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幻影の森

 ラルドネルト王国南部、ロブソン伯爵領の南に広がる大森林地帯を、人は『幻影の森』と呼ぶ。

 人の手が全く入っていないこの森は未開の地とも呼ばれ、古くから多くの人々が調査に訪れていた。しかし、それにも関わらず誰1人としてまともな調査が出来た者はいなかったらしい。というのも、森に入ると見たこともない魔物に襲われ、道に迷い、散々歩きまわったあげく、辿り着いた場所は入口だった。その謎を解明すべく軍まで出動したが、結果は散々であったようだ。

 それでも不思議なことに、たった一人の人物を覗いて、死者は出なかったとされている。


 事の起こりは、野心家の領主ガルム・オンタデ男爵――オンタデ男爵領は、現在のイヌヤマ子爵領――が、自らの領地を広げるため、自領の南に広がる大森林へと立ち入ったことに始まる。

 領主自ら直接出向いたことには意味があった。それは何度調査を依頼しても、いい報告が返ってこなかったからだ。理由を聞いても意味の分からぬ返事しかしないため、業を煮やした男爵が直接向かったのである。その結果、全身に針が付いたハリネズミのような魔物や、首と足の長いキリンのような魔物、長い牙の生えた象のような魔物にと次々襲われ、命からがら逃げかえる羽目になった。怒りの収まらぬオンタデ男爵は腹いせのため、森に火を放つ。魔法の力で放たれた炎は、瞬く間に燃え広がり森を覆いつくしていった。ただ、誤算であったのは、その炎がオンタデ男爵自身をも飲み込んでしまったことだ。炎の勢いが激しすぎ、逃げ場を失ったのである。危険を避けて男爵から離れていた兵士は皆無事であったが、自分たちの主人が焼け死ぬ姿を見ることになった彼らは気の毒だったことだろう。だが、その数時間後、彼らは驚くべき光景を目の当たりする。それは、炎が消え去った後の森は以前のままの姿であり、何事もなかったかのように鳥のさえずりや、木々の枝が風に揺れ擦れる音を響かせていた。そう、すべて幻だったのだ。しかし、1つだけ違っていたことがある。それはオンタデ男爵の焼死体だけが残されていたことだ。

 これ以後、この森は『幻影の森』と呼ばれ、人々から怖れられるようになった。


 この話はあくまでも逸話であり、実際にあった出来事ではない。オンタデ男爵領は現在のイヌヤマ子爵領を指しているわけだが、彼が来る以前は王家直轄領として派遣された官僚が治めていた。要するに、オンタデ男爵自体が存在していないのだ。この話は、あくまでもゲーム上の設定であり、歴史書――ラルドネルト王国記――に記載されたストーリーなのである。

 

 とはいえ、この森が『幻影の森』であることには変わりない。というのも、『Sラン』ではこの森に『世界樹』が植えられていた。そして、この聖樹を守るためにエルフ族が住んでいたのである。魔法に長けた種族である彼らは魔法装置を利用し、惑わしの結界を張っていた。これにより人族がこの里に訪れることを防いでいたのだ。しかし、中には偶然抜けてしまう者も現れる。そういった者たちにはスキル幻影創造(ミラージュクリエイト)で魔物を想像し、追い返していた。


 と、ここまでがゲーム内の設定なのだが、この世界が現実となった今、事情は少し変わっていた。世界樹と言えば、ファンタジー世界において神聖なる樹木として定番の存在である。もちろん『Sラン』でも同様であったのだが、ここでは主に浄化としての意味合いが強い。要は聖なる泉と同様の働きをしているのだ。そのため、この森には強力な魔物が近づいてこれず、安全な住処となっていた。結界内にはエルフたちの集落が多く造られ、子供たちも自由に遊びまわることが出来き、平和そのものといった光景が、ここにはあったのである。


