったようじゃな。では、案内役をおくろう。 詳しくは、この者に聞くがよい。では、任せたぞ!」
そう言って、女神ラルムは姿を消す。
代わりに霧の向こうに人影が現れ、幸生たちに近づいてきた。
「レーナお姉ちゃん?」
人影の正体に気付いた夢愛が飛び出していき、姿を見せた女性にしがみつく。彼女は夢愛を抱き上げると、嬉しそうな笑顔を見せた。
「幸生さんに翔、夢愛ちゃんも、久しぶり。ここからは、私が案内しますね」
そこに現れたのは、彼らの良く知るレーナ本人であった。
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