魔王軍の動向
現在タニガワ伯爵領の領都ミレニアでは、緊急の会議が開かれていた。
その議題となるのは、今後の魔王軍への対応である。
すでに街の重鎮たちと町や村の長たちは領主邸の談話室に集められ、その報告を待っていた。
この会議の結果次第では魔王軍の脅威にさらされるとあって、みな不安そうな面持ちである。
では、なぜこのような事態になってしまったかというと、それは数日前に起きた事件がきっかけであった。
シルバ率いる冒険者パーティ『ピエロ』の活躍により、占拠されていた村【ルル】が解放された。
彼女たちは、そこにいた百体ほどの魔物と、拠点を支配していたイビルオーガを倒してしまったのだ。
これにより領内にあった魔王軍の拠点は無くなり、領民たちの不安は解消されたかに見えた。
けれど、これをきっかけに新たな問題が浮上したのだ。
それが魔王軍からの報復である。
というのも、この事件をきっかけに王国は魔王軍との全面戦争へと踏み切った。となれば、開戦のきっかけとなったこの領が標的にされるのではないかと、みな恐れたのである。
そんな中、チラチラと見え隠れする魔王軍らしき魔物の影。
実際はただの魔物であるが、恐怖に怯える者たちには脅威であった。
そのような人々の不安な声が領主代行リサへと届き、彼女はその不安を一掃すべく動いたのである。
会議も終わり、談話室にて待機していた面々は会議室に通された。すでに室内は空で誰もいない状況だ。
これから領主代行の話があるということで、みな膝をつき頭を垂れて待っていた。
リサは領主代行とはいえまだ十九歳の娘で、会議の展開次第ではどうなるか分からない。
一抹の不安が、彼らの頭をよぎる。
町や村の長とはいっても、彼女を直接見たことがあるわけでもなく、心配になるのは当然であった。
そこへ領主代行リサの入室が告げられた。張り詰めた緊張の中、彼女の足音だけがカツンカツンと響く。
やがて、彼らの正面で足音が止み、澄んだ声が響いた。
「みなのもの、顔をあげよ」
そう告げられて彼らが恐る恐る顔を上げると、目の前には美しい女性の姿が。
艶やかな黒髪に透明感のある肌、すべてを見透かすかのようなキレイな瞳。そしてシックな黒のドレスが、より一層美しさを際立たす。
初めてみる領主の娘に、誰もが息を飲んだ。その美しすぎる姿に言葉を失ったのだ。
とはいえ、リサはそれを至極当然であるかのごとく無視すると、淡々と話を始めた。
「今後の方針だが、我が領内においては魔王軍への戦闘を行わないこととする。各町や村には領軍を駐屯させ、魔物どもへの対処をさせよう。物資はこちらから送るので、そなたたちには土地を提供してもらいたい。そして、解放された村ルルは騎士団の駐屯地とさせてもらう。万が一攻め込まれても、これで挟撃が可能となるであろう。みな安心するがよい。被害は出さぬと、この私が約束しよう」
彼女の話を聞き終えても、彼らは放心状態のままであった。
大事な話を聞いたはずなのに、それに対して一切の反応がない。ただ、領主代行リサの姿を呆けたように見つめているだけだった。
暫くのち、ようやく意識の覚醒した街の重鎮と町や村の長たちは、話の内容を議論し始める。
その中心となる人物はミレニアで冒険者ギルドのマスターを務める男――コランだ。
事の発端は冒険者であるため、彼は会議にも参加していた。
リサが話した内容をもう一度彼らに伝え、コランはこう切り出す。
「諸君、リサ様は被害を出さないと約束してくだされた。我々冒険者ギルドも全面的にこの決定を支援しよう。常に冒険者たちを巡回させるので、立ち寄った時には快く迎えていただきたい」
この一言が決め手となり、領軍と冒険者ギルドの連携が確定した。町や村の長たちは喜んで支援の約束をし、安心して帰っていったのである。
☆ ☆ ☆
その日の夜、タニガワ伯爵邸の地下会議場には、仮面とマントを身に付けた謎の集団がいた。
壇上に備え付けられた煌びやかな椅子にはリサが座り、彼らの様子を眺めている。
彼女は先ほどまでのシックな装いとは異なり豪華な衣装を身に纏い、その姿は風格をも感じさせ、さながら女王といった雰囲気を醸し出していた。
そして彼女の両隣には双子の妹たち、マナとレミが控えている。
「静粛に! 只今より、報告会を始める。それぞれ進捗状況を報告せよ」
いつものように司会進行を務めるのは姉のマナだ。彼女が言葉を発すると、ざわついていた会場も静まり、程よい緊張感が漂い始めた。
「まずは、ワシから報告しよう」
最初に声をあげたのは、豚顔の仮面を付けた大柄な男である。緊張のためか、少し動作がぎこちなく、体をほぐすように軽く「ふうー」と息を吐いてから話しを始めた。