 しかし、これからこの地には未曽有の危機が訪れようとしていた。


 エルフたちは結界の外に外交用の村『リベルタ』を造り、人族との交易をおこなっていたのだが、今その地には魔物たちの大群が押し寄せていたのだ。

 梟の顔を持つ魔王軍幹部アウルに率いられた魔物たち。その勢いは小さな村など一飲みにしてしまいそうであったが、エルフたちは魔法を使い懸命に防いでいた。


「ビクト様! ここはもう持ちません。早々に撤退を!」


「ならぬ、まだ子供たちの避難が済んでおらん。少しでも長く持たせるのだ!」


「しかし、若! あなた様を失っては……」


「フッ、長老様たちが健在であれば問題ない。それよりも、被害を少しでも食い止めるのだ。子供たちの未来を奪ってはならぬ!」


 ビクトと呼ばれたエルフの青年は、大長老の子息であった。しかし、彼の命は今や風前の灯といった状況だ。すでに里へは使者が向かい、現状は報告されている。長老たちはすぐに会議を開き対応を検討し始め、各集落からはビクト救出のため続々と戦士たちが集まっていた。


「まだか、まだ会議の結果は出ないのか!」


「俺はこれ以上待ってはおれん。先に行く!」


「待て、敵は大群だぞ。少数で行ったところで、無駄死にするだけだ」


 彼らは長老たちの子息で、ビクトの親友と呼べる者たちであった。几帳面な性格のハロルドに、気の短いエーアガイツ、そして冷静なモラーレ。真っ先に集まった彼らは、今すぐにでも飛び出して行きたい心境なのである。

 そんな彼らのもとへ、ビクトの父である大長老と、彼らの父である長老たちが現れた。彼らは皆、苦悩の表情を浮かべている。


「すまない、お前たち。息子を頼めるか……」


 そう、これは苦渋の決断であった。

 もしかしたら、長老たちの子息までも失うかもしれない。だが、結界内まで逃れられれば魔物たちは入ってはこられないだろうと、ビクトの救出を優先したのだ。


 こうして、長老の子息である3人に率いられ、集められた戦士50名がリベルタへと向かった。

 


 

 そのころ魔物の軍勢に襲われているリベルタにも動きがあった。この村を任されていたビクトと、魔物たちを率いるアウルが遭遇したのだ。


「ほう、貴様はカツトシではないか」


「まさか、アウル⁉ なぜ、お前がここにいる!」


「ん、なぜとは不可解な。貴様らの里を滅ぼすためではないか。

 だが、カツトシ。お前がいるのなら話は早い。お前たちが持つ仮面を差し出せ。さすれば、我は引こう」


「仮面だと、何のことだ! それに、今の私はビクトだ。カツトシという名は捨てた」


「そうか……。マサヨシ同様、貴様も自身の名に誇りを持っていたと思ったがな」


 この2人の話から、ビクトとアウルは元AIだとわかる。それは長老たちや、その息子たちも同様で、長命種であるエルフ族はこの世界に転移した者たちのほとんどが、まだ生き残っていたのだ。


「まあ良い。知らぬというのなら、滅ぼした後で探せばいいだけだ」


「ま、まて。長老たちと話をさせてくれないか?」


「その必要はない。我が直接、聞き出すこととしよう! 貴様はここで死ね」 


「くっ、そう簡単には、やらせん! くらえ、【集団(コレクティブ)幻覚(ハルシネイション)


 ビクトは交渉が決裂したとわかると、すぐさまスタンバイさせていたスキルを放つ。これは脳の中枢神経に刺激を与え、幻覚を見せるスキルだ。ただ、この能力には欠点がある。自分より上位の者には効果がないのだ。

 広範囲に影響を及ぼすこのスキルにより、魔物たちの動きが止まる。しかし、アウルには全く効いていないようだ。


「ほう、なかなかの威力だが……。 どうやら、我には効かぬようだな」


「そんな……」


「フッ、案ずるな。すぐに仲間たちも、貴様のもとを訪れよう」


 こうしてビクトは、命を落とした。彼の本名は勝利(カツトシ)。この名を捨てた時点で、彼は勝利(しょうり)から見放されていたのかもしれない。


 彼の死を知らされた友たちは、復讐を誓うも、戦うことなく里へと戻って行った。

 


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