「我がオーク軍の被害は甚大だ。苦労して育てたデュールオークも三体やられた。もし許しが出るのであれば、ワシが直接出向いて叩きのめしてやりたい」
男は拳を握りしめ、悔しさを滲ませるが、リサは全く関心がないのか表情に変化はない。
その様子を見ていたマナも気にすることなく、次を促した。
「私のナーガちゃん達も、散々ですわ。もう少しで進化できる個体もあったというのに。もうラミアちゃんたちを投入しても、よろしいかしら? それでしたら、みな殺しにできますわ」
苛立った様子でそう話すのは、蛇顔の仮面を付けた女性だ。作戦とはいえ、負けるというのに納得できない様子。
許可さえいただけたら、すぐにでもと気合が入る。
「ホホホ、二人とも、そんなことでは使命を果たせませんぞ」
2人の様子に、鬼顔の仮面を付けた老紳士が口を挟む。彼自身も配下のイビルオーガを殺されているのだが、気にしてはいなさそうだ。
「あら、あなたの隊だって、全滅したのではなくって……」
「私どもの部隊はシルバ様の贄となったのでございます。無事役目を終えたことは喜ぶべきであり、悔しがるのは筋違いですぞ」
彼の配下である部隊は『ルル』に配置されていた。
しかし、シルバ率いる冒険者パーティ『ピエロ』によって全滅してしまったのだ。
もともと『ルル』はカネダ子爵家令嬢のマイが拠点としていた場所であるが、ピエロに攻められる二日前に総入れ替えとなり、鬼顔の仮面の配下、小鬼、大鬼、コボルドの混成軍部隊に代わっていた。
それでも彼は作戦通り負けることを美徳と考えているようである。
「ガハハハッ! 御三方、それぞれが間違っておるわい。我が隊はいまだ戦闘を続けておるが、騎士どもも順調に育っておるぞ!」
大声で三人の報告を笑い飛ばすのは、トカゲ顔の仮面を付けた男だ。彼はラルドネルト王国南西のタンジェ方面担当で、一年以上もの間、領軍と戦い続けていた。
「ふん! お主など、ただの臆病者ではないか! いつまでもだらだらと戦い続けおって」
「そうですわ。所詮トカゲなど、水がなければ役に立ちませんわ」
「ホホホ、私の美徳が分からぬとは、残念でなりませんな」
どうやら三人ともトカゲ顔の仮面を付けた男に、いい感情を持っていないらしく、辛辣な言葉を投げかける。
彼らはいまだ戦い続けるトカゲ顔の仮面をつけた男に、苛立っているようだ。
「ガハハハッ! 相変わらず残念な連中だ。それではリサ様の御心は理解できまい」
とはいえ、彼は全く意に介さない様子で、またしても大声で笑い飛ばした。
そんな彼に牛顔の仮面を付けた男や馬顔の仮面を付けた女も、何か言いたそうにしていたが、一切表情を変えないリサの態度を見たマナが、慌てて止めに入る。
「静粛に! お前たち、リサ様の御前であるぞ」
彼女の一言で、一瞬にして静まり変える会議場。皆が視線をリサに向けると、ジーっと見つめる彼女の姿があった。なんの感情も持たないかのような冷徹な視線に、誰もが恐怖した。
「申しわけございません、リサ様。彼らにはきつく言って聞かせますので」
リサの前でマナは膝を折り、首を垂れる。彼女の怒りを買うことの恐ろしさを、身に染みて分かっているのだ。
長い静寂が会議場を包み込むが、その沈黙は一人の女性の登場で、あっさりと破られた。
「失礼する」
そう言って、会議場に入ってきた女性は、マイ・カネダ子爵家令嬢だ。
「お久しぶりでございます、リサ様」
「マイか、久しいな」
マイの登場で全く表情のなかったリサの顔に変化が起こる。薄っすらではあるが笑ったのだ。
「どうした? 何かあったのか」
「はい、兄ミツヒサから新しい仮面が見つかったと報告を受けました」
「ほう、それは僥倖だ」
新しい仮面の報告に、彼女の表情も緩む。会議場の面々は、一様に安心した様子だ。
「それで、場所はどこだ?」
「幻影の森でございます」
「幻影の森……、また厄介な所に。まあ、そなたのことだ、もう手は打ってあるのであろう?」
「ええ、すでにアウルを向かわせております。彼ならば、うまく立ち回れると思いますわ」
「そうか、なら、吉報を待つ。任せたぞ」
「はい、お任せください」
マイは報告を済ませると、すぐに会議場を出て行った。
その後、再開された報告会は、何事もなく穏やかに過ぎた。新しい仮面の報告があったため、リサの機嫌が良さげであったことが幸いしたのだ。
すべての報告が終わった後、リサが口を開く。
「それぞれ思うことはあるであろうが、やつらに勝つことは許さん。魔物などいくらでも量産できるのだ。今はやつらを育て、経験値となってもらう時期であることを忘れるな!」
この言葉をもって、会議はお開きとなった。
